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その七 黒船来航
しおりを挟む嘉永六年、わたしが十一歳のときである。
浦賀に黒船が姿を見せた。
幕府は上を下への大騒ぎにて、対応に右往左往。
江戸の民たちも似たようなものではあったが、狼狽するばかりの武士とはちがって、江戸っ子どもは、とにかく見栄っ張りにて意地っ張り。
怖いもの見たさもあって、こぞって見物に出かけたものである。
もっとも、わたしも他人のことをどうこう言えた義理ではなかったが。
大海原を超えて日ノ本まで来たという蒸気船を、どうしてもひと目見たいという欲求にはあらがえず、母にせがんで女の格好にて連れて行ってもらったのだから……。
◇
浜辺にて見物客らの人垣に混じって、亜米利加の黒船なるものを見た瞬間。
わたしは「あー、これは勝てぬな」と思った。
どでかい鉄の城が四つ。もうもうと黒い煙を吐きながら海に浮かんでいる。
うち一隻の砲門をざっと数えたところ、こちらから見えていたのは七つ。船の向こう側にも同様の備えがあるだろうから十四、ひょっとしたら他にもあるかもしれない。
砲門の形状も自分が知るものとはちがい、いかにも「遠くまで玉が飛ぶぞ」といった不敵な面構えにて、なんともおそろしい。
四隻分だから単純に六十門近く。
そんな武装をした船どもが、いきなり江戸の湾内深く、浦賀沖にまでやってきた。
いまの状態は喉元に刃を突きつけられたようなもの。
「異人たちが何を要求するのかは知らないが、おそらく幕府は飲むしかなかろうなぁ。しかし……」
黒船や異人たちにも驚かされたが、何よりもわたしが興味を示したのは、連中が上陸に用いていた小舟。
左右にたくさんの櫂を並べて、これを一斉に操ることで、大勢の水夫の力で舟を漕ぐ仕組み。
造り自体は単純だが、利に適っており、なにより速い。
みなの動きに合わせなければいけないから、ある程度の腕力や鍛錬は必要であろうが、それとても小舟にて一本の櫂を操るよりかはずっと楽なはずだ。
なんとなくだが、わたしは異人のモノの考え方、その一端に触れたような気がした。
満足したところで、終始目を白黒させてばかりいた母の手を引き、そそくさと退散する。
その途中、人混みの中に巳之助の姿を見かけような気がしたが、声をかけることなくそのまま立ち去った。
翌嘉永七年、幕府は亜米利加と条約を調印することになるのだが、これこそが激動の時代の幕開けであったことを、わたしが理解するのは、ずっともっとあとになってからのことであった。
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