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閑話
とある少年の淡い思い(上)
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出会いは今から1年ちょっと前の、ある夏の初めの日のことだった。
「ちょっとローザ婆さんのところに行って傷薬を買ってきておくれ。さっき切れちまったんだよ」
「ええ~。そんなのリリーに任せりゃ良いだろ?」
母ちゃんから唐突に買い物を頼まれ、不満を漏らした。他のところならまだしも、よりにもよってローザ婆さんの店なんて、俺の中で行きたくない場所堂々の1位だ。
「まったく、いつも妹にばっかり手伝いをさせて、自分は遊び呆けているのはどこのどいつだい? リリーに押しつけないで、少しは働いたらどうだい?」
反論する暇もなく、俺はお金の入った巾着袋と、空の薬入れと共に家の外へと放り出されていた。
「痛っ」
強く打った尻をさすりながらなんとか立ち上がる。まったく乱暴だ。
「買ってくるまで家の中にはいれないからね」
俺が振り向くのと背後でドアに鍵のかかる無情な音がするのはほぼ同時だった。
「まったく、おーぼーだぜ」
文句を言いながら地面に落ちた物を拾い上げる。母ちゃんは本当にお使いを終わらせるまで俺を家の中には入れないだろう。そんなことは今までの経験で身にしみる程わかっている。
「はぁ。……行くしかねぇか」
すでに日は傾き始めていた。いくら天下の王都と言えど、日が暮れれば一気に治安は悪くなる。俺は自然と足を速めた。
ローザ婆さんの店は人気の少ない裏通りの一角にある。人気がないということはそれだけ治安が悪いということでもある。俺がこの店に来たくない理由の1つだ。
ドアにかかった《泉》と書かれた看板を確認してドアを開く。
チリーン
涼やかな鈴の音が店内に響く。別にこの音は嫌いではない。好きでもないが。
店内は薄暗く、開いたドアを通して入った光が棚とそこに飾られたよくわからない何かのシルエットを浮び上がらせる。はっきり言おう。不気味だ。逆にそれ以外の言葉も出てこない。
「あ、いらっしゃいませっ!」
いつもは出迎える声などないのに、今日はなぜだか女の子の声が響く。
「えっ?」
一瞬店を間違えたかと思った。でもこんな薄暗い店内と、こんな辺鄙な立地、その両方を兼ね備えた店など、少なくとも俺は知らない。
「どうかしましたか?」
先程と同じ声がさっきよりも近くで聞こえた。
「えっ? あっ、いや……ここはローザ婆さんの店であってるよな?」
気づけばすぐ目の前に俺と大して歳の変わらない女の子が立っていた。
「はい。正真正銘、ローザさんのお店ですよ」
そう言って女の子はおかしそうに笑った。
「……いつもはローザ婆さんしかいないから驚いた。君は誰だい?」
近所の奴らがこのセリフを聞いたら笑い転げるだろう。柄にもないことを言っている自覚はある。いつもは誰でも『お前』と呼ぶ俺が『君』だなんて……自分で言っていて恥ずかしい。
「あ、すいません。私はマリアと言います。数か月前からローザさんのところでお世話になっています。よろしくお願いしますね」
そう言って微笑む彼女は近所のがさつな女たちとは違って整った顔をしていた。そして何よりも、守ってあげたいと、そう思わせる何かがあった。
「ちょっとローザ婆さんのところに行って傷薬を買ってきておくれ。さっき切れちまったんだよ」
「ええ~。そんなのリリーに任せりゃ良いだろ?」
母ちゃんから唐突に買い物を頼まれ、不満を漏らした。他のところならまだしも、よりにもよってローザ婆さんの店なんて、俺の中で行きたくない場所堂々の1位だ。
「まったく、いつも妹にばっかり手伝いをさせて、自分は遊び呆けているのはどこのどいつだい? リリーに押しつけないで、少しは働いたらどうだい?」
反論する暇もなく、俺はお金の入った巾着袋と、空の薬入れと共に家の外へと放り出されていた。
「痛っ」
強く打った尻をさすりながらなんとか立ち上がる。まったく乱暴だ。
「買ってくるまで家の中にはいれないからね」
俺が振り向くのと背後でドアに鍵のかかる無情な音がするのはほぼ同時だった。
「まったく、おーぼーだぜ」
文句を言いながら地面に落ちた物を拾い上げる。母ちゃんは本当にお使いを終わらせるまで俺を家の中には入れないだろう。そんなことは今までの経験で身にしみる程わかっている。
「はぁ。……行くしかねぇか」
すでに日は傾き始めていた。いくら天下の王都と言えど、日が暮れれば一気に治安は悪くなる。俺は自然と足を速めた。
ローザ婆さんの店は人気の少ない裏通りの一角にある。人気がないということはそれだけ治安が悪いということでもある。俺がこの店に来たくない理由の1つだ。
ドアにかかった《泉》と書かれた看板を確認してドアを開く。
チリーン
涼やかな鈴の音が店内に響く。別にこの音は嫌いではない。好きでもないが。
店内は薄暗く、開いたドアを通して入った光が棚とそこに飾られたよくわからない何かのシルエットを浮び上がらせる。はっきり言おう。不気味だ。逆にそれ以外の言葉も出てこない。
「あ、いらっしゃいませっ!」
いつもは出迎える声などないのに、今日はなぜだか女の子の声が響く。
「えっ?」
一瞬店を間違えたかと思った。でもこんな薄暗い店内と、こんな辺鄙な立地、その両方を兼ね備えた店など、少なくとも俺は知らない。
「どうかしましたか?」
先程と同じ声がさっきよりも近くで聞こえた。
「えっ? あっ、いや……ここはローザ婆さんの店であってるよな?」
気づけばすぐ目の前に俺と大して歳の変わらない女の子が立っていた。
「はい。正真正銘、ローザさんのお店ですよ」
そう言って女の子はおかしそうに笑った。
「……いつもはローザ婆さんしかいないから驚いた。君は誰だい?」
近所の奴らがこのセリフを聞いたら笑い転げるだろう。柄にもないことを言っている自覚はある。いつもは誰でも『お前』と呼ぶ俺が『君』だなんて……自分で言っていて恥ずかしい。
「あ、すいません。私はマリアと言います。数か月前からローザさんのところでお世話になっています。よろしくお願いしますね」
そう言って微笑む彼女は近所のがさつな女たちとは違って整った顔をしていた。そして何よりも、守ってあげたいと、そう思わせる何かがあった。
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