パンドラの予知

花野未季

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その七

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 裕子は、パーテーションで仕切られた簡易応接室に行き、棚に置かれた電話帳で、玉川千津子の住所から彼女の家の電話番号を探した。
 玉川千津子の名は見つからなかったが、玉川稔という人の住所と一致する。

 自席に戻り、玉川稔の番号に掛けてみると、三回ほど呼出音が鳴って、「もしもし」という若い男性の声がした。

「突然お電話してすみませんが、そちらに玉川千津子さんという方はいらっしゃいますでしょうか? 私、雑誌『女性画報』編集部の当麻裕子と申しますが」
 裕子は不安と期待で、どきどきしている。

 相手は不審そうに、しかしあっさり「います。代わりましょうか?」と言ってくれた。

「ありがとうございます、お願いします」
 ほっとして返事する裕子の耳に、相手の「おばあちゃーん」と、呼ぶ声が聞こえた。

「もしもし」
 やがて聞こえてきた、落ち着いた女性の声に、裕子はもう一度自己紹介してから頼んでみた。
「児島徳子さんの宝石箱について、ご存知のことがあればお聞かせ願えませんか?」

 千津子は少し口ごもっている様子だったが、
「まさか半世紀以上経ってから、あれを目にするとは驚きました。地震の際に持ち出さなかったので、宝石箱は瓦礫になったとばかり」
 そう答えた。

 そして、
「もし児島様の宝石箱が、梅ねえさんの物と同じ物でしたら」
 と付け加えるように言った。

「もしもし。実は私、すごく気になっていることがありまして。『児島さんは、ご無事でいらっしゃいますでしょうか』とは、どういう意味で仰っているのですか?」

「あれは、不幸を知らせる宝石箱なのです。私はそう思っています。無論、関東大震災では私の知人だけでなく、多くの人に不幸が訪れました。けれど、私どもは、あの箱に前もって地震の事を知らされておりました」

「え?」

「宜しければ、お話しさせてください。明日にでも、そちらにお伺いさせていただいてもよろしいですか」

 千津子がそう言ってくれて、裕子は「是非! お願いします」と、気負い込んで答え受話器を置いた。

 裕子は会社の資料室に行き、震災について書かれた刊行物を何冊か借りて、自宅に持ち帰って読むことにした。

 その夜、自宅のベッドに寝転がり読み始めた裕子だったが、次第に読み進めるのがつらくなってくる。

『大正十二年九月一日、午前十一時五十八分、未曾有の大地震が神奈川および東京を襲った。死者行方不明者およそ十四万人。かつてない被害が出た』

 学校で関東大震災のことは習ったが、被害状況について詳しくは知らなかった。大体の様子を頭に入れておこうと思っていたが、個人個人の体験談が悲惨すぎて、読むのがつらかった。

 本を置いて眠ることにしたが、今日一日の出来事が次々と脳裏に甦り、眠れそうにない。
 何より自分の身に起きた奇妙な出来事。

 本当に撃たれたかと思った。
 あの瞬間に感じた痛みは……。
 裕子は身震いし、布団を頭から被る。



 ーーー
 ※死者行方不明者は、震災の被害研究が進み、現在は十一万人と言われています。
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