御様御用、白雪

月芝

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その五 南蛮かぶれ

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 巳之助の家は瓦版屋をしているだけあって、いろんな話のネタが転がっており、資料となる書物や写本もかなりの量を所蔵しているという。
 ヤツはその中から適当な書物を勝手に持ち出してきては、広げて眺めていた。
 特によく見ていたのは異国について書かれたもの。

「この南蛮かぶれめ」

 わたしが揶揄してもさして気にもせず、逆に「ああ、おれは南蛮かぶれなのさ」とにへら顔を歪め、気色の悪い笑みを浮かべる。
 それどころか異国談義を始めてしまう。
 これがけっこうおもしろいから、ついつい耳を傾けている自分がちょっと腹立たしい。

  ◇

 ある日のことだ。
 いつものように、神社の境内にある銀杏の木の根元でぼんやりしていたら、巳之助が手にした書物をぱらぱらめくりながら言った。

「しっかし連中はすげえよなぁ。でっかい船で、遠いところから海を渡ってきてさ。清国までちょくちょく来ているんだぜ」
「大きいって千石船ぐらいか?」

 米俵が千も載せられるから千石船。
 わたしが知るもっとも大きな船を想像しつつ首をかしげると、プッと吹き出した巳之助。

「あんなのは目じゃねえよ。大人と子どもぐらいの差があらぁ」

 わたしは頭の中で小山みたいなシロモノが波間をもぞもぞ動いている姿を想像し「ほぅ。それはでかいな」と感心する。
 これに気を良くしたのか、巳之助は得意げに知識をひけらかす。

「でかいだけじゃねえぜ。どんな荒波でもへっちゃらで、蒸気のちからでずんずん突き進むんだ。とんでもねえ話だよ」
「蒸気のちから?」
「あー、ほら、鉄瓶に水を入れて火にかけたら、じきにしゅんしゅんって注ぎ口から白い煙が出てくるだろう。アレのことだよ」
「湯気のことか? あんなふわふわしたもので船なんぞが動くのか」
「それが動いちまうって話だぜ」

 よくわからないが、なんとなくすごいということだけは理解でき、わたしはふたたび「へー」と感心する。

「まったく。徳川さまも長崎の出島だけなんてケチ臭いことをいわずに、とっとと開国すればいいものを……。って、やべっ! 今のはなし! 聞かなかったことにしてくれ。さすがにお武家さんのところの娘に言うことじゃなかったな」

 言い過ぎたとあわてる巳之助。
 しかしわたしは「ふん」と鼻を鳴らし「気にするな。どのみち武士道なんぞとっくに地に落ちている」と言ってやった。

 食い詰めたあげくの強盗や辻斬りに始まり、徒党を組んでの無頼三昧。賭場を開いては寺銭を稼いだり、なかには幕府より拝領した屋敷を売春宿にしていたなんてあきれた話も。
 遊女にのめり込んでの心中騒ぎ。生活苦にて腰の物を質にいれたり、薄給ゆえに借金取りから逃げ回るのは、まだかわいげがある方。
 ひどいのでは刀と身分をかさにきて、商人にたかる輩までいるというから、開いた口が塞がらない。
 こんな調子で起こした不祥事は数知れず。
 そしてそれはいまなお増え続けている。
 おかげで我が山部家は飯の種には困らぬが、幼いながらにわたしが武士という生き物に失望するには充分すぎた。
 武士の娘にあるまじき主張をつらつら並べてやったら、今度は巳之助が目をぱちくり。
 巳之助はおどろきながらも、「白雪はやっぱりおもしれえなぁ」と笑った。

「それよりも、どうして開国した方がいいんだ?」
「どうしてって、そりゃあ儲かるからさ」
「儲かるのか?」
「あぁ、むちゃくちゃ儲かる。古くは平家の総大将、清盛公が宋国相手に貿易をして、巨万の富を得て平家全盛の時代を築いたもんよ」
「平家って……なにやら縁起が悪いな。盛者必衰で諸行無常とかいうやつだろう」
「あー、まぁ、でもおれはわりと清盛公のことを尊敬しているぜ。平家物語ではボロクソに書かれて、いっつも琵琶法師どもに悪しざまにののしられてるけどさ。あの時代に海の向こうに目を向けたのは、単純にすげえと思っている」
「それは確かにすごいかも」
「だろう? 後半はちょっと調子に乗ってしくじっちまったけど、おれはそんなところもわりと好きかなぁ。妙に人間味があって、むしろ親しみを覚えたね。あとは最期にひよって仏にすがることなく『供養は頼朝の首を刎ねて供えよ』って啖呵きったところもいいねえ。とっても剛毅で、これぞ平家武者の棟梁といった感じがする」

 どうやら巳之助はかなり平清盛がお気に入りのようだ。
 でも、その最後の話を聞いた限りでは、わたしも同様にて「いまの武士より、よっぽど立派な武士だな」と同意する。
 ちなみにわたしの贔屓は石田三成である。
 生前にはなにかと敵対したこともあって、徳川の世にあってはたびたび悪者扱いされて卑下されているけれども、わたしに言わせたら時節に流されず、忠節を守った立派な臣である。
 首を刎ねられる直前に喉が渇いたので水を所望したら、干し柿を出されて「痰の毒であるからいらん」と言ったという逸話もおもしろい。
 たいした胆力にて、ほとほと感心する。
 もしかしたら父たちも似たような理由から、わたしの男姓を山部三成と名付けたのかもしれない。


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