おじろよんぱく、何者?

月芝

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051 ド変態

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 猛然と走りだしたトラ女。その身が大きく跳躍。
 夜空を駆け弾丸となって放つは必殺の飛び蹴り。
 狙うはおれが化けているトラックのコンテナにめり込んでいるタヌキ娘。

「芽衣っ!」

 このままではやられる。おれはすぐさま化け術をとこうとする。
 しかし寸前で芽衣が目を覚ます。
 コンテナのふちに手をかけるなり芽衣は強引に己のカラダを引き抜き、そのままコンテナの屋根へとひらり。
 回避直後、ついさっきまで芽衣が埋まっていた箇所に炸裂したのは弧斗の飛び蹴り。
 すさまじい衝撃。相当な重量があるはずのトラックの車体がガタガタ揺れた。片輪が少しばかり浮いて、すぐさまゴトンと落ちるほど。コンテナのへこみはさらに深く大きくなった。
 とんでもない破壊力!
 こんなのと芽衣は正面からやり合っていたのか?
 いくらなんでも無茶が過ぎるだろう! そして化け術をといたときの自分のカラダが、おっさんはとっても心配! どうかアバラ二本ぐらいですんでますように。ナムナム。

  ◇

 逃れた芽衣を追い、弧斗もすぐさまコンテナの屋根へとのぼる。
 ふたたび対峙することになった二人。
 口元を拭って、ペッと血が混じったツバを吐き出すタヌキ娘。左頬をさすりつつぼそり。

「ちょっと効きました」

 この言葉を耳にしたトラ女が「へぇ、そうかい」と答えるものの、目は笑ってない。仮にも名を冠する技を放ったというのに、それを「ちょっと」とは。なかなかに屈辱的な物言い。
 挑発、侮り、いろんな感情やら憶測が入り乱れては、見えない火花となって、二人の間の空気がずんずん剣呑なものになってゆく。
 そしてそんな連中を背中に載せているおっさんは、ずっとドキドキはらはらしっ放し。

「あのぅ、できれば他所でやってくれると助かるんだが……」

 おずおずダメ元でお願いしてみたがダメだった。
 おっさんの切実な懇願には目もくれず二人の女がふたたび接近。
 足だけでなく手からも鋭い白爪を生やした弧斗羅美。その分だけ伸びた間合い、増す攻撃力。
 それはたしかに脅威であった。だが芽衣には当たらない。
 かわされ、よけられ、はじかれ、いなされ、流されては爪が虚しく斬るは空ばかり。
 トラの爪は必殺の威力を持つ。けれども強力無比なる武器を手にしたことによって、拳は自由を失った。ナイフを持てばそれでトドメを刺そうと固執するように、爪を主体に置いた攻めはやや単調に。もっともそれとても常人の目にはまるで捉えられない暴風。
 しかし芽衣のように免許皆伝を受けている達人にとっては、その「やや」がつけ込む隙となってしまう。

 大型肉食獣の狩りは初手こそがすべて。
 その一瞬に全身全霊を賭け、一撃にて獲物を仕留めるを本懐とする。
 あとこれはあまり知られていないことだが、トラの狩りの成功率はかなり低い。それこそ二割前後なんだとか。
 一方でタヌキは本格的な狩りはしない。せいぜいカエルを捕ったりする程度。でもって基本的にはなんでもモリモリ食べる。いわゆる雑食というやつだ。
 肉体強度ではまるで比べものにならないトラとタヌキ。どちらが強い? と問えば百人中百人がトラと答えるだろう。
 でも現在も繁栄を続けているのはタヌキの方。
 それすなわちタヌキにはタヌキならでは強さがあるということ。
 歴史の荒波を乗り越えて、現代の文明社会にどっぷり浸るのは伊達じゃない!

 猛攻を続けていたトラ女。自慢の爪で仕留めようとムキになるあまり、うっかり呼吸がおろそかに。
 無呼吸にて激しい運動を継続した結果、ついに限界を迎える。
 苦しくなって口が開いた。ひょうしにこぼれたのは「ぷはぁ」という声。とたんに肺がすっかり足りなくなった酸素を補給しようと、じゃんじゃん空気を吸い込む。
 たちまち膨らむ胸部、それに連動する形で双丘がゆれ、アゴが自然と上がる。
 そのタイミングでトラ女の懐に飛び込んだ芽衣。

「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」

 通常、男の急所を粉砕する技が弧斗羅美のアゴに炸裂!
 思いっ切りかちあげられたトラ女。その巨体が後方へと大きくのけ反る。
 だというのに、芽衣はすぐさま飛び退り、タッタッタッと間合いをとった。
 数多の野郎どもを一撃のもとに沈めてきた拳打。たとえ対象が股間ではなかろうとも、アゴは急所のひとつ。そこにまともに入れば肉体はともかく脳の方に深刻なダメージを喰らう。それこそ糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちることさえもあるほどに。
 けれどもトラ女は倒れなかった。
 よろめき片膝こそついたものの、金目が朦朧とすることもなく強い光を宿したまま。

「っ痛ぅ……。くぅー、あー、効いたぁ。まだ頭の中でお星さまがキラキラしていやがる」首をコキリコキリさせながら、アゴもゴキゴキ鳴らすトラ女。「まさか、あたいをここまで楽しませてくれるたぁ、こいつはうれしい誤算だ。だったらこっちももう少しサービスしないとねえ」

 言いながらゆらりと立ち上がった弧斗羅美。ダイナマイトなその身をつつむ黒のライダースーツが内よりボコリボコリと不自然に盛り上がっていく。
 箇所は両の肩から先と、両の足。
 みるみる四肢がたくましく変化。トラ本来の姿となってゆく。

「滅爛虎慄紅武爪術、二の段、四ノ華(しのはな)。悪いな、ここから先は加減がきかねえ。頼むから死んでくれるなよ」

 ここにきてトラ女がさらなる変態を遂げる。
 とんでもないド変態ぶりに、芽衣は表情をいっそう険しくし、足下のおれはガクブル。


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