上 下
261 / 464
第七章 それぞれの過ごす日々

アーティスの受難

しおりを挟む
 それはアーティスたちが王都に帰ってきてから3日が経過した日の朝のことだった。

「……えっ?」

 ノックの音で目を覚ましたアーティスは、ドアの外に立っていた使いの男の言葉に絶句した。

「今、なんて……?」

 グレンも目を覚まし、目を擦りながら歩いてくる。

「?どうしたんだ?」

 そして不思議そうに男を見る。
 男はグレンを無視して再び同じ言葉を紡いだ。

「ですから、一度王都のお屋敷に戻るようにと旦那様が仰せです」
「……これから授業があるんだけど」

 アーティスの目は迷惑だと語っていた。

「何事よりもこちらを優先するようにと」

 そう言って男は微笑んだ。アーティスがそう言えば断らないことを確信している笑みだった。

「嫌だ」
「そう、わかってくれれば……えっ?」

 男は耳を疑った。

「逃げるぞ、グレン!」
「えっ?ああ」

 男が呆然としている間にアーティスは傍らのグレンの腕を掴み、身を翻した。アーティスの視線の先には大きな窓があった。

「……おっ、お待ちください!」

 男は慌ててアーティスを追いかけた。

「捕まってたまるか!グレン!」
「わかってる!」

 窓を大きく開け放ちテラスに出ると、2人は迷いなく手すりを乗り越え、飛び降りた。

「なっ!?」

 ここは4階。そんなことをすれば最低でも怪我をする。
 男はテラスに出るとすぐにテラスから身を乗り出した。そこで目にしたのは──怪我もなく無事に着地し、走り去っていく2人の姿だった。

「……いったいどうやって」

 男はしばらくそこでぼうぜんとしていたが、我に返ると主人にこのことを報告すべく足早に部屋から出ていった。

◇◆◇

「……上手くまけたな」

 学園の片隅、とある空き教室でアーティスはホッと息を吐いた。

「一緒に逃げておいて今更だが、何だったんだ?」

 一方グレンは状況の理解が追いついていなかった。

「……父上からの呼び出しだ」

 アーティスは重々しい口調で答えた。

「……いや、だからなんでそれで逃げたんだ?」
「よく考えろ。父上は普段僕には興味の1つも示さないんだぞ?」
「……そんなことは初めて聞いた気がする」

 グレンの過去のことやリオナの母親のこともあるが、当初からなんとなく家族の話題はタブーの気がして、誰も家族について話題にしたことはなかった。知らなくて当然である。

「とにかく!そんな父上の呼び出しが意味することなんて1つしかない!」
「なんだ?」

 グレンは未だに想像がつかなかった。

「……縁談だ」

 アーティスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……えっ?」
「だから縁談。父上はことあるごとに僕を呼び出してはその手の話を持ってくるんだ。逆に言えばそれ以外の用件では、呼び出しどころかまともに会話したこともない」

 アーティスはどこか遠くを見ており、そんな姿がグレンには可哀想に見えてならなかった。

「……嫌なのか?」
「……結婚が嫌なのかと問われれば答えはいいえだ。でもな……」
「でも?」
「……父上の連れてくる相手は20代の行き遅れとか、それ以上の歳の未亡人とかなんだ。いやに決まっているだろうが!」

 心の叫びだった。だからこそ──。

「……それは、その、なんていうか、あれだな」

 グレンは必死に言葉を探した。

「元気出せ。いつかいい出会いがあると思うぞ」
「……無理に慰めてくれなくて良い。逃げる理由はわかっただろう?」
「……これでもかという程な」

 グレンは深く頷いた。

「とりあえずいつまでも学園内にいたら、見つかるのも時間の問題だ。ここで着替えて……そうだな、冒険者ギルドにでも行くか。その後のことは着いてから決めるぞ。着替えは持ってるだろ?」
「……わかった」

 未だ寝間着姿だった2人は手早く着替えを済ませると、人目を気にしながら教室を出た。幸いまだ早い時間ということもあり、人影はほとんどない。

☆★☆★☆

というわけで今回からアーティス&グレン編になります。
しおりを挟む

処理中です...