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778 代理戦争
しおりを挟む千祭史郎を連れてきたのは副支配人。
臆面もなく「私が頼んできてもらいました」と言う。
これには温厚で知られる支配人もいささか気色ばんでの不機嫌顔。
だが副支配人は素知らぬていにて「失礼ながら大事を託すのには、そちらはいささか頼りないかと案じまして、千祭さんに足を運んでもらいました」なんぞとぬけぬけ。
「なっ! きみ、尾白さんに失礼じゃないか。たしかに彼は見た目はこんなのだけれでも、実績ならばある。充分に信用に足るはずだ」
支配人さん、眉間にしわを寄せたしなめる。
しかし副支配人はこれを「ふん」と鼻で笑い「いえいえ、今後のことを考えれば、頼みとするのは大手である桜花探偵事務所こそでしょう。誼を結んで置いて損はありません」と意見する。
なんのかんのと言っては、やたらと支配人に盾突く副支配人。
じつはけっこうな野心家にて、支配人の地位を虎視眈々と狙っている。とっとと邪魔な上司を追い落として、その席に自分が座る気まんまん。それゆえに今回のことを利用して目の上のたんこぶを取り除くことに決めたようだ。
そして千祭史郎にとっても、それは渡りに舟であった。亀松百貨店という大口の顧客を弱小事務所にとられたままというのは、大手の沽券にかかわる。ここいらで奪い返し、格のちがいをみせつけるよい機会。
かくして互いの利害が一致したことによる乱入であった。
とどのつまりは、トラブルにかこつけた内部抗争である。
「……と、まぁ、おおかたそんなところだろうよ、芽衣。いかにも駄犬が尻尾を振って考えそうなこった」
「副支配人さんと千祭さんって、まるで時代劇の悪代官と越後屋みたいだね、四伯おじさん」
背景にあるものを看破して、「はははは」と笑う探偵と助手。
すると「おだまり!」
駄犬もとい千夜史郎がぴしゃり。
「雑種のくせしてやるじゃない。その通りよ。でもこれはあくまで始まりにすぎないわ。まずは亀松百貨店を落とし、ゆくゆくは南の地をすべてたいらげるつもりよ」
高月の地は、駅を挟んで北と南に分かれている。
北はなんとなくお金持ちが多くてお上品なイメージ。
南はマンモス団地をはじめとして、雑多な庶民の巣窟といったイメージが強い。
客層もそれにならうもので、全国展開している桜花探偵事務所の営業戦略としては、旨味のある北部域に重点を置いて、これまでやってきた。それゆえに南の方はちょいとおざなりであったから、うちのような個人事務所はやっていけていたわけで。
自然と住みわけがなされていたのである。
しかし近年、南の方でも開発が進んでおり、物流倉庫なんぞもポンポン誘致され、宅地開発も増え、乙姫さんのところの不夜城みたいなのも出来た。
ゆえに「そろそろ刈り頃だろう」と大手が食指を動かしたというわけだが……。
「せこいな」
「せこいですね」
探偵と助手はそろって「ふぅ」とため息にて、肩をすくめる。
そんなこちらの態度にぴきりと青筋を浮かべるドーベルマンカマ。
「ぐっ、なんとでもおっしゃい! うちもノルマがけっこうカツカツなのよ。なりふりかまってはいられないの。ここいらで一発、ガツンとかましておきたいのよ。まぁ、そういうわけだから、しっしっしっ。あんたらの出番はないわ。さっさとあの陰気な雑居ビルにお帰り」
おれたちと千祭がそんなやりとりしているのを尻目に、わちゃわちゃもめていた支配人と副支配人。
話はどこまでも平行線。このままでは埒が明かない。
ついには副支配人がとんでもないことを言い出した。
「ならば、桜花探偵事務所と尾白探偵事務所、双方に競わせたらいい。その結果によって、どちらの判断が正しかったかわかることでしょう」
協力してことに当たるのではなくて、競争して問題のスピード解決をはかる。
しかも負けた方は完全にただ働きにて、勝った方が報酬を総取り。
百貨店側にはメリットしかない副支配人の提案に、支配人もしぶしぶ「それだったら」とうなづく。
かくして亀松百貨店の内部抗争に端を発する、尾白探偵事務所と桜花探偵事務所の代理戦争が勃発した。
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