昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

文字の大きさ
28 / 66

28逮捕

しおりを挟む
 アレスがサニーの元へ合流し、オービットとの話を聞いたサニーが頭を抱えていた頃。ルーナルーナは朝の光が差し込む街の路地裏で、むくりと地面から身体を起こしていた。

(身体中が痛い)

 どうやらルーナルーナは、ダンクネス王国に行く前の元の場所に戻ってきているらしかった。道端で寝ていたにも関わらず、五体満足で身ぐるみも剥がされていなかったのは奇跡である。

(どうしましょう。ここはどこかしら? そろそろ後宮に行かなくてはならない時間なのに……あ、そうだわ!)

 ルーナルーナは、ライナの言葉を思い出す。そして、自分の寮室の風景を強く脳裏に思い描き、そこへの移動を念じるのであった。次の瞬間、ルーナルーナの姿は路地裏から消えた。





 瞬間移動で寮室に戻ると、慌てて身支度を整えて後宮へ向かう。普段ならば、王妃付きの侍女一人減ったところで何も変わらないのだが、キュリーが抜けた穴は大きかった。キュリーもルーナルーナ程ではないが、白亜の女神のお気に入りだったのだ。

 今日も慌ただしい侍女の一日が始まる。
 午前中は、王妃がシャンデル王国貴族の者達と面会するのに付き添い、その後は書類仕事を済ませて昼食の給仕をするところまで、ごく普段通り。事件が起こったのは、午後のティータイムの時だった。

 一人の侍女が、長い廊下を全速力で走り、王妃の元へやってきた。しかし、用があったのは王妃にではない。

「そこの黒い女! ついに裁きが下る時が来たようよ! 今すぐミルキーナ様から離れなさい!」

 それはルーナルーナよりも後輩で、黒髪黒目色黒のルーナルーナを本気で悪魔の化身だと思いこんでいる侍女である。ルーナルーナも、この者には嫌われている自覚があったが、王妃の御前にも関わらずこのような横暴をするのには驚いてしまう。しばし、間抜け面を晒すことになったのだが、その場を正常に戻そうとすぐさま動いたのは王妃だった。

「どうしたの? 私の憩いの時間を邪魔する程のことでもあったのかしら?」

 王妃の言葉には明らかにトゲがあったが、その侍女はものともしない。むしろ、胸を張ってこう答えたのだった。

「後宮の入口に、近衛兵と巡邏隊が押し寄せて、そこの女を突き出すように要求されました。見てください、これが逮捕状です!」







 これまでお世話になった王妃に、これ以上の迷惑をかけたくはない。ルーナルーナは、違法なこともしていなければ、王家に仇を成すこともしていない。しかし、一つだけ心当たりがあった。

(何かあれば、ライナ様にいただいたキプルの実のジャムで、一時的にでもあちらへ逃げればいいんだわ)

 ジャムは侍女服の隠しポケットに入っている。ルーナルーナは言われるがままに後ろ手に縄をかけられ、八方を兵に囲まれながら後宮を後にした。その直後、王妃がルーナルーナへ人道的な扱いをするよう様々な方面に圧力をかけ、事の経緯について情報収集したのは言うまでもない。

 ルーナルーナは、すぐに牢へ入れられた。見上げると遥か上に格子が嵌った小さな窓があり、そこから青空が覗いている。固い石の地面に力無く座り込んでいると、衛兵がやってきて、なぜかすぐに手枷を外された。早速冤罪が認められのかと思ったが、そうではない。衛兵は「ついて来い」と言うと、牢の扉を開いて歩き始めた。

 ルーナルーナが連れてこられたのは、なんと王城だった。途中、案内の者が何度か入れ替わり、最後に引き渡されたのは見覚えのある人物。そこで初めて、ルーナルーナはようやくこの後に会うことになる人物について思い当たることになる。

「やはりお前はそのような格好の方が似合いだな」
「私もそう思います」

 それは、夜会の日、ルーナルーナとサニーにホールから出ていくよう告げた男だった。

「殿下がお待ちだ。早くしろ」

 やはり王子の側近であったかと、ルーナルーナはため息をつく。先日十五歳を迎えたシャンデル王国の王位継承権第一位の王子、エアロス。サニーの正体を知った今、年齢は三歳下とは言え、エアロスはあまりに幼く見えた。それが夜会の席であり、遠目に見た故の間違った印象であれば良いのだが、どうだろうか。

 王妃に話を通すこともなく、何の証拠も見せずにいきなり逮捕状を発行して牢に放り込むなど、正気の沙汰ではない。これも彼女が黒い娘故のことなのかもしれないが、どうか悪い予感が外れてほしいと祈りながら豪華な扉をくぐった。

「遅い!」

 エアロスは、ルーナルーナの姿を視界に入れた途端に怒鳴りつけた。

「御用でしょうか?」

 ルーナルーナはエアロスにかしこまって礼をとる。

「母上がうるさいからわざわざ牢から出してやったのだ。感謝しろ」

 あまりにも話が噛み合わず、ルーナルーナは想像以上の我儘坊っちゃん相手に目が座ってしまった。だが、腐っても相手は王族。サニーならばこんな手は使わないのだろうなと思いながら、再び頭を下げた。

「特別のお計らい、痛み入ります」
「うむ。では、取り調べを始めよう」
「あの……」
「なんだ?」
「私はなぜ逮捕されたのでしょうか? 罪名もお伺いしておりません」

 これに答えたのは、ここまでルーナルーナを連れてきたエアロスの側近だ。

「体が黒いと、頭も悪くなるようだな。それとも、ばっくれるつもりか? 貴様が異教徒共を統括する祖であることは既に分かっているんだぞ!」
「は?」

 ついにルーナルーナは、被っていた猫を脱ぎ捨てた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...