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146 バイオレンス除霊
しおりを挟む特殊警棒だけでなく、近代兵器をバリバリ行使するという現代の陰陽師。
手持ちの黒いカバンの中にはいろいろ道具があるそうな。
「なんか想像していたのとちがう」
「ですよねえ。基本、ぶん殴るですから」
古き良き平安の御世、蝶よ華よと戯れる貴族っぽい雅なイメージを木っ端みじんにされたおれと芽衣。
二人が見守る先、階段の上の方では車屋千鶴が「何か」をめったやたらに警棒で打ちすえている真っ最中。
「何か」とは「何か」である。お化けと呼んでもいいし、幽霊でも霊でも影でもかまわない。
とにかくふつうは見えない類のシロモノ。
それがおれたちにも視えているのは、車屋千鶴がしばくことにより、こちらとあちらの二つの世界が疑似的に重なり繋がっているせいなんだとか。「昔のアニメのセル画みたいなものです」とのこと。
解説を交えつつ車屋千鶴の手が止まることはない。
直視するに堪えない一方的な暴行。声は聞こえないけど背中を丸めてされるがままの相手がとにかく気の毒過ぎる。
◇
ショッキングな除霊シーンは五分ほどで終了。
「ふぅ、思ったより手強かったです」
いい汗かいたぜと言わんばかりに爽やかな笑みを浮かべる女陰陽師。
おれと芽衣はドン引きである。
階段で悪さをしていたヤツをぶちのめ……除霊したところで、二階の探索を開始。
各部屋を総ざらい。クローゼットだけでなく備え付けのベッドやソファーの下、タンスの裏なども車屋千鶴に指示されるまま入念に調べる。
その結果、二階にて見つかったのは三体の「何か」たち。
形状も大きさもバラバラなそれら。二体は人型っぽいけど、一体は四つ足にて天井に張り付きしゃかしゃか徘徊する異形。
人型は特殊警棒にてボコり、異形は組み紐に分銅がついた武器でぐるぐる巻きにしてやっぱりボコる。
このお化けを縛る組み紐。
結婚詐欺にあって大金を騙し取られ辛酸をなめ尽くした女たち。その髪の毛を用いてつくられた炭素素材をたっぷり練り込んだ特殊カーボン製にて、丈夫さは折り紙つき。
「ゾウをくびってブラブラしてもへっちゃらなんですよー」と車屋千鶴。
明るい声の調子からしてたぶん冗談なのだろうが、陰陽師ジョークは高尚すぎて一般人にはちょっとわかりにくい。
だからおれと芽衣はひくひく愛想笑い。
◇
二階の探索を終えて一階に戻る。
続けて左側にあった扉を開けると、暖炉のある応接間らしきモノがあって、壁には立派な額縁に納められた肖像画が飾られてあった。
豊満な胸元を強調したドレス姿。流し目に口元のほくろがチャーミング。肉感的な美女である。艶と風格からして、たぶんここの女主人の絵なのだろう。
「なかなかのべっぴんさんだなぁ」とおれ。
「へー、四伯おじさんはこういうのがタイプなんですかぁ。でもわたしはちょっと苦手かも」とは芽衣。「底意地が悪そう」とのこと。
「自分も芽衣さんに一票です。この手の女は同性と異性で態度を使い分けるタイプですよ。そしてバカな男はコロリと騙されるんです。断言しましょう。この女、絶対に女友達なんて一人もいなかったはずです」
やたらと辛辣な車屋千鶴。彼女の過去にいったい何が……。
酷評しつつガサゴソ手提げカバンを漁っていた女陰陽師。
にょきっと取り出したのは金づち。頭から柄まですべて黒い鉄製にて見た目以上に重そうに見える。
「これは希少な隕鉄で作った特製ハンマーです。では、すみませんけど尾白さん。ちょっとそこに四つん這いになって下さい」
「はい? いまなんと」
「だからそこにおウマさんのように。あるいは女王さまに媚びへつらう変態のごとく、四つん這いになってと」
「いや、だからなんでおれが這いつくばる必要が?」
「どうしてかって、そうしないと私の身長では絵に手が届かないからです。まさか未来あるうら若き芽衣さんにそんな屈辱的なマネはさせられませんし。でも尾白さんならむしろご褒美になるかと」
「………………」
死んだアジの目にてじーっとこちらを見つめてくる車屋千鶴。
感情がまるで読めないからどこまでが冗談で、どこからが本気なのかがちっともわからない。
ノリ、ボケ、ツッコミ、言葉の選択、それから会話の間、すべてがかみ合わない相手とのコミュニケーションは苦痛だ。
おれは早々に彼女と理解し合うことを放棄し、無言のままドロンと脚立に化けた。
べつに踏み台でも良かったのだが、それだとなんだか負けたような気がする。
芽衣に脚立を抑えてもらい天辺までよじ登った車屋千鶴が「せーの」と隕鉄ハンマーにて肖像画を殴る、殴る、殴る。
するとへこんだり、割れたり、欠けたところからドロリと粘性のある黒い液体が染み出してきた。ついでに絵の女主人の眼球がギュルギュル回って血の涙を流す。
とても不気味だった。
女陰陽師によれば、この絵も怪異を助長する元凶のひとつとのこと。
「ううん? ちょっと待て。ひとつってことは他にもこんなのがあるのかよ、車屋さん」
「ええ、ここまでは前座みたいなものかと。事前にここの資料に目を通してきましたけど、過去に重大事件が起こったことも、歴史的に何かあったことも、土地の因縁とかもありません。地脈や方位的にも問題はありません。なのに異変が起きている。
となれば要因は外部から持ち込まれたと考えるのが妥当かと」
そいつを取り除かないかぎりは、この洋館が怪異から解放されることはない。
すなわちおれたちの依頼も完了しないわけで、いましばらくはこの陰陽師に付き合う必要があるとわかって、おれと芽衣は心底げんなり。
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