醜女だと婚約破棄された令嬢は

nullpovendman

文字の大きさ
1 / 7

第一話 醜さを理由にした婚約破棄

しおりを挟む
「本音を言うとな、ウメノ嬢のような醜い女と結婚したくないんだ」

 ミト王子が、目の前にいる一人の令嬢にだけ聞こえるように、小声で告げた。
 学園で開催される学期末パーティ会場に向かう路上での出来事である。

 パーティの開催までにいくばくかの余裕がある時間に、ミト王子は婚約者であるウメノをエスコートしての入場を予定していた。
 ところが、会場入り口で顔を合わせるなり、王子は声高らかに宣言した。

「好きな人ができたから婚約は解消をする。今夜のエスコートはしない」

 彼らの様子は、同じく会場に向かっていた大勢の貴族に聞かれている。
 噂が広まるのに時間はかからないだろう。

 ミト王子は計画性のない婚約破棄をするような愚か者であった。
 愚か者ではあるが、救いようのないほどに愚かでもなかった。醜い女と結婚したくないという本当の理由については、大声で叫ぶような真似をしなかった。
 とはいえ、見目を理由にしたことが公になっていなくても、貴族令嬢にとっては醜聞には違いない。

 令嬢は、醜いと嘲られはしたものの、ガラス細工のような蒼い目や高い鼻、紅をささずとも赤みを帯びた薄いくちびるを含め、顔のパーツ自体は整っている。
 ただし、生まれつき顔の右半分がアザでおおわれている。
 彼女のような肌を持ったものは、一般的な貴族の価値観では醜いとされていた。

 生来の肌の色を変えることは魔法でも難しい。

 王子は、金髪碧眼の美丈夫であり、自分の美しさには自信があった。
 自分とつりあわない婚約者の見目を好ましくないと思っており、日頃から顔を隠すよう注文をつけていた。
 ウメノも普段は王子の言いつけを守って、顔が隠れる髪型にしているのだが、本日は違った。
 ダンスをしやすいよう、夜空を想起させる漆黒の長い髪を高い位置で結わえている。
 おかげで、顔のアザがはっきりと見える。

 婚約者の美醜にこだわる王子には我慢ならなかったらしい。突発的な婚約破棄となったようだ。

 婚約を破棄され、あまつさえ王子から侮辱されたにもかかわらず、ウメノ・フォレスティア辺境伯令嬢は凛とした姿勢のまま、表情を変えることはなかった。

 表情を変えないウメノの様子を気にかけることもなく、ミト王子は侮辱の続きを告げた。

「セレネのように美しい女性こそが俺のような王族にはふさわしい」

 王子の視線の先には、セレネ・ノムル伯爵令嬢が待機している。
 セレネは、離れた場所から、今回の婚約破棄騒動の一部始終を見ていたらしい。
 勝ち誇った表情で、ウメノを見つめていた。
 婚約破棄まで予定をしていなかったにせよ、ダンスを踊る約束をしていたに違いない。

 王子は、自らが美しいと言った女性をエスコートするべく、ゆっくりと歩いていく。

 ウメノは去り行く王子に向かって、事務的な言葉を放った。

「婚約破棄というのでしたら、学園に留まる理由もありません。このまま実家に帰らせていただきます」

 王子は立ち止まったものの、振り返ることもしない。

「好きにしろ。ああ、お前に付けていた、醜い顔を仮面で隠した護衛ももういらないからな。連れていくといい」

 背を向けたまま告げると、王子はまた歩き出した。
 美しさが自慢の恋人、セレネの手を取り、エスコートをして、会場に入っていった。

 一人残されたウメノは、ため息をつくと、メイドと、素顔を隠した護衛を連れて、会場を後にした。
 誰にも聞かせるでもなく、ふっと漏らした言葉は、嘲りに対する怒りでもなければ、婚約破棄による悲嘆でもなかった。
 ただの困惑であった。

「ヒトは見た目にこだわるものとはいえ、度し難いわね……」


 困惑する令嬢の独り言を聞いていたのは、仮面をつけた護衛騎士と、夜を迎えて光り始めた星々だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

転生令嬢は学園で全員にざまぁします!~婚約破棄されたけど、前世チートで笑顔です~

由香
恋愛
王立学園の断罪の夜、侯爵令嬢レティシアは王太子に婚約破棄を告げられる。 「レティシア・アルヴェール! 君は聖女を陥れた罪で――」 群衆の中で嘲笑が響く中、彼女は静かに微笑んだ。 ――前の人生で学んだわ。信じる価値のない人に涙はあげない。 前世は異世界の研究者。理不尽な陰謀により処刑された記憶を持つ転生令嬢は、 今度こそ、自分の知恵で真実を暴く。 偽聖女の涙、王太子の裏切り、王国の隠された罪――。 冷徹な宰相補佐官との出会いが、彼女の運命を変えていく。 復讐か、赦しか。 そして、愛という名の再生の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

処理中です...