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第一話 醜さを理由にした婚約破棄
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「本音を言うとな、ウメノ嬢のような醜い女と結婚したくないんだ」
ミト王子が、目の前にいる一人の令嬢にだけ聞こえるように、小声で告げた。
学園で開催される学期末パーティ会場に向かう路上での出来事である。
パーティの開催までにいくばくかの余裕がある時間に、ミト王子は婚約者であるウメノをエスコートしての入場を予定していた。
ところが、会場入り口で顔を合わせるなり、王子は声高らかに宣言した。
「好きな人ができたから婚約は解消をする。今夜のエスコートはしない」
彼らの様子は、同じく会場に向かっていた大勢の貴族に聞かれている。
噂が広まるのに時間はかからないだろう。
ミト王子は計画性のない婚約破棄をするような愚か者であった。
愚か者ではあるが、救いようのないほどに愚かでもなかった。醜い女と結婚したくないという本当の理由については、大声で叫ぶような真似をしなかった。
とはいえ、見目を理由にしたことが公になっていなくても、貴族令嬢にとっては醜聞には違いない。
令嬢は、醜いと嘲られはしたものの、ガラス細工のような蒼い目や高い鼻、紅をささずとも赤みを帯びた薄いくちびるを含め、顔のパーツ自体は整っている。
ただし、生まれつき顔の右半分がアザでおおわれている。
彼女のような肌を持ったものは、一般的な貴族の価値観では醜いとされていた。
生来の肌の色を変えることは魔法でも難しい。
王子は、金髪碧眼の美丈夫であり、自分の美しさには自信があった。
自分とつりあわない婚約者の見目を好ましくないと思っており、日頃から顔を隠すよう注文をつけていた。
ウメノも普段は王子の言いつけを守って、顔が隠れる髪型にしているのだが、本日は違った。
ダンスをしやすいよう、夜空を想起させる漆黒の長い髪を高い位置で結わえている。
おかげで、顔のアザがはっきりと見える。
婚約者の美醜にこだわる王子には我慢ならなかったらしい。突発的な婚約破棄となったようだ。
婚約を破棄され、あまつさえ王子から侮辱されたにもかかわらず、ウメノ・フォレスティア辺境伯令嬢は凛とした姿勢のまま、表情を変えることはなかった。
表情を変えないウメノの様子を気にかけることもなく、ミト王子は侮辱の続きを告げた。
「セレネのように美しい女性こそが俺のような王族にはふさわしい」
王子の視線の先には、セレネ・ノムル伯爵令嬢が待機している。
セレネは、離れた場所から、今回の婚約破棄騒動の一部始終を見ていたらしい。
勝ち誇った表情で、ウメノを見つめていた。
婚約破棄まで予定をしていなかったにせよ、ダンスを踊る約束をしていたに違いない。
王子は、自らが美しいと言った女性をエスコートするべく、ゆっくりと歩いていく。
ウメノは去り行く王子に向かって、事務的な言葉を放った。
「婚約破棄というのでしたら、学園に留まる理由もありません。このまま実家に帰らせていただきます」
王子は立ち止まったものの、振り返ることもしない。
「好きにしろ。ああ、お前に付けていた、醜い顔を仮面で隠した護衛ももういらないからな。連れていくといい」
背を向けたまま告げると、王子はまた歩き出した。
美しさが自慢の恋人、セレネの手を取り、エスコートをして、会場に入っていった。
一人残されたウメノは、ため息をつくと、メイドと、素顔を隠した護衛を連れて、会場を後にした。
誰にも聞かせるでもなく、ふっと漏らした言葉は、嘲りに対する怒りでもなければ、婚約破棄による悲嘆でもなかった。
ただの困惑であった。
「ヒトは見た目にこだわるものとはいえ、度し難いわね……」
困惑する令嬢の独り言を聞いていたのは、仮面をつけた護衛騎士と、夜を迎えて光り始めた星々だけだった。
ミト王子が、目の前にいる一人の令嬢にだけ聞こえるように、小声で告げた。
学園で開催される学期末パーティ会場に向かう路上での出来事である。
パーティの開催までにいくばくかの余裕がある時間に、ミト王子は婚約者であるウメノをエスコートしての入場を予定していた。
ところが、会場入り口で顔を合わせるなり、王子は声高らかに宣言した。
「好きな人ができたから婚約は解消をする。今夜のエスコートはしない」
彼らの様子は、同じく会場に向かっていた大勢の貴族に聞かれている。
噂が広まるのに時間はかからないだろう。
ミト王子は計画性のない婚約破棄をするような愚か者であった。
愚か者ではあるが、救いようのないほどに愚かでもなかった。醜い女と結婚したくないという本当の理由については、大声で叫ぶような真似をしなかった。
とはいえ、見目を理由にしたことが公になっていなくても、貴族令嬢にとっては醜聞には違いない。
令嬢は、醜いと嘲られはしたものの、ガラス細工のような蒼い目や高い鼻、紅をささずとも赤みを帯びた薄いくちびるを含め、顔のパーツ自体は整っている。
ただし、生まれつき顔の右半分がアザでおおわれている。
彼女のような肌を持ったものは、一般的な貴族の価値観では醜いとされていた。
生来の肌の色を変えることは魔法でも難しい。
王子は、金髪碧眼の美丈夫であり、自分の美しさには自信があった。
自分とつりあわない婚約者の見目を好ましくないと思っており、日頃から顔を隠すよう注文をつけていた。
ウメノも普段は王子の言いつけを守って、顔が隠れる髪型にしているのだが、本日は違った。
ダンスをしやすいよう、夜空を想起させる漆黒の長い髪を高い位置で結わえている。
おかげで、顔のアザがはっきりと見える。
婚約者の美醜にこだわる王子には我慢ならなかったらしい。突発的な婚約破棄となったようだ。
婚約を破棄され、あまつさえ王子から侮辱されたにもかかわらず、ウメノ・フォレスティア辺境伯令嬢は凛とした姿勢のまま、表情を変えることはなかった。
表情を変えないウメノの様子を気にかけることもなく、ミト王子は侮辱の続きを告げた。
「セレネのように美しい女性こそが俺のような王族にはふさわしい」
王子の視線の先には、セレネ・ノムル伯爵令嬢が待機している。
セレネは、離れた場所から、今回の婚約破棄騒動の一部始終を見ていたらしい。
勝ち誇った表情で、ウメノを見つめていた。
婚約破棄まで予定をしていなかったにせよ、ダンスを踊る約束をしていたに違いない。
王子は、自らが美しいと言った女性をエスコートするべく、ゆっくりと歩いていく。
ウメノは去り行く王子に向かって、事務的な言葉を放った。
「婚約破棄というのでしたら、学園に留まる理由もありません。このまま実家に帰らせていただきます」
王子は立ち止まったものの、振り返ることもしない。
「好きにしろ。ああ、お前に付けていた、醜い顔を仮面で隠した護衛ももういらないからな。連れていくといい」
背を向けたまま告げると、王子はまた歩き出した。
美しさが自慢の恋人、セレネの手を取り、エスコートをして、会場に入っていった。
一人残されたウメノは、ため息をつくと、メイドと、素顔を隠した護衛を連れて、会場を後にした。
誰にも聞かせるでもなく、ふっと漏らした言葉は、嘲りに対する怒りでもなければ、婚約破棄による悲嘆でもなかった。
ただの困惑であった。
「ヒトは見た目にこだわるものとはいえ、度し難いわね……」
困惑する令嬢の独り言を聞いていたのは、仮面をつけた護衛騎士と、夜を迎えて光り始めた星々だけだった。
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