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079 北へ
しおりを挟む地下室奥、壁際にクサリで吊るされた女を発見。
全身に激しい暴行の跡。
尋問や拷問の類ではない。これではまるで私刑だ。おそらくは大勢でめったやたらと責め立てたのだろう。興奮した集団は歯止めが利かない。連中の素人臭さが最悪の形で発揮されていやがる。ムゴ過ぎる。
俺たちは急いで女の拘束を解き、床にそっと寝かす。
胸が微かに上下するたびに、ゴボリと口元から泡だった血が溢れる。
折れた肋骨が肺に刺さっているのだろう。
息も絶えだえにて、体が痙攣を始めている。いつこと切れてもおかしくない状況。もはや手遅れなのは明白。
俺はジーンとキリクに目を向けるも、二人ともに無言で首を横にふる。
くそっ! イヤな予感が当たってしまった。
「ケリー、しっかりしろ。ほら、マホロもここにいるぞ」
俺の声に薄っすらと瞼を開けたケリー。我が子を見つめながら一筋の涙を流す。
視線がこちらを向く。口元を懸命に動かしている。最後のチカラを振り絞って、何ごとかを伝えようとしているらしい。
俺は耳を近づけて、一言一句聞き漏らすまいとする。
いくつかの大事を告げ終えた後に、ケリーが最期に口にした言葉。
それは「わたしのお腹を裂いてください」というものだった。
◇
マホロをキリクに預けて、ジーンと先に地上階へと戻ってもらう。
俺は一人残り、故人と向き合う。
ケリーの遺言に従い、彼女の腹をナイフで裂くために。
手を合わせてから、作業を開始。
出来るかぎり遺体を傷つけないように細心の注意を払う。そうして胃の中から取り出したのは、濃い青色をした宝石のついた指輪。華美さはなく、ボテっとした造りにて男物のようだ。
これこそ連中が血眼になって探していたモノ。
ケリーは呑み込むことで隠し通したのだ。
自分の命を賭けてまで守ろうとしたのは、これが愛する我が子の未来を左右する品だから。
『指輪を持って獣皇の下にマホロを届けて欲しい』
それがケリーの願い。
死にゆく母親が願ったのは子の行く末。
なんの訓練も積んでいない一般の女性が、大勢からの理不尽な暴力に晒される。いったいどれほどの恐怖であったことか。
改めて思い知らされる。
母親ってのは、やっぱりすげえな。
そりゃあ逆立ちしたって、世の男どもが束になっても敵わないわけだ。
◇
地上で待っていた二人と合流して、神種の教団アジトから速やかに撤収。
道すがら、俺はキリクとジーンにケリーの遺言を伝える。
話を聞いたキリク、腕の中で眠るマホロをしげしげと眺めながら「まさか獣皇の落とし種とかいうオチじゃないだろうな。いきなり押しかけても門前払いを喰らいそうだし。さて、どうしたものか」
ジーンは「北のドランシエグ島も、いまならばまだ寒さもそれほどでもあるまい。それでも最低限の寒さ対策はしておくべきだな」とすぐに必要な品をアレコレ、指折り数え始める。
報酬はナシ。
ギルドも通していないので昇格にも絡まない。
見ず知らずの女から勝手に押し付けられただけの赤子。
つけ狙う狂信的な集団に獣人らの王まで飛び出し、やっかいごとのニオイがぷんぷん。
にもかかわらず、北へと向かうことを当たり前のように話す二人。
そんな仲間たちを俺は頼もしくもあり、誇らしくもあり。
「そうと決まればあまり時を置かずに出立すべきだろう。さすがに十七の遺体、すべてから同じイレズミが発見されたら騒ぎになるはずだ。ケリーの身元もすぐに特定される。そうなったらマホロの身が危うい。希少種だとバレるのは時間の問題だ」とジーン。
「門を封鎖されたらトワイエから出れなくなるし、それがいいだろう。しかし北のドランシエグは遠いぞ。闇雲に陸路を進んでも、着く頃には真冬になっちまう。そうなったらあそこではオレたち人間はロクすっぽ動けなくなる」とはキリク。
時間をかけるほどに、追撃の危険性が増す。
陸路は論外。なにせ狂信者どもがどこに潜んでいるのかわからない以上、他人との接触は極力控えるべきであろう。希少種が絡んでいるから、今回ばかりはギルドも頼れない。話が漏れて国まで乗り出してきたら、最悪、マホロの身を巡って獣人らと戦争が勃発しかねない。希少種にはそれだけの価値がある。
出来る限り速く、目的地へと辿り着くには空路か海路のどちらか。
「同じ逃げ場がないのならば、より速い空路か。しかしマホロがいるからあまり無茶はできないので、飛竜は却下。……となれば、あとは飛行船か」
思案の末に導きだした俺の意見に、二人も賛同。
ただしこれは普段ならば、絶対にとらない選択肢。なぜなら飛行船は最先端の機具が満載の乗り物にて、乗船料金がとんでもなく高いから。
鉄道や飛竜の比ではない。大人一人、片道だけで金貨二桁に羽が生えて飛んでいく。
だがしかし! 幸か不幸か、いまの俺たちの懐事情はかなり温かい。
パーティーを組んでから、こなしてきた数々の依頼報酬に加えて、先のオークションの分もある。往復だとちとキツイが、片道分ぐらいならばパーッと散財してもよかろう。
個人的にもぜひ一度、乗って見たかったことだし。せっかくだから優雅な空の旅としゃれこもう。
もっとも、そんな飛行船の発着場があるのは王都。
まさかすぐに出戻るハメになろうとは……。
いったんホームに帰り、手早く荷造りを済ませたパーティー「オジキ」の面々。その足で出立。
正門を抜けてトワイエの外へと出た時には、すでに空が赤くなっていた。
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