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第三章 魔術の授業

公爵家令嬢(1)

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 その日はそれ以上は特に特筆する点もなく放課後になった。
 それは寮の食堂でマリアがエリザベートと夕食を食べていた時のことだった。
 2人で和やかに話していると取り巻きを引き連れた少女がやって来た。

「貴女を私の部下にして差し上げます。感謝しなさい」
「はい?」

 マリアは思わず聞き返してしまった。隣でエリザベートも口をあんぐりと開けている。

「私の部下にして差し上げると言っているの。光栄でしょう?」

 マリアは最初少女が何を言っているのか理解できなかった。

「えっと、一体何のお話でしょうか?」

 そう聞き返すだけで精一杯だった。

「だから私の部下に「それはもう聞きました」えっ?」

 マリアは深呼吸をして自分を落ち着かせて言った。

「あなたは私を部下にすると言いましたがそれはどういう意味です?」

  少女は一瞬口ごもった。

「そ、それはそのままの意味ですわ。それでわからないのでしたら家来と言い替えてもよろしいですわ」

 その言葉を聞いてマリアは内心でほくそ笑んだ。

(どうせ碌でもない話だろうとは最初から思っていたけれど、部下はともかく家来と言い出すなんてね。怒りを通り越して呆れしか出てこないわ。それにしてもこんな大勢の前で言い出すなんて馬鹿なのかしら)

 周囲には少女がマリアに近づいてきた時から聞き耳を立てていた者が何人もいた。

(とりあえず証言してくれそうな人は何人かいるわね。少しぐらいなら挑発しても問題にはならないだろうから言いたいことはさっさと言っときますか)

 マリアは一瞬で考えを纏めると少女に向き直った。

「そもそもあなたはどなたです?私、まだお名前すらもお聞きしていないのですけれど……」

 マリアの言葉に少女は怒りで顔を真っ赤にした。

「この私を、ベルジュラック公爵家のこの私の名を知らないと言いますの?」
「ええ」

 マリアが即答した。

「それでは教えて差し上げますわ。私はベルジュラック公爵の一人娘、フェリシー・ベルジュラックですわ」

 この国には四大公爵家と呼ばれる家が存在する。その血は元を辿れば王家に行き着くという。
 1つ目は代々多くの優秀な文官を排出していることで有名なカンベール公爵家。現当主、エルマン・カンベールは宰相をしている。
 2つ目はカンベール家とは対照的に代々武人を排出しているクールセル公爵家。当主のジェローム・クールセルはコネではなく自分の実力で将軍まで上り詰めた男だ。
 3つ目はダルヴィマール公爵家。先ほどの二家と比べて特に目立った点はないが、収める地は肥沃で穀倉地帯になっている。王妃、クリスティーナの出身の家としても知られる。
 最後にベルジュラック公爵家。当主のマクシミリアン・ベルジュラックには黒い噂が絶えないが、証拠がなく、国王すらも容易には手出しができず、ランフォードに並んで国王の悩みの種となっている。そしてその娘のフェリシーは我儘娘と裏では有名だ。自分のしたいことは押し通そうとするし、気に入らない者は徹底的に痛ぶる。それがフェリシー・ベルジュラックという少女だ。

「それでフェリシーさん「誰がさん付けで呼んでいいと言いました!」……様、先ほどのお話ですがお断りします」
「えっ?」

 フェリシーは幼い頃から手に入れられないものは何もない環境で育ってきた。今回も少々手こずったが頷くと信じていた。

「今何と言いました?断る?この私の話を断ると言いましたわね?フフフ、わかりましたわ。少し痛い目に会わなければわからないようですわね。……貴女に決闘を申し込みますわ!」
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