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その六
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「はっ!」
裕子は誰かに肩を揺すられて気がついた。
自分の全身を確かめ触ってみる。どこも撃たれていないし、何も起きていないようだ。
「大丈夫?」
不思議そうに裕子に声をかけてくる徳子が、すぐ隣に立っている。
裕子は、ぞっとした。
私に何が起きたの?
今しがた見たものは何?
私と雅也さんは、この人に猟銃で撃たれて……。
「顔色が悪いわ。揺れたように感じたのは、あなたの具合が悪いからじゃなくって?」
徳子に言われ、裕子はうなずいた。
「すみません、あまりにもびっくりして。少し、ひとりで考えさせてください。ごめんね、雅也さん。今日はお先に失礼するから、おふたりで話し合ってくれる?」
雅也があわてた様子で、裕子の腕を掴んだ。
「待って。一緒に話し合いに参加してくれないか? マダム、その、あの。子どもは堕すわけにはいきませんか」
徳子の美しい細眉がぴくりと上がる。
険しい表情に、先程の白昼夢が甦った。
雅也は徳子の変化に気づかないのか、驚くようなことを言った。
「僕の子どもという証拠はありませんよね? マダムが僕以外の人とも関係があったのは知っています。先輩から聞きました。サロンを隠れ蓑に、男と遊んでるなんて言ってる人もいます」
徳子が何も言わずにその場から離れ、隣の寝室に移動しようとしているのに気づいた裕子は、彼女の前に回り込んで、思わず土下座した。
「許してください、雅也さんの暴言を。彼、驚いてどうかしちゃってるんです。本当にすみません! 私たちはこれで失礼します。後日改めまして、お話し合いを!」
裕子は這いつくばって謝罪したあと立ち上がると、雅也の手を強く引っぱった。
「雅也さんっ! 早くお詫びして! 今日はこれで失礼するのよ!」
裕子の行動に、ようやく雅也はなんらかの異変に気づいたようだった。
彼は徳子にお辞儀してから、裕子に従った。
徳子のほうは終始無言で、見送りもなかった。
マンションを出た後、雅也は盛んに裕子に謝ったり、ぼやいたりするのだが、裕子は上の空だった。
相槌を打つだけの裕子に、雅也も次第に黙り込んでしまう。
(私は一瞬気を失っていたのか、眠っていたのか? ううん、立ったまま眠るなんてありえない、あんな緊張するところで。では、一体あれは何だったの?)
二人は東京駅に戻り、電車を降りると、その場で別れた。裕子は雅也の背中を見送りながら、彼からお土産に貰った腕時計で時間を確認し、ホームの階段を駆け下りる。
商社に勤める雅也が、出張先で購入したという時計は、値段はリーズナブルだが、日本ではまだ手に入らないものである。貰って以来、そこはかとない優越感に浸ったりしたものだが、今やそんな気持ちはすっかり消えてしまった。
裕子が帰社した時は五時をとうに過ぎていたが、社内にはまだ残業中の社員が多く残っていた。
アシスタントの上条は、『お疲れ様です。特に連絡事項はありません。また明日』というメモを残して帰っていた。
(そういえば、玉川千津子という女性の手紙に、何か引っ掛かる箇所があった)
裕子は、上条の机の上の処理済みの箱から手紙を取り出して、じっくりと目を通してみる。
『徳子様は、ご無事でいらっしゃいますでしょうか』
ここだ。
どういう意味だろう。
まるで、徳子の身に何か悪いことが起きると言っているようである。
裕子は誰かに肩を揺すられて気がついた。
自分の全身を確かめ触ってみる。どこも撃たれていないし、何も起きていないようだ。
「大丈夫?」
不思議そうに裕子に声をかけてくる徳子が、すぐ隣に立っている。
裕子は、ぞっとした。
私に何が起きたの?
今しがた見たものは何?
私と雅也さんは、この人に猟銃で撃たれて……。
「顔色が悪いわ。揺れたように感じたのは、あなたの具合が悪いからじゃなくって?」
徳子に言われ、裕子はうなずいた。
「すみません、あまりにもびっくりして。少し、ひとりで考えさせてください。ごめんね、雅也さん。今日はお先に失礼するから、おふたりで話し合ってくれる?」
雅也があわてた様子で、裕子の腕を掴んだ。
「待って。一緒に話し合いに参加してくれないか? マダム、その、あの。子どもは堕すわけにはいきませんか」
徳子の美しい細眉がぴくりと上がる。
険しい表情に、先程の白昼夢が甦った。
雅也は徳子の変化に気づかないのか、驚くようなことを言った。
「僕の子どもという証拠はありませんよね? マダムが僕以外の人とも関係があったのは知っています。先輩から聞きました。サロンを隠れ蓑に、男と遊んでるなんて言ってる人もいます」
徳子が何も言わずにその場から離れ、隣の寝室に移動しようとしているのに気づいた裕子は、彼女の前に回り込んで、思わず土下座した。
「許してください、雅也さんの暴言を。彼、驚いてどうかしちゃってるんです。本当にすみません! 私たちはこれで失礼します。後日改めまして、お話し合いを!」
裕子は這いつくばって謝罪したあと立ち上がると、雅也の手を強く引っぱった。
「雅也さんっ! 早くお詫びして! 今日はこれで失礼するのよ!」
裕子の行動に、ようやく雅也はなんらかの異変に気づいたようだった。
彼は徳子にお辞儀してから、裕子に従った。
徳子のほうは終始無言で、見送りもなかった。
マンションを出た後、雅也は盛んに裕子に謝ったり、ぼやいたりするのだが、裕子は上の空だった。
相槌を打つだけの裕子に、雅也も次第に黙り込んでしまう。
(私は一瞬気を失っていたのか、眠っていたのか? ううん、立ったまま眠るなんてありえない、あんな緊張するところで。では、一体あれは何だったの?)
二人は東京駅に戻り、電車を降りると、その場で別れた。裕子は雅也の背中を見送りながら、彼からお土産に貰った腕時計で時間を確認し、ホームの階段を駆け下りる。
商社に勤める雅也が、出張先で購入したという時計は、値段はリーズナブルだが、日本ではまだ手に入らないものである。貰って以来、そこはかとない優越感に浸ったりしたものだが、今やそんな気持ちはすっかり消えてしまった。
裕子が帰社した時は五時をとうに過ぎていたが、社内にはまだ残業中の社員が多く残っていた。
アシスタントの上条は、『お疲れ様です。特に連絡事項はありません。また明日』というメモを残して帰っていた。
(そういえば、玉川千津子という女性の手紙に、何か引っ掛かる箇所があった)
裕子は、上条の机の上の処理済みの箱から手紙を取り出して、じっくりと目を通してみる。
『徳子様は、ご無事でいらっしゃいますでしょうか』
ここだ。
どういう意味だろう。
まるで、徳子の身に何か悪いことが起きると言っているようである。
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