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その十四
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雅也は、誰かが追いかけて来ていないか、後ろを振り返りつつ、マンションの廊下を走った。
エレベーター前に到着し、ボタンをせわしなく押すが、一階で停止したまま動かない。どうやら、徳子の通夜に訪れる人が続々と集まっているようだ。
仕方なく、マンションの非常階段を使うことにし、四階から一階まで一気に駈け降りる。ようやく外に出た時は、もう町は夕闇に包まれていた。
喪服をまとった集団とすれ違い、自分は何をしているのだろう? と、雅也は冷静さを取り戻した。
両手で箱を抱えて走る喪服姿の自分は、どう見ても不審者だ。
雅也は、走るのをやめて歩き始めた。
その時、背後からそっと両腕を掴まれる。
「えっ?」
いつのまにか、警察官二人に挟まれていた。
「田所雅也さん? ですね。高橋さんという方から通報を受けまして、あなたを保護します。そこの交番まで来ていただけますね」
「捕まえに来たのではありません。様子がおかしいので助けて欲しいと、緊急の保護願いがありましたので」
二人の警察官は、かわるがわる丁寧に言う。
仕方なく、雅也はうなずいた。
「すみません、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」
雅也が落ち着いた口調で言うので、警察官二人は「おや?」という顔になる。
「少し誤解があるようですので、戻って高橋には事情をきちんと説明します。どうぞ手をお離しください」
まだ心配そうな警察官二人に微笑みかけ、雅也は言った。
警察官から解放され、雅也はもと来た道を戻り始める。途中、振り向くと、二人は雅也を見守っている様子である。
雅也は彼らを安心させるために、深々とお辞儀した。
その間も、雅也はずっと考えていた。
この箱を今すぐ裕子に渡すべきか、それともマンションに戻って、徳子の兄に返すべきか。
さっきは逆上して、咄嗟に箱を持ち出してしまったが、これは犯罪行為だ……。
突然、足が重くなって動かなくなる。
下を見た雅也は愕然とした。
赤い肉の塊が、自分の両足に乗っている。
血と粘液を滴らせ、蠢いている。それに複数の手足があるのを発見した彼は、肉塊の正体に気づいた。
これは赤ん坊だ!
「ああん。あん」
赤ん坊らしきものは、か細い泣き声を上げている。
雅也は背中に冷たい空気を感じ、びくっとなった。
振り向くと、笑っている徳子と目が合った。
ラベンダー色のドレスの裾は血に塗れ、足の間から赤い紐状の物が伸びている。紐の先は、雅也の足元の赤ん坊と繋がっていた。
恐怖に駆られ、雅也は駆け出した。
しかし、ちょうど彼の前を横切るように歩道を走って来た自転車にぶつかり、雅也はその場に仰向けに倒れた。
思い切り地面に頭を打ちつけた彼は、気が遠くなる。
(逃げなくては。早く裕子に箱を届けなくては。ここで気を失うわけにはいかない)
上半身を起こし、頭を触ってみた。
手にべっとりと血がつく。後頭部の皮膚の表面が裂けているらしい。
「大丈夫ですか!」
近くを歩いている人が駆け寄ってきてくれた。
「バカヤロー、よそ見してんじゃねえ」
自転車の男性は体勢を立て直すと、雅也を罵り、そのまま去って行く。
「あいつ! こら、止まれよ!」
複数の人が、自転車の男性を捕まえに走っているのも見えた。
「大丈夫です」
雅也は力なく言う。
今はそれどころじゃない。箱を裕子に渡すまでは、しっかりしなくては。
箱、箱はどこだ?
雅也が目を凝らすと、自分のすぐ近くに箱は転がっていた。
先程の警察官がまだ近くにいたのか、雅也のところに走って来て、「救急車を呼びます」と言ってくれた。
救急車は必要ない、歩ける、と雅也は答えたが、体に力が入らない。
そのまま、雅也は気を失ってしまったようだ。
救急車らしき車の中で、彼は気がついた。
救急隊員の声が聞こえてくる。
「了解。そちらに向かいます。患者の意識も戻ったようです。どうぞ」
ぼんやりしていた雅也は、箱のことを思い出して飛び起きた。
エレベーター前に到着し、ボタンをせわしなく押すが、一階で停止したまま動かない。どうやら、徳子の通夜に訪れる人が続々と集まっているようだ。
仕方なく、マンションの非常階段を使うことにし、四階から一階まで一気に駈け降りる。ようやく外に出た時は、もう町は夕闇に包まれていた。
喪服をまとった集団とすれ違い、自分は何をしているのだろう? と、雅也は冷静さを取り戻した。
両手で箱を抱えて走る喪服姿の自分は、どう見ても不審者だ。
雅也は、走るのをやめて歩き始めた。
その時、背後からそっと両腕を掴まれる。
「えっ?」
いつのまにか、警察官二人に挟まれていた。
「田所雅也さん? ですね。高橋さんという方から通報を受けまして、あなたを保護します。そこの交番まで来ていただけますね」
「捕まえに来たのではありません。様子がおかしいので助けて欲しいと、緊急の保護願いがありましたので」
二人の警察官は、かわるがわる丁寧に言う。
仕方なく、雅也はうなずいた。
「すみません、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」
雅也が落ち着いた口調で言うので、警察官二人は「おや?」という顔になる。
「少し誤解があるようですので、戻って高橋には事情をきちんと説明します。どうぞ手をお離しください」
まだ心配そうな警察官二人に微笑みかけ、雅也は言った。
警察官から解放され、雅也はもと来た道を戻り始める。途中、振り向くと、二人は雅也を見守っている様子である。
雅也は彼らを安心させるために、深々とお辞儀した。
その間も、雅也はずっと考えていた。
この箱を今すぐ裕子に渡すべきか、それともマンションに戻って、徳子の兄に返すべきか。
さっきは逆上して、咄嗟に箱を持ち出してしまったが、これは犯罪行為だ……。
突然、足が重くなって動かなくなる。
下を見た雅也は愕然とした。
赤い肉の塊が、自分の両足に乗っている。
血と粘液を滴らせ、蠢いている。それに複数の手足があるのを発見した彼は、肉塊の正体に気づいた。
これは赤ん坊だ!
「ああん。あん」
赤ん坊らしきものは、か細い泣き声を上げている。
雅也は背中に冷たい空気を感じ、びくっとなった。
振り向くと、笑っている徳子と目が合った。
ラベンダー色のドレスの裾は血に塗れ、足の間から赤い紐状の物が伸びている。紐の先は、雅也の足元の赤ん坊と繋がっていた。
恐怖に駆られ、雅也は駆け出した。
しかし、ちょうど彼の前を横切るように歩道を走って来た自転車にぶつかり、雅也はその場に仰向けに倒れた。
思い切り地面に頭を打ちつけた彼は、気が遠くなる。
(逃げなくては。早く裕子に箱を届けなくては。ここで気を失うわけにはいかない)
上半身を起こし、頭を触ってみた。
手にべっとりと血がつく。後頭部の皮膚の表面が裂けているらしい。
「大丈夫ですか!」
近くを歩いている人が駆け寄ってきてくれた。
「バカヤロー、よそ見してんじゃねえ」
自転車の男性は体勢を立て直すと、雅也を罵り、そのまま去って行く。
「あいつ! こら、止まれよ!」
複数の人が、自転車の男性を捕まえに走っているのも見えた。
「大丈夫です」
雅也は力なく言う。
今はそれどころじゃない。箱を裕子に渡すまでは、しっかりしなくては。
箱、箱はどこだ?
雅也が目を凝らすと、自分のすぐ近くに箱は転がっていた。
先程の警察官がまだ近くにいたのか、雅也のところに走って来て、「救急車を呼びます」と言ってくれた。
救急車は必要ない、歩ける、と雅也は答えたが、体に力が入らない。
そのまま、雅也は気を失ってしまったようだ。
救急車らしき車の中で、彼は気がついた。
救急隊員の声が聞こえてくる。
「了解。そちらに向かいます。患者の意識も戻ったようです。どうぞ」
ぼんやりしていた雅也は、箱のことを思い出して飛び起きた。
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