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109 華のお大江戸の都市伝説
しおりを挟む呉服店「阿紫屋」の女主人、出灰竜胆から依頼を受けた日の夕刻。
尾白探偵事務所にて、しげしげと写真を眺めていたのは助手の芽衣。
振袖の経歴を探るのにあたって、必要だから用意した資料を前に「へー、キレイな柄ですねえ」と感心している芽衣。「とてもいわくつきの品には見えないです」
ふだんは和装なんぞちっともしない、いまどきの若いタヌキ娘の喰いつきがおもいのほかいい。
おっさんのおれには着物の良し悪しなんぞはわからんが、それだけ娘っ子が惹きつけられる要素があるということなのだろう。
「まぁ、その手の話はたいていがこじつけだから。人間、しんどい目に遭うとつい何かのせいにしたがるものさ」
「そうなんですか? でもずいぶんと昔に呪いの振袖で大火事が起きたとか、なんか聞いたことがあったような……」
芽衣が口にしたのはおそらく明暦の大火のことだろう。
明和、文化とならんで江戸の三大大火と呼ばれるもののうちのひとつ。
震災やら空襲をのぞけば日ノ本史上最大級の火事。犠牲者が五万とも十万ともいわれており、ものの見事に江戸を焼け野原にした。
そんな大火事の原因となったのが、たった一枚の振袖だというからおどろきだ。
ことの発端は、若い娘のひと目惚れ。
しかし相手はどこの誰ともわからない美少年。悶々とした娘は、ついに恋焦がれるあまり病に伏してしまう。お医者さまでも草津の湯でも、というやつだ。
あんまりにも一途ゆえに不憫になった親御さんが、娘が惚れた相手が着ていたとされる柄の着物を作って与え、せめてもの慰めにとするも、そのかいもなくついに黄泉路へと旅立った。まだ十六か七という若い盛りのことであったという。
生前、娘が大切にしていたものだからと棺に振袖をかけて丁重に弔った両親。
が、それがしくじりの元だった。
当時、棺の中に入れられた品を盗むはご法度なれど、棺の周囲に置かれた遺品に関しては手間賃として寺男たちがもらっていいことになっていた。
「おっと、こいつはいい品だ。しめしめ」
振袖を見つけた寺男はホクホク顔で、そいつをさっそく古着屋へと持ち込む。
それから何人かの職人やお針子の手を経てすっかりキレイにされた品は、じきにどこぞの店先に飾られることになる。
するといい着物なので、すぐに次の買い手がついた。
けれどもその娘もじきに病床に伏して、ぽっくり逝った。わずか十六という若さで。
これを憐れんだ両親が娘が生前に特に気に入っていた品だからと棺にかける。
するとまたしても寺男の手によって……。
というのが以降、さらにもう一度重なった。逝ったのはやはり十六歳の娘。
見目を惹く振袖ゆえに、さすがに三度も出戻ってくれば「なんだこれ?」となる。
話を聞いた住職が「おそらくは最初の娘の情念が強く残っておるのだろう。どれ、ちゃんとお焚き上げをし、供養してしんぜよう」と仏心を出す。
だがポクポクちーんと読経しながら、いざ護摩壇の中へと放り込んだとたんに、たちまち焔が女人の形となって、高笑いしながら大空高くへと舞い上がり、そのまま江戸の市中へと飛び去る。さながら愛しい誰かのもとへと駆けていくかのように。
しかしそんな炎女の下にいた者たちはたまらない。
降り注ぐ火の粉がたちまちあちらこちらにて芽吹いては、真っ赤な華を咲かせてメーラメラ。
その火勢は凄まじく、じつに江戸の街の六割を灰燼へと変えたという。
◇
おれのざっくりした説明を聞いて芽衣がぷんすか憤慨。
「ひどい! 乙女の想いがこもった遺品を転売するとか、それが仮にもお寺に勤める人間のすることですかっ!」
微妙に沸点がズレているタヌキ娘を「どうどう」となだめつつ「しょうがねえだろう。昔は今とちがって、物をとても大切にしていたんだ。そうやって何代にも渡って修繕しては使い回すことが当たり前だったんだよ」
「でも……」
「それにぷりぷり怒っているところ悪いんだが、この話にはオチがあってだな」
「えっ、オチ?」
「どうやら創作らしい。真っ赤なウソ、都市伝説の類だ。そもそもの話として、この程度で火事になってたら、今頃、世界中が焼け野原だ」
人類の半分が女だとして、誰もが初心な乙女時代を経てあちらこちらがふてぶてしく、ぷくぷく育つもの。
惚れた腫れたの度に火を放っていたのではたまらない。
「おっふ、それはそれでなんだか夢がない話です。あぁ、無情。そこは根性を見せて、せめて想い人の夢枕に立つぐらいの根性をみせて欲しかった」
「それこそ相手の美少年が気の毒すぎるわ! 自分から声をかけて言い寄ったとか、その気にさせたとかならばともかく、コレに関しては完全な巻き込み事故じゃねえか」
「そこはそれ、美しく生まれたのが罪とか、そんな感じで」
「………………」
なんだかんだと難癖をつけてはすべてを男のせいにするとは、恐るべき乙女の思考回路。
でもこれってあくまでうちのタヌキ娘だけだよな? よもや世間全般の良識ある婦女子諸君がそんなわけないよな? もしもそうだったら、ちょっと怖すぎるんですけど。
「えー、こほん。まぁ、今回の振袖に関しては、さすがにそこまで気合いの入った品じゃないだろう。というわけで週末はあちこち出かけることになるから、芽衣もそのつもりでいてくれ」
「了解しました。しっかり旅行の準備を整えておきます」
何やらかんちがいをして浮かれている助手。
いや、あの、あくまで調査なんですけど。
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