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第七章 それぞれの過ごす日々

世知辛い世の中

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前話の修正をしました。一部表現の変更、文の追加をしましたが、全体の流れは変わっていません。

☆★☆★☆

 一方グレンは寮に入るとすぐにアーティスと別れ、従者用の食堂にに来た。こちらは生徒たち用のものと比べると大分こじんまりしており、余計な装飾などなく質素を通り越して無機質だった。少し夕食には遅い時間のためか、10人も人がいない。
 入ってすぐにここ数日で見知った顔に声をかけられた。

「……どうしました?疲れた顔をしていますよ」

 仮にも貴族に仕える者だけあって皆言葉遣いが丁寧だ。

「……はい。少し色々あって」

 グレンの言葉遣いも丁寧な言葉遣いをする者しかいないと自然と多少は丁寧になっていた。

「……そうですか。無理をしてはいけませんよ?健康あっての何とやらと言いますからね」
「はい。ありがとうございます、レーニスさん」

 グレンがお礼を言うと男──レーニスは淡く微笑んだ。

「いえいえ、お気になさらずに。それよりもご夕食はお召し上がりにならないのですか?」
「あっ、すいません。取ってきます」

 グレンは慌てて夕食を取りに行った。
 ここのメニューは学生たちが食べているものと変わらない。だが作っている者は違う。向こうが料理人たちが作っているならこちらはその下働きの者たちが作っているものだ。

「はい。熱いですから気をつけてね」
「ありがとう」

 夕食──プジ(ピザ)を受け取ると、レーニスが座っていたテーブルに戻った。

「……それで何があったんです?」

 家の機密なら無理には訊きませんけどと言って笑みを浮かべてはいるが、目は笑っておらず、言ってもらいますよと言っていた。

「……あの主人にしてこの従者あり、か」

 思わず思ったことが口から出てしまった。

「何か言いましたか?」

 笑顔で凄まれてグレンは頬が引きつるのを感じた。

「……アル様の悪口なら……わかっていますよね?」
「は、はい」

(あいつの悪口なんて言わねぇよ!跡が怖いじゃねぇか!)

 そんなことを考えながら冷える前に目の前のプジに噛り付いた。

「あっ、美味しい」
「それはそうですよ。ここのプジはプジの専門店を開いている方の娘さんが作っていますから」
「えっ?じゃああっちはもっと美味しいのか?」

 信じられないとグレンは目を見開いた。

「『美味しいのですか?』ですよ。……そうですね、それが世の中そう上手くは行かないと言いますか」

 レーニスはグレンの言葉を正しながらせつめいした。

「材料的にはこちらはあちらの余りものですが、あちらはあくまでも料理人。専門で作っている者にはどうしても勝てないのですよ」

 その言葉でグレンは察した。

「もしかしてこっちの方が美味しい?」

 そうポツリと呟いた。
 レーニスはその呟きに満足気に頷いた。

「正解です。……アル様たちには内緒ですよ。私たちにはこれが楽しみみたいなものなんですから」

 ふとグレンが周りを見ると、皆グレンに手を合わせて祈っていった。普段どれだけ楽しいがないんだと突っ込みたくなるような必死の形相の者もいる。

「……わかりました」

 流石にグレンもこの状況でアーティスたちに教えるような真似などできるわけがなかった。

(世の中世知辛いな)

 どこか年寄り染みたことを思ってしまうのだった。

「……それで先ほどの話の続きなのですが……」

 いつの間にか周囲の音が消えていることにようやくグレンは気づいた。
 レーニスを見ると、これなら大丈夫ですよね?と言うように微笑んでいた。

(なんで従者が《防音障壁》が使えるんだよ!?逃げられねぇじゃねか!)

 グレンの心の叫びが響き渡った。
 アルフォードもといアルデヒドの従者が普通なわけがなかった。普段があれでも王族なのだから。
 グレンにはレーニスの微笑みがひどく不気味なものに見えた。
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