446 / 464
第九章 夏季休業
それはなんの変哲もない日々の記憶(12)
しおりを挟む
無計画なままに鉱山に向かった2人を待っていたのはCランクの魔物の群れだった。
「うわ、マジか。狼系なんて相性最悪じゃないか」
無意識なのか言葉が乱れる。
「でも倒せないって程じゃないな」
アランは不敵に笑うと、5頭のシルバーウルフたちに向かっていった。左腕でマリアを抱いている為に、なんとも見た目が締まらないが。
「うおっ!? と」
左右からほぼ同時に2頭が飛びかかってくるが、右手から来たものを紙一重で躱し、左手から来たものは腹を足で蹴り上げる。
蹴り上げられたシルバーウルフは地面で何度かバウンドし、少し痙攣をした後に動かなくった。
「まずは1匹、か……おっと」
だがアランは蹴った後は興味を失ったようにそれから目を離すと、新たな攻撃に備えた。
同じ要領で1匹ずつ確実に倒すと、マリアをソッと下に降ろした。
「ごめんなマリア、少し怖い思いをさせてしまって」
マリアは静かに首を横に振った。
「おとうしゃんがまもってくれりゅからね、マリュアはこわくにゃいの」
言葉からは父親への信頼が溢れ出ていた。
「しょれにね、いっしょにいくってね、いっちゃのはマリュア。だかりゃおとうしゃんはね、あやまりゃなくていいのよ?」
そう言って微笑むマリアを、アランは力強く抱きしめた。
「それとね、マリュアね、おっきくなったらおとうしゃんみたいににぇ、ちゅよくにゃりたいにゃ」
「マリアは戦わなくたって良いんだよ。お前にそんなものは必要ない」
アランの言葉を認識するのと同時に、マリアの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「マリュア、おとうしゃんみたいににゃりたいって、おもっちゃだめなにょ?」
「そ、そんなことはないぞ。だけどな、父さんはマリアが危険なところに行くよりは、安全なところにいて欲しいって思うぞ」
「うん……」
アランはマリアを抱き直すと倒したシルバーウルフをそのまま腰につけていたアイテムポーチへと仕舞った。
「なんで俺は剣の1つも入れておかなかったんだろうな」
剣があるだけで随分と楽になるのにと、アランは過去の自分の行動を悔いていた。
「……もしの話をしても仕方がない、か」
そう言って大きく溜息を吐くと、坑道の中へと入っていった。
「ちっ、想像以上に数が多いな」
姿は見えずとも、気配で相当数の魔物が潜んでいることをアランは感じ取った。
「マリア、ちょっと奥の手を使うから、父さんにしっかりしがみついてろ」
「う、うん」
アランの機嫌はだいぶ悪くなっているのか、声音からは温かみが消えていた。
「悪く思うなよ。これは俺がエレナに怒られない為だ」
アランは深く息を吸い込むと、朗々と言葉を紡ぐ。
「『我は一族の末席に連なりし者。古の契約に従いて力を現し給え。我が行く手を滅ぼす為の力をこの手に貸し与え給え』」
マリアには言葉の正確な意味など、まったくもって理解できなかったが、不穏な気配だけは感じ取っていた。
「『我らの祖、エーデルハイドの名のもとに請い願う』」
次の瞬間、2人の周囲の空気が渦巻き、目を開けていられないほどの閃光が走る。
「『終焉を』」
そう締めくくった瞬間、周囲を覆っていた重苦しい空気が、まるで幻であったかのように霧散した。
「よし、これで大丈夫だと思うが、一応確認も兼ねて魔物の素材を回収しながらミスリル鉱も取って帰るぞ」
そう言うアランは今日一番の笑顔であった。
実のところ、アラン個人の戦闘力自体は他のAランク冒険者には遠くおよばない。精々がBランクの中堅といったところだ。そんなアランがAランク冒険者になれたのは、ひとえにエーデル王家、その血に連なる者だけが与えられる力によるものであった。普通では考えられない移動速度と、殲滅速度。故にいつしか《神速》と呼ばれるようになった。
だがアランはそれを自身の力とは思っていない。だからこそ、ことさらに《神速》と呼ばれることを嫌うのである。しかし周囲の者は誰も真実を知らない。友人はおろか、妻や娘でさえも。
「うわ、マジか。狼系なんて相性最悪じゃないか」
無意識なのか言葉が乱れる。
「でも倒せないって程じゃないな」
アランは不敵に笑うと、5頭のシルバーウルフたちに向かっていった。左腕でマリアを抱いている為に、なんとも見た目が締まらないが。
「うおっ!? と」
左右からほぼ同時に2頭が飛びかかってくるが、右手から来たものを紙一重で躱し、左手から来たものは腹を足で蹴り上げる。
蹴り上げられたシルバーウルフは地面で何度かバウンドし、少し痙攣をした後に動かなくった。
「まずは1匹、か……おっと」
だがアランは蹴った後は興味を失ったようにそれから目を離すと、新たな攻撃に備えた。
同じ要領で1匹ずつ確実に倒すと、マリアをソッと下に降ろした。
「ごめんなマリア、少し怖い思いをさせてしまって」
マリアは静かに首を横に振った。
「おとうしゃんがまもってくれりゅからね、マリュアはこわくにゃいの」
言葉からは父親への信頼が溢れ出ていた。
「しょれにね、いっしょにいくってね、いっちゃのはマリュア。だかりゃおとうしゃんはね、あやまりゃなくていいのよ?」
そう言って微笑むマリアを、アランは力強く抱きしめた。
「それとね、マリュアね、おっきくなったらおとうしゃんみたいににぇ、ちゅよくにゃりたいにゃ」
「マリアは戦わなくたって良いんだよ。お前にそんなものは必要ない」
アランの言葉を認識するのと同時に、マリアの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「マリュア、おとうしゃんみたいににゃりたいって、おもっちゃだめなにょ?」
「そ、そんなことはないぞ。だけどな、父さんはマリアが危険なところに行くよりは、安全なところにいて欲しいって思うぞ」
「うん……」
アランはマリアを抱き直すと倒したシルバーウルフをそのまま腰につけていたアイテムポーチへと仕舞った。
「なんで俺は剣の1つも入れておかなかったんだろうな」
剣があるだけで随分と楽になるのにと、アランは過去の自分の行動を悔いていた。
「……もしの話をしても仕方がない、か」
そう言って大きく溜息を吐くと、坑道の中へと入っていった。
「ちっ、想像以上に数が多いな」
姿は見えずとも、気配で相当数の魔物が潜んでいることをアランは感じ取った。
「マリア、ちょっと奥の手を使うから、父さんにしっかりしがみついてろ」
「う、うん」
アランの機嫌はだいぶ悪くなっているのか、声音からは温かみが消えていた。
「悪く思うなよ。これは俺がエレナに怒られない為だ」
アランは深く息を吸い込むと、朗々と言葉を紡ぐ。
「『我は一族の末席に連なりし者。古の契約に従いて力を現し給え。我が行く手を滅ぼす為の力をこの手に貸し与え給え』」
マリアには言葉の正確な意味など、まったくもって理解できなかったが、不穏な気配だけは感じ取っていた。
「『我らの祖、エーデルハイドの名のもとに請い願う』」
次の瞬間、2人の周囲の空気が渦巻き、目を開けていられないほどの閃光が走る。
「『終焉を』」
そう締めくくった瞬間、周囲を覆っていた重苦しい空気が、まるで幻であったかのように霧散した。
「よし、これで大丈夫だと思うが、一応確認も兼ねて魔物の素材を回収しながらミスリル鉱も取って帰るぞ」
そう言うアランは今日一番の笑顔であった。
実のところ、アラン個人の戦闘力自体は他のAランク冒険者には遠くおよばない。精々がBランクの中堅といったところだ。そんなアランがAランク冒険者になれたのは、ひとえにエーデル王家、その血に連なる者だけが与えられる力によるものであった。普通では考えられない移動速度と、殲滅速度。故にいつしか《神速》と呼ばれるようになった。
だがアランはそれを自身の力とは思っていない。だからこそ、ことさらに《神速》と呼ばれることを嫌うのである。しかし周囲の者は誰も真実を知らない。友人はおろか、妻や娘でさえも。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる