御様御用、白雪

月芝

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その三 寺子屋

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 家では変わらず男だか女だかわからない格好にて、父の指導の下、首切りの技の研鑽に励む日々が続く。
 でも、ときおり外へと連れ出されるときには女の格好をさせられた。
 これがまっこと窮屈にて、歩きにくい。わたしはイヤでイヤでたまらなかった。
 それでもおとなしく着飾られるままにされていたのは、母がよろこんでいたからだ。
 父同様に、あまり感情を表には出さず口数も少なく、たえずうつむいているような母。そんな女が手鏡越しに見せる顔が、わたしは嫌いではなかった。

 萩原丘隅と山脇正行らの前で技を披露した夜以降。
 我が家には、三成という男子と、白雪という女子の双子がいるということになった。
 いかに剣の才があろうとも、女の身では家を継げない。
 武士の家は嫡子が相続するのが古来よりの習わし。まぁ、養子を迎えるなり、婿養子をとるなりと、やりようはいくらでもあったが……。
 しかし父はそれらの道を選ばなかった。
 なぜなら父の望みはお家の存続などではなく、あくまで技の継承と完成を見ることであったからだ。
 それこそが首切りの技にとり憑かれた山部家の悲願。
 そのためには是が非でも、わたしに御様御用の役目こそを継がせたかったのである。
 とはいえ、かなり思い切ったことをしたのも事実。
 いかにお勤めの間だけの男役とはいえ、もしもことが露見すれば我が家のみならず、後見人となった萩原丘隅と山脇正行の家もただではすむまい。
 改易や減俸で済めば御の字。
 最悪、お家のとり潰しもありうる。
 そう考えれば、あの二人もまた父同様に、どこか壊れた男たちであったのかもしれない。

  ◇

 九つになったとき、わたしは女の身なりにて寺子屋に通わされた。
 読み書きなどはすでに父母より手ほどきを受けており問題ない。
 けれども逆にいえば、それ以外はさっぱりであった。
 将来的には、上役からの要請に応じて刑場と自宅とを往復するだけの生活を送るにしても、これではいささか心許ない。
 ほとんど隠遁のような暮らしをするにしたって、最低限の社会常識は必要となる。
 そのことをすっかり忘れていた父が、遅まきながらこれを学ばせようと考えたのだろうが、このときすでにわたしは立派な異質に育っていたので、寺子屋ではたいそう浮いた存在となる。

 通うことになった寺子屋は夫婦者にて営われており、男女共学。
 おっとりとした男の師は各種学問を中心に、わりと怒りっぽい女の師は裁縫やら生け花、礼儀作法に着付けなんぞを担当。
 いろはに始まる初歩の手習いから、本格的な文字の読み書き、希望する者には算盤なども教える。
 より高度な教育を求める者には、漢文なども学ばせる。
 将棋や囲碁、和歌や俳句などもさわり程度ながら教える。
 この手の知識があるかないかで、社会に出てからの立身に繋がったりするから、なかなか侮れない。とは男の師の言葉である。
 望めば男女年齢の垣根なしに、あらゆることに参加できる。
 そればかりか、ときには大工や絵師、各種職人に商人など、いろんな人間が寺子屋に顔を出しては、自分の仕事について語って聞かせる機会まで設けられてあった。
 のちのちに知ったことだが、この寺子屋はかなりの変わり種であったらしい。
 まぁ、そうでもなければ首切り役人の娘なんぞという気味の悪い存在を、あっさり受け入れるわけもなかったのであろうが。

 が、大人の考えはともかく、子どもはわりと正直で残酷だ。
 まず誰もわたしに近寄ってこない。
 首切り役人の家の子ということはとっくにバレており、また本能的に「これはちょっかいを出したらダメだ」と察したらしい。
 だからわたしが居ると寺子屋内の空気がどうにもピンと張り詰める。
 見かねた師たちが、どうにか仲をとりもとうと苦心するも、すべてが徒労に終わる。
 犬と猿がケンカをするように、わたしと彼らは見た目はともかく中身がまるでちがう生き物なのだから、これはしようがない。
 とはいえ、自分のせいでみんなが息を殺して黙り込んでいるのも気の毒な話。
 ゆえに講義の合間などになると、自然とわたしは席を立つようになった。
 障子を閉めたとたんに、背後がドッとにぎやかになるのは、なかなかにこたえる。


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