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44白薔薇と覚悟
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王城の片隅。白薔薇の園の影に隠れるようにして、その墓はひっそりと立っていた。ダンクネス王国の迷信では、人が無くなるとその体から闇の加護が抜けて黒色が抜け、白く変化してあの世へ渡り、また輪廻の輪でこの世に還ってきた際は再び黒く染め上げられるとされている。
ここは死者の国の入口。かつてダンクネス国王クロノスが『白薔薇の君』と呼んで愛していた妃、ヴィーナの墓である。
「母は、俺を産んだ直後に亡くなったそうだ」
サニーは、墓へ摘み取ったばかりの白薔薇一輪と、白い鈴蘭とかすみ草を合わせた花束を手向ける。
「そうだったの……」
サニーがこの真実を知ったのは、ついぞ昨日のことだった。オービットから、これだけは知らせておきたいと言われて聞かされた話。クロノスが、母親が亡くなったことを知るよりかは、生きていると思わせて父親を憎み続けた方がサニーの心は平穏だと判断した故の事だった。
サニーの瞳には何も映っていないように見えた。母親はどこかに幽閉されているか、はたまた我が子を愛せなかったり、他の男と連れ添うためにどこか遠くへ行ってしまったのではないかと思い込んでいたのだ。まさか亡くなっていたとは、知らされてしばらく経った今でも、なかなか信じられずにいる。
ルーナルーナは、サニーの左手の指先を握った。サニーは我に返ったようにルーナルーナを見下ろすと、慌てて笑顔を作ってみせた。
「サニー、無理をしないで」
「大丈夫。今日は母上にお礼と報告に来たんだ」
サニーは墓石の前に跪いた。
「母上、長らくのご無沙汰申し訳ございません。私は十八になりました。そして、ようやく大切な人を、守りたい人と出会うことができました。これも母上が、この世に私を産んでくださったお陰です」
ルーナルーナもその場にしゃがみ込み、サニーの背中を見守った。
「母上、ありがとう。俺はやっぱり、生きててよかった。王子で良かったと思う」
その時、サニーが突然立ち上がった。知った気配が近づいていたからだ。ルーナルーナがゆっくりと振り返ると、白薔薇の茂みの奥から、この国で最も高貴な人物が現れた。
「国王様」
ルーナルーナの呟きに、クロノスは小さく頷く。
「ヴィーナは、最愛の妻だった。これまでも、これからも」
クロノスはサニーの横に並び立つと、持ってきた白薔薇を一輪、墓へ供える。
「ヴィーナは、白の娘だった。とても、とても、美しく、それは外見だけでなく心根までも。サニー、お前はヴィーナとよく似ている」
サニーは、父親がこんな優しい顔になれるなんて知らなかった。
「この国で白は禁忌の色だ。闇に愛されていない証拠と言われていてな。最も死に近い色ともされていた。早逝したのもそれ故だと皆言うが、私はそうは思っていない。彼女にとってこの国は生きづらかっただろうが、少なくとも私は心から愛していたし、今もきっと天から私達を温かく見守ってくれているだろう」
ルーナルーナはクロノスの穏やかな声色から、国王というよりも夫や父親といった姿を感じ取っていた。サニーは驚いてしまったのか、口を噤んだままでいる。
普段のクロノスは、世間が疎むようなことを徹底して避ける慎重派であり、判断も冷徹なタイプだ。なのに、その箍が外れる程の執着をもってして、妃に召し上げられたというヴィーナ。反対する者が大勢いたことは想像に難くないが、二人の間に余程の愛と絆があったのだろう。
(そんな大恋愛をする方だったなんて……)
ルーナルーナは、クロノスを見る目がすっかり変わってしまった。ここの白薔薇園や墓も丁寧に手入れされていて、今でもヴィーナ妃を思い続けていることが伺える。これまで隠されていた事実を知れば知る程、ルーナルーナの胸は苦しくなるのだった。
クロノスは墓石を労るような手つきでそっと撫でると、ルーナルーナの元へ近づいていく。
「ルーナルーナ、サニーのことを頼む。立場上、こういった場でしか本音を語れないのが申し訳ない」
そしてクロノスは、ルーナルーナに頭を下げたのだ。
「あ、あの……!」
一国の王が頭を下げる意味はあまりに大きい。さらに言えば、サニーはルーナルーナを王族しか入れないこの場所へ連れ出し、母親に対して彼女のことを報告してしまったのだ。ルーナルーナは、すっと息を吸い込んで、一度目を閉じると、カッと眼を開いて覚悟を決めた。
本当はずっと前から自分の中では決まっていたことなのだ。でも、あまりにも自分に自信がもてなかった。素直になろうとすればする程に、正面から向き合えない本心。けれど、最大の後押しがなされた今、自分が認められていて、求められているという確かな感触をルーナルーナは噛み締めている。
「はい」
澄んだ声が響いた。返事は短い。だが、力強いもの。クロノスはそれを聞き届けると満足げに頷いて墓地を離れていった。残された二人は、しばらくその場に佇む。ルーナルーナは墓に向かって最上礼をとった後、サニーの方を向いて居住まいを正した。
「サニー。あの時の返事をさせて」
「分かった。でも、ここは止めよう。俺の部屋で聞かせてほしい」
ここは、あまりにも人目があるからだ。泥鼠や灰鷹がルーナルーナ達を常に警護にあたっている他、ダンクネス王国貴族の配下も目を届かせている。サニーは、二人きりになりたかった。それは、ルーナルーナも同じである。
ここは死者の国の入口。かつてダンクネス国王クロノスが『白薔薇の君』と呼んで愛していた妃、ヴィーナの墓である。
「母は、俺を産んだ直後に亡くなったそうだ」
サニーは、墓へ摘み取ったばかりの白薔薇一輪と、白い鈴蘭とかすみ草を合わせた花束を手向ける。
「そうだったの……」
サニーがこの真実を知ったのは、ついぞ昨日のことだった。オービットから、これだけは知らせておきたいと言われて聞かされた話。クロノスが、母親が亡くなったことを知るよりかは、生きていると思わせて父親を憎み続けた方がサニーの心は平穏だと判断した故の事だった。
サニーの瞳には何も映っていないように見えた。母親はどこかに幽閉されているか、はたまた我が子を愛せなかったり、他の男と連れ添うためにどこか遠くへ行ってしまったのではないかと思い込んでいたのだ。まさか亡くなっていたとは、知らされてしばらく経った今でも、なかなか信じられずにいる。
ルーナルーナは、サニーの左手の指先を握った。サニーは我に返ったようにルーナルーナを見下ろすと、慌てて笑顔を作ってみせた。
「サニー、無理をしないで」
「大丈夫。今日は母上にお礼と報告に来たんだ」
サニーは墓石の前に跪いた。
「母上、長らくのご無沙汰申し訳ございません。私は十八になりました。そして、ようやく大切な人を、守りたい人と出会うことができました。これも母上が、この世に私を産んでくださったお陰です」
ルーナルーナもその場にしゃがみ込み、サニーの背中を見守った。
「母上、ありがとう。俺はやっぱり、生きててよかった。王子で良かったと思う」
その時、サニーが突然立ち上がった。知った気配が近づいていたからだ。ルーナルーナがゆっくりと振り返ると、白薔薇の茂みの奥から、この国で最も高貴な人物が現れた。
「国王様」
ルーナルーナの呟きに、クロノスは小さく頷く。
「ヴィーナは、最愛の妻だった。これまでも、これからも」
クロノスはサニーの横に並び立つと、持ってきた白薔薇を一輪、墓へ供える。
「ヴィーナは、白の娘だった。とても、とても、美しく、それは外見だけでなく心根までも。サニー、お前はヴィーナとよく似ている」
サニーは、父親がこんな優しい顔になれるなんて知らなかった。
「この国で白は禁忌の色だ。闇に愛されていない証拠と言われていてな。最も死に近い色ともされていた。早逝したのもそれ故だと皆言うが、私はそうは思っていない。彼女にとってこの国は生きづらかっただろうが、少なくとも私は心から愛していたし、今もきっと天から私達を温かく見守ってくれているだろう」
ルーナルーナはクロノスの穏やかな声色から、国王というよりも夫や父親といった姿を感じ取っていた。サニーは驚いてしまったのか、口を噤んだままでいる。
普段のクロノスは、世間が疎むようなことを徹底して避ける慎重派であり、判断も冷徹なタイプだ。なのに、その箍が外れる程の執着をもってして、妃に召し上げられたというヴィーナ。反対する者が大勢いたことは想像に難くないが、二人の間に余程の愛と絆があったのだろう。
(そんな大恋愛をする方だったなんて……)
ルーナルーナは、クロノスを見る目がすっかり変わってしまった。ここの白薔薇園や墓も丁寧に手入れされていて、今でもヴィーナ妃を思い続けていることが伺える。これまで隠されていた事実を知れば知る程、ルーナルーナの胸は苦しくなるのだった。
クロノスは墓石を労るような手つきでそっと撫でると、ルーナルーナの元へ近づいていく。
「ルーナルーナ、サニーのことを頼む。立場上、こういった場でしか本音を語れないのが申し訳ない」
そしてクロノスは、ルーナルーナに頭を下げたのだ。
「あ、あの……!」
一国の王が頭を下げる意味はあまりに大きい。さらに言えば、サニーはルーナルーナを王族しか入れないこの場所へ連れ出し、母親に対して彼女のことを報告してしまったのだ。ルーナルーナは、すっと息を吸い込んで、一度目を閉じると、カッと眼を開いて覚悟を決めた。
本当はずっと前から自分の中では決まっていたことなのだ。でも、あまりにも自分に自信がもてなかった。素直になろうとすればする程に、正面から向き合えない本心。けれど、最大の後押しがなされた今、自分が認められていて、求められているという確かな感触をルーナルーナは噛み締めている。
「はい」
澄んだ声が響いた。返事は短い。だが、力強いもの。クロノスはそれを聞き届けると満足げに頷いて墓地を離れていった。残された二人は、しばらくその場に佇む。ルーナルーナは墓に向かって最上礼をとった後、サニーの方を向いて居住まいを正した。
「サニー。あの時の返事をさせて」
「分かった。でも、ここは止めよう。俺の部屋で聞かせてほしい」
ここは、あまりにも人目があるからだ。泥鼠や灰鷹がルーナルーナ達を常に警護にあたっている他、ダンクネス王国貴族の配下も目を届かせている。サニーは、二人きりになりたかった。それは、ルーナルーナも同じである。
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※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
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