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110 歪みの卵
しおりを挟む剣と盾の邂逅が続くこと、何合目かは覚えていない。
ある時を境にして衝突音が変わった。
それは白い男の剣技が一段階あがったのと同時に、こちらの優位性が一段階さがったことを告げる合図。
たった一段、しかしその一段を登るために、どれほどの膨大な時間と努力がつぎ込まれることか。それをほんのわずかな時間で成してしまう。進化の脅威が牙をむく。
オモチャの剣が本物へと昇華。
これにより戦局が激変。
なんの脈絡も予兆もなしに、打撃に近いゴツゴツした無骨な攻撃が、ふいに「斬る」に化けた。
対応しきれず俺の盾に一筋の線が入る。定規を使ったかのようにキレイな直線。ほんの小指の先ほどの深さの溝だが、それは紛れもなく刃傷。剣が剣としての機能を十全に発揮した証。
武技の成長に合わせて間合いの取り方や、立ち位置まで変化。
表面上のみ、白い男の攻勢は緩やかなものとなった。これは体からリキミが失せて、無駄打ちがみるみる減ったため。そのかわりに一撃の鋭さと重みが跳ね上がり、圧力も桁違いとなった。
素人から玄人へ。いずれは達人の領域へと至るまで、どれほどの猶予が残されているのだろうか。
盾で剣をはじいているというのに、精神の方が一刀ごとに着実に削り取られていく。
じょじょに捌ききれなくなっていき、押される場面が多くなる。どうにかギリギリのところで踏ん張っていられるのは、キリクが援護に徹してくれているから。
だがそれも早々に見切られはじめている。奴が二対一での戦い方を学んでいる。
均衡が崩れるのは時間の問題であった。
◇
最初に気がついたのは、戦いをもっとも間近で見ていたキリク。
彼の耳がかすかな異音を拾う。無意識のうちに音源を探ると、それは白い男の身から発せられていることがわかった。
見れば白い男が剣をふるうほどに、肘や膝などの関節に糸のような細かいヒビが走っている。
ピキリパキリと発生したヒビ。生じた端から瞬時に修復されていくので、よくよく目を凝らしていないとわからない程度。
元が石くれのモンスター。そんなこともあるのかとキリクは眺めていたが、一応は物陰に隠れて対策を練っているジーンに報告する。
これを受けてジーンもそのヒビに着目。
すると壊れた箇所が再生されるたびに、ほんのわずかにだが、厚みを増し盛り上がり、肥大化していることを視認する。
しばしの経過観察にて、やがてジーンは一つの結論へと至った。
「なるほど。そういうことだったのか……。攻略のカギは『時間』にこそあったんだ」
脅威の速度で成長し、学習し、進化している白いゴーレムのロード級。
だがそれらは本来、じっくりと時間をかけて行われるもの。
それをひと足跳びどころか、何段も飛び越えるような勢いにて実施。
心技体のうち、心の在り処は不明ながらも、技の習得に肝心の体が追いついていない。
微妙なズレが生じたまま、修正されることなく突き進んでいる。だから剣をふるうたびに壊れる。あのヒビ割れは体の悲鳴。
先をいく武芸に、必死に追いすがろうとする体。だが皮肉なことに、それが両者にさらなる剥離をもたらしている。技と体が競い合うような形になっており、不毛なかけっこを演じている。
本来、学習と体の成長は、馬車の両輪のようなもの。二つが手を携えることで初めて真っ直ぐに進める。なのに各々が好き勝手に暴走しているから、動きがかみ合わずに同じところをぐるぐる。
この差を埋めて調整するために必要なのが時間。
なのに奴はそれを無視した。
当初はほんの些細であったはずのズレを引きずったままの超進化は、内部にて危険な歪みを孕む。
このことからジーンが見出した活路。
それは「進化をより加速させる」こと。
外部からの刺激にて半強制的に成長を促し、奴の中の時計の針をどんどんと進める。
宿った歪みの卵を育て羽化させるために。
「水の中の生物がいかに優れていようとも、陸へとあがったところで即座に対応できるわけがない。奴に適合する猶予を与えるな!」
ジーンの指示によって防戦一方であった俺は攻勢へと転じ、キリクも動く。
向かってくる白い男の鋭い刺突。盾を潜り込ませるようにしてかわし、いっきに間合いを詰める。
懐に入り込んだところで肩を押し込み、内股に足払いを仕掛け、白い男の体を地面に転がす。
剣と盾だけの攻防の中に突如として発生した体術。
初めて見る動きに奴は対応しきれない。
起き上がろうと手つくが、そこに絡みついたのはキリクの投げた分銅つきの組み紐。グイっと引かれて、支えを失った体がふたたび転ぶ。
仰向けとなったところに馬乗りとなり、俺は連打をお見舞い。盾の角を容赦なくガンガンぶつける殴打。五、十、十五といっきにまくし立てる。
しかし十六撃目にして伝わる感触が変わった!
俺はあわてて奴から離れた。
◇
ギチギチと関節を軋ませながら、立ち上がる白い男。
ヒビだらけとなっていた顔面から、スゥーっと傷が消えていき、のっぺりした状態に戻った。重点的に攻めたノドのあたりが再生にともなって若干、太くなったか。
俺とキリクが警戒していると、白い男の体に更なる異変が生じる。
左腕の形状が盾を持つモノへと変わる。
片手剣と盾。これで完全に俺と同じ戦闘様式となった。
これは奴が盾の有益性を理解し、学習したことを意味している。そして進化がより加速したことも……。
「下がれ、フィレオ」
ジーンの指示に従い、俺はゆっくりと後退。奴から距離をとる。
かわりに前へと出たのはキリク。
ここでしばし交代。
強制的に進化を促すにしても、盾を持つことを覚えた相手に、馬鹿正直に扱い方を伝授してやる必要はない。そんなことをすれば手に負えなくなるだけだ。
だから次はキリクの番。斥候職の戦い方を体で覚えてもらう。それがある程度まで進んだら、また俺。ときおりジーンの弓矢を交えつつ、ごちゃまぜに攻め立てる。
これは大きさや形がバラバラな積木を乱雑に積みあげるような行為。
そうすることで奴の進化をより歪ませる算段である。
ここから先はパーティー「オジキ」と白い男、どちらが先に限界を迎えるかの勝負。
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