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その四 知己
しおりを挟む次の講義まで間があるときには、わたしは寺子屋からほど近いところにある、神社の境内にて時間を潰した。
王子稲荷の分社にて、朱色の鳥居と小さな社があるだけの無人の神社。
ウワサでは夜な夜な男女が逢引きに利用しているとのことだが、昼間は近寄る者とてほとんどいないので、気楽に過ごせる。
静かな境内にある大きな銀杏の木。
根元の日当たりがよく、腰を降ろすのにちょうどいい。
だからたいていは、そこでぼんやりと過ごしていたのだが、ある日邪魔が入った。
木に背を預け、空を流れる雲を見ていたら、ふいに影がさす。
脇に立ち、こちらを見下ろしていたのは見覚えのある顔。
同じ寺子屋に通う瓦版屋の次男だか三男坊にて、名をたしか巳之助といったか。
好奇心旺盛にて、頭もよく飲み込みもはやいのだが、どうにも飽き性でさぼり癖がある。
そう男の師が嘆息していたから、わたしも覚えていた。
「なんだ、どこに消えているのかと思えば、こんなところでひとりべそをかいてたのか」
「……ひとりでいるのはたしかだが、べそなんぞかいてはいない」
いきなり失礼な物言いをされたので、わたしはムスっと言い返す。
言葉だけ聞けば、こちらの身を心配して探しにきたような印象だが、それはちがう。
巳之助はたんに、いつも寺子屋を抜け出して、わたしがどこで何をやっているのかに、興味を持っただけにすぎない。その証拠に遠慮のない好奇の眼差しにて、こちらをじろじろ見ている。
しかしわたしはこの男にさして興味がない。
だから無視してふたたび視線を空へと戻す。
すると何を思ったのか、巳之助はわたしの隣にどっかと腰を降ろすなり、べらべらととりとめもないことを話しだした。
「雲ってふしぎだよなぁ。どうしてみんな形がちがうのかな」
「空ってなんで青いんだろう」
「あの空の下、海を越えた先にもまた国があって、大勢の人が暮らしているんだってよ」
「知ってるか? 異人ってのは肌や瞳、髪の色がおれたちとはちがうんだぜ」
「この大地が丸いんだってよ。だからずーっと東に向かって歩きつづけたら、いずれは西から帰ってこれるんだってさ」
「ぎんなんは食べすぎたら腹をくだすんだ。うちの母ちゃんが言ってた。でも炒るとうまいんだよなぁ」
あっち飛びこっち飛び、思いつくまま気のつくままに広がる言葉の羅列。
男の師が好奇心旺盛と褒めるだけあって、巳之助がとにかく何にでも喰いつく性格であることは確かなようだ。
以降、わたしの何が巳之助の琴線に触れたのか、やつはちょくちょくわたしの憩いのひと時を邪魔するようになった。
◇
わたしと巳之助。
はたから見れば、二人して仲良く寺子屋を抜け出しているように見えなくもない。
しかも場所は、あの王子稲荷の分社。
そこがどのような場所にて、何に使われているのかなんてことは、子どもでも知っている。
なので、当然ながらわたしたちは、口さがない連中の格好の餌食となった。
しかしわたしに直接何かを言ってくるような度胸のある者はおらず、多少ヒソヒソ声と向けられる視線がうっとうしくなったことぐらい。
対する巳之助は男子連中からけっこう手荒くからかわれていたらしい。
だが、彼が一向に態度をあらためるでもなく、終始があの調子にてどこ吹く風なので、からかいがいもなく、しまいには飽きられてしまった。
じきに変わり者同士、お似合いにて好きにしろ。
みたいな周囲からの扱いとなる。
どうでもいいことだが、わたしは少々納得がいかない。
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