おじろよんぱく、何者?

月芝

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013 クマとタヌキ

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 フェンスを背にしたおれは五人組に逃げ道を完全にふさがれてしまう。
 こうなってはやむをえん。
 おれは叫んだ。「あー、あっちで探偵助手がひんむかれてパンツ一丁のあられもない姿にーっ!」

「「「「「なんだと!」」」」」

 男たちの視線が一斉におれが指さした方へと向く。
 悲しいかな、男とはそういう生き物なのだ。とりあえず見とけとばかりに、当人の意思とは関係なしに体が勝手に反応してしまう。
 これによってほんの一瞬だがおれから注意がそれる。
 生じた空白の時間はまばたき数程度のもの。
 だがおれにはこれで十分だった。

 五人組の視線の先では、拳を血まみれにしたオカッパ頭が「けけけけ」と狂喜乱舞。
 騙されたとわかって男たちは「このやろう!」「男心をもてあそびやがって!」と激怒してふり返るも、そのときにはもうおっさんの姿は消えていた。

「はぁ? どこにいきやがった」
「消えた、そんなばかな……」
「てめえらがガキのパンチラに惑わされていたせいだ!」
「そういうお前だってだらしなく鼻の下をのばしていたくせに」
「きさまこそガッツリ見ていやがっただろうがっ」

 まんまと獲物に逃げられた責任を押しつけあううちに、あっさり瓦解した五人の関係。
 しょせんは即席の結びつきであった。「ふざけんな」「ぶっ殺してやる」と殴り合いが始まる。
 その頃、おれこと尾白四伯がどうしていたのかというと……。
 なんてことはない。連中の足元にてじっと息を潜めていただけのこと。
 五人組の視線がはずれた瞬間、おれがドロンと化けたのは一本の鉄パイプ。いかにも廃墟に転がっていそうなシロモノ。こいつに化けて、危機的状況をやり過ごそうと考えたわけだ。
 策はまんまとはまり、浅はかな筋肉ダルマどもは同士討ちをはじめた。
 おれはしめしめとほくそ笑む。
 あとは騒動がおさまるのを待つばかり。
 どうせじきに芽衣が全員叩きのめすだろう。
 なんぞと考えてたら計算が狂った。
 ひょいとおれが化けた鉄パイプを拾いあげたのは芽衣である。

「これはちょうどいい。さすがに素手で殴ってばかりだと拳を痛めてしまいますので。しばらく休憩がてらこれでボコりましょう」
「お、おい、ちょっと待て芽衣! おれだ、おれおれ!」

 このままだと武器として使われかねないので、おれは必死に呼びかける。
 が、しっかり聞こえているくせして芽衣は聞こえないふり。ブンブン鉄パイプを振るばかり。

「かわいい助手にばかり働かせて自分は高みの見物とか。さすがにありえませんよねー」

 にんまり微笑む芽衣。
 鬼に金棒ならぬタヌキ娘に鉄パイプ。
 危険な取り合わせにゾッとしたおれはあわてて化け術を解こうとするも、ちょいとばかり遅かった。
 雄叫びとともに残る敵勢へと突っ込んだ芽衣が、めったやたらに鉄パイプを振り回したものだからたまらない。

「きゃはははは」

 鈍い打撃音とひしゃげる肉や折れる骨の感触。
 変化しているからこちらにダメージはないものの、そんな凄惨な場面を最前線の特等席で味わうことになったおれは半べそ。「ひよえぇぇぇーっ」

  ◇

 気づいたときには、地下闘技場に五十人近くいた屈強な男どもは倒れ伏し、立っているのは血まみれの鉄パイプを持つ芽衣と、毛深い巨漢が一人きり。
 にしても、でかい。二メートルを軽く超えていやがる。
 それにこいつは……。

「おい、芽衣。こいつはおれたちと同類だ。気をつけろ、雰囲気やガタイからしてたぶんクマだ」
「へー、クマですか。それはめずらしいですねっと」

 忠告したのにもかかわらずいきなり殴りかかった芽衣。狙うのは敵の側頭部。
 だがそれを巨漢は軽く腕をかざして難なく受け止めてみせた。
 クマ男、不敵ににやり。
 どうやらこのデカ物、ただ者ではないらしい。
 目の前の男の技量をすぐに悟った芽衣は鉄パイプをあっさり手放し、すかさず距離をとった。

 ……って、えっ、あれ、ちょ、ちょっと。

 クマ男の手に残されたおれはたいそう困惑。
 するとクマ男がおもむろに鉄パイプを真上に放り投げた。
 くるくる宙を舞ったおれは、天井ギリギリのところで勢いを失い落下をはじめる。
 ふたたびクマ男の正面へと戻ってきたところで、横あいからもの凄い衝撃を受けて、おれは「ぐへらっ」
 手刀による横薙ぎの一閃にて鉄パイプがくの字にぐにゃり。
 それすなわち化けているおれの身もぼっきり逝ったということ。
 飛ばされた鉄パイプがフェンスにぶち当たってガチャンと派手な音を立て、そのまま床にてコテンと転がる。
 ちくしょう、なんてことしやがる。
 化け姿のままで半死半生となったおれが、うめきながらも見てみればタヌキ娘とクマ男が正面からがっつり殴り合ってる姿があった。

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 まるで工事現場のような音が重なり、そのたびに空気どころか地下空間全体がビリビリふるえる。
 あまりの迫力に熱狂していた観客たちも、いつしか黙り込んで戦いの行方を固唾を呑んで見守っている。
 どさくさにまぎれておれもこっそり化け術を解き、フェンスにもたれて見物にまわった。
 助太刀しないのかって?
 あー、ムリムリ。あんなところに飛び込んだらたちまちひき肉にされちまう。
 おれはタバコをとり出し火をつける。

「ふーい、っ痛う。くそ、アバラにヒビでも入ったか。煙を吸い込むたびにやたらと肺まわりが軋みやがる。にしても……」

 自分の背丈の倍はありそうな大男を前にして一歩もひかないとか、芽衣の体はいったいどうなっていやがるんだ。
 マジで葵のばあさんから改造手術でも受けてるんじゃねえのか?
 おっ、芽衣が技の構えに入った。クマ男もがんばったけど、そろそろ決着かな。

「是螺舞流武闘術、破の型、さざ波」

 矢となり迫るタヌキ娘。
 これを剛腕にて迎え撃たんとするクマ男。しかし捉えきれない。
 かいくぐり懐へと入った芽衣が放ったのは右の掌底。
 鳩尾に決まった瞬間、クマ男の巨体がほんのわずかに浮いた。
 が、芽衣の攻撃はまだ終わらない。間髪入れずに左の掌底が寸分たがわず同じ箇所を穿つ。
 一の衝撃にて体内に波紋を生じ、二の衝撃にてこれを増幅する。
 これが、さざ波。いかに強固な筋肉と脂肪の鎧を着ていようとも、問答無用で内部を破壊のエネルギーが浸蝕するおそろしい技。
 だというのにクマ男は倒れない。
 立ったままで白眼をむいての気絶。
 よもやの弁慶の立ち往生。
 敵ながらあっぱれにて、おれはおもわず拍手をしちまったね。するとそれに釣られて他の観客たちもパチパチパチ。
 かくして大乱闘バトルロイヤルは終了。
 勝者は探偵助手の洲本芽衣!
 とオマケのおれ。
 おやおやおや? だとすれば大番狂わせにて支払いの配当はどうなるのかな? なにせオッズがおれだけ四桁の千百二十九倍ときたもんだ。こりゃあ胴元、ヘタをすると首をくくることになりかねんぞ。けけけけ、いい気味だぜ。
 ところがどっこい、そうはイカの金玉とばかりに動き出す怪しげな集団がぞろぞろり。


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