剣聖~約束の花嫁~

冴條玲

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砂の夜明け

Aube.04 言うに事欠いて

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「部屋まで送ろう」
「んー……」

 楽しく夕餉ゆうげを囲み、夜もけてきた頃。夜風に当たりに奥殿の廊下に出たシルクに、様子を見に来たエヴァディザードが言った。

「ううん、送らなくていいや。エヴァ、部屋に泊めて」
「……シルフィランキシィ皇女?」

 シルクは静かに微笑むと、シルクでいいよと許して、エヴァディザードの胸に身を預けた。

「ねぇ、抱いて」
「――!」

 エヴァディザードが警戒とも、拒絶ともつかない緊張を走らせ、身を強張らせる。
 シルクは苦笑して、エヴァディザードを見上げた。

「へんな意味じゃないよ。この場で少しだけ、抱いてみて。エヴァのこと、色々試してるんだ。さらわれてからじゃ、遅いもん」

 折しも夜風が渡り、中庭のり水の辺りの水面みなもが揺れた。

「エヴァ、このまま――何もわからずにさらわれたら、生殺与奪の全て、エヴァに握られることになるんだ。守ってくれる人がそばにいる、シグルド王宮でエヴァの部屋に泊まる方が、ずっと、確かなんだよ。王宮内でぼくが絶叫して、誰も助けにこないなんて、思わない。きっと、大好きなサリが助けにきてくれるって、乙女心は信じてるしね。エヴァ、もしまた昼間みたいに、たとえキスのひとつでも無理強いしたら、もう死んでも、おとなしくは攫われない。ぼくのこと、エヴァの思うままにできると思ったら、思うままにしようとしたら、めーだからね? ぼくの言うこと、エヴァがどれくらい聞くかも、試してるんだから」
「――……」

 シルクを静かに見詰めたエヴァディザードが、ふいに、その腕を取った。

「えっ……!?」

 何、と、抵抗するシルクを固く捕らえ、エヴァディザードが強引に唇を合わせた。

「い、言ったそばから何する――っ! んんぅっ!」

 懸命に押し返すも、堅く強い腕にからめられ、敵わなくて。続けざまに、喉元に容赦なく口付けられると、シルクは呼吸さえままならず、びくりと身を震わせた。

「ん、んうっ。――ぅうっ!」

 泣いて抵抗するシルクをようやく放したエヴァディザードが、失笑しながら尋ねた。――もはや、言うに事欠いて、の域だ。

「シルク皇女、『めー』は?」
「……ちょ、ちょっと待てー! エヴァ、めーされたくてやったのっ!?」
「は、ははっ!」
「腹抱えて笑うなぁぁぁ!」

 目の端に涙を溜めて抗議するシルクの腕を、エヴァディザードがぐいと引いた。抵抗の構えを見せるシルクをたやすく抱き上げ、ここへ来て、最前の答えを返した。

「泊めよう」
「え、えぇっ!? やや、やっぱり、泊めなくていいから! 帰――」

 くすくす笑い、彼女の魂を縛るようなキスをして、その口を封じたエヴァディザードが、居間を通り抜け様、ふっと、メイヴェルを見た。

「――……」

 メイヴェルを頼れば、この腕を解いてもらえるのだと、直感的に悟ったシルクは、刹那せつな逡巡しゅんじゅんした。


========================
 ★ 次回予告的な分岐です。
 ※ いずれかのルートで更新されます。
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【A】「メイヴェル!」助けを求めるように、メイヴェルへと腕を伸ばしたシルクを、エヴァディザードのそれよりしなやかな、木綿の袖に包まれた腕が抱き取った。
【B】その刹那に機を逃したシルクは、なし崩しに、エヴァディザードの部屋に連れ込まれた。
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