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359 入り婿
しおりを挟む数部門に参加することに決めたミワちゃんに望くんと愛ちゃんをまかせて、芽衣とタエちゃんは大物狙いのポイントを探す。
少し出遅れたせいか、目ぼしいところではすでに参加者らが竿を振っていた。
その中には出灰桔梗の姿もある。
堂に入った竿さばきにて、ピタリと狙ったポイントへとルアーを投げ込む。
「ほへー、うまいもんだ。格好だけじゃなくて本当の釣りキチだったのか。桔梗ちゃんってば」
たいそう感心する芽衣だが、じつは釣りがあまり得意ではない。
えっ、島育ちなのに? と不思議に思われるかもしれないが国産みの淡路島はあれでけっこう大きいのだ。よって海に面した外縁部と内陸部とでは生活様式はまるでことなる。
でもって芽衣の実家の洲本家は内陸寄りにあるから、釣りといっても近所のため池で適当に斬った青竹にヒモと針と餌をくっつけたようなモノで遊ぶ程度。
それに釣りは趣味とするにはけっこう割高。凝りだしたらいくらあっても足りやしない。お子ちゃまが気軽に始められる趣味ではない。小遣いとお年玉に誕生日やクリスマスプレゼント分とか、もろもろすべてをぶっ込む覚悟が必要。
「そういえばアイツのオヤジさんが釣り好きで、ガキの時分からちょくちょくくっついて釣りに行っていたっけか。小学生の夏休みの自由研究で、どでけえクエの魚拓を持ってきたことがあったぞ」
クエとは……。
スズキ目ハタ科に属する海水魚。成魚になると一メートル二十センチを超え、重量は五十キロにも及ぶ。外洋に面した海深五十メートルぐらいの岩礁などに生息し、群れるを嫌い孤高を貫いている。悠然と海底を泳ぎ、魚やイカに伊勢海老なんぞを豪快に丸呑み。
白身魚ながらも脂が乗っており旨味成分が豊富。ゆえに食材としては一級品。「クエ食ったら他の魚食えん」と云われる高級魚。
いまでこそ養殖が成功しており、お金さえ出せば食べられるものの、かつては漁獲のムズカシさから幻の魚とも呼ばれていた。
刺身でもいけるけど、やっぱり鍋が最高!
などという情報をタエちゃんからもたらされて、芽衣がヨダレをじゅるりとさせつつも「えっ、あそこって旦那さんいたんだ?」と驚きを禁じ得ない。
桔梗の家である「阿紫屋」は高月でも指折りの老舗の呉服店。
そこの女主人であり桔梗のお母さんでもある出灰竜胆(いずりはりんどう)は、つねに和装でビシっと身ぎれいにしている小股の切れ上がったいい女。
由緒正しいお店の女主人のみならず、市の商工会長をも兼任しているやり手の経営者。
だが、礼儀作法に厳しく、通すべき筋を通さないとおっかない人物でもある。
「あぁ、あそこの家はおふくろさんが強烈だからな。入り婿のオヤジさんの方はすっかり陰に隠れてちまってるんだけど、ちゃんといるぞ。たぶん芽衣も会ってるはずなんだがなぁ」
影は薄いけど、いつも店先に出ている。
拳で語り合って以降、仲良くなって出灰家にも何度かお邪魔をしている芽衣。たぶん会釈ぐらいはかわしているとのタエちゃんの言葉に、芽衣は首を「うーん」とかしげるばかり。
狸是螺舞流武闘術を身につけ、伝説の後継者として着々と成長しているであろうタヌキ娘。そんな猛者から気取られないとは、ある意味、桔梗ちゃんパパはすごい人なのかもしれない。
この桔梗ちゃんパパ、じつは釣りの名人としてその筋では有名らしい。
本日は仕事の都合で不参加。もしも出場していれば間違いなく結果を残していたことであろう。
そんな釣り名人より幼き頃から薫陶を受けて育った桔梗。いまでは立派な釣りガール。
「だから、か。なるほどねえ。それに釣りは一人でも出来るもんね」
「芽衣、おまえ……。それ、ぜったいに当人に言ってやるなよ。きっと泣くから」
後方から自分を見つめる二人がそんな会話をしているとは露知らず。
水面相手に楽しそうに竿を操る白薔薇の君。手元のリールのシルバーメタリックがキラリと煌めく。
◇
湖国が誇る日ノ本一の琵琶湖より始まり、滔々と大坂湾へと流れている一級河川・淀川。
これを横断し隣の市へと通じているのが全長七百メートルほどもある枚方大橋。
その橋台付近に陣取り釣りを始めた芽衣とタエちゃん。
間を十メートルほどあけて並び立つのは、いざというときに協力体制をとるため。
予想外の大物がかかった場合、タモ網によるサポートが不可欠。がんばれば一人でも釣り上げられるであろうが、意地を張った分だけバラす確率が高くなる。魚だって生き残りがかかっているから必死なのだ。また逃げられるだけならばいいが、最悪なのが途中でラインがぷつんと切れること。
環境保全目的の外来魚駆除大作戦なのに、逆に釣り糸なんぞというやっかいなゴミをバラ撒くなんて本末転倒。
ということもあって本大会では、このぐらいの助け合いはお目こぼしされるルールとなっている。
二人の周囲には大物狙いのゴツイ竿を設置している参加者らがちらほら。
自分の竿の先っちょに神経を尖らせつつもの、周囲の竿の動きも気になってしようがない。
互いに素知らぬ風を装いつつ、めちゃくちゃ意識している。
独特の緊張感の中、当たりがくるのをじっと待つ。
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