御様御用、白雪

月芝

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その九 父娘ふたり

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 母を斬って以降、当然ながら我が家から母の姿が消えた。
 周囲には心の臓を以前より患っていたと説明し、役所への届け出もあっさり受理される。
 そんなことがまかり通るほどに、我が家と外部との接点は希薄であったのだ。
 あるいは萩原さま、山脇さまが裏から手を回してくれたのかもしれない。

 母がいなくなって失われたのは彼女の存在だけでなく、屋敷での女手。
 わたしは斬ることしか教えられていないので、家事全般はさっぱりである。せいぜい井戸の水くみと、廊下を雑巾で拭くぐらいのことしかできない。
 しかし人間は食わねば生きていけない。
 かわって父が台所に立つようになったのは、なんとも奇妙な光景である。
 なお出された飯は、それは酷いものであった。

「これでも昔はいろいろやっていたのだがなぁ」

 首をかしげながら、ボリボリと芯の残った飯を喰らっている父に、わたしもいっしょになって首をかしげつつ、ボリボリと頬張る。
 鍛錬をさぼれば、あっという間に剣の腕は落ちる。
 手入れを怠れば、いかな名刀とて錆びて朽ちる。
 なのに、どうして料理の腕だけは問題ないと考えたのだろうか。
 そんな父だが漬物を切るのだけは抜群に上手かった。
 やたらと断面が滑らかな漬物をバリボリかじりながら、あらためて父も自分と同じにて「斬ること」しかできないのだなぁと、わたしは納得した。

  ◇

 母が彼岸へと旅立ったとたん、急にわたしの世界がひらけた。
 父が自分の仕事にわたしをともなうようになったからである。
 もちろんその際には、わたしは男の格好にて山部三成と名乗る。
 女にしては長身にて、さして父と変わらぬ背丈。
 色白にてややほっそりとしているものの、幼少期より特異な環境で育ったがゆえに、身に染みついている独特の陰鬱さ。
 さすがに頭を剃って髷までは結わされずに、髪は後ろにてきちんと撫でつけ、束ねるに留められていたが、これにほとんど言葉を発しない日常のせいで、すっかりかすれた喉の具合と相まって、いい感じに不気味な若侍が仕上がっていた。
 父に連れ歩かれる先々にて、奇異な目で見られることは多々あれども、必要以上に絡まれることがないのは、助かった。

 父に同行を命じられること五度目のとき。
 わたしは初めて刑場にて罪人の首を刎ねた。
 場所は牢屋敷の敷地内、東南に位置する死罪場、俗にいうところの土壇場であった。
 相手が神妙であったこともあり、苦もなく仕事は片付く。
 特に何も感じなかった。
 ただ、用意された刀がかなり上等なモノにて、あまりの手ごたえの軽さに、ちょっと驚いた。
 以降、父にかわって斬る機会がぐんと多くなった。

  ◇

 一度だけ、父に死罪場近くの御様場(おためしば)に連れて行ってもらったことがある。
 そこでわたしは、あの山田浅右衛門が試し切りを行うところを見学させてもらった。
 とはいってもかなり離れた隅っこにて、こっそりとだが……。

 遠目に初めて見た山田浅右衛門は、いかにもどっしりと腰が据わっていそうな男であった。
 準備が整えられるのを、微動だにすることなく待っている。
 その姿は、さながら頑強な火の見やぐらのよう。
 将軍の新刀を吟味するらしいのだが、わたしはこれに内心で首をひねらずにはいられない。

「そもそも将軍の腰に、切れ味のよい上等な刀なんぞが必要なのか」

 戦国の世ならばともかく、いまの時代に将軍が自ら剣を抜くような事態なんて、それこそ腹を切るときぐらいのものであろうに。
 そんなことをわたしがつぶやくと、父がめずらしく目元を細めて「そうだな」と同意を示した。

 盛り土の上に寝かされた遺体は男のもの。
 肩から背中へとかけて、なかなかの筋肉がついている。
 首がないので正確な身の丈はわからないが、それでも六尺近くはあろうか。けっこうな大柄である。胴回りはすっきりしており余分な肉がない。だからこそ選ばれたのか。
 胴体を盛り土に埋めた四本の杭にてがっちり固定し、さらに両手両足を縛り、双方に一人ずつ担当の者がつく。
 ただ斬るだけだというのに、どうしてそのような面倒なことをしているのかと疑問に思っていたら、その答えはじきに判明した。

 すべての準備が整ったところで、山田浅右衛門は肩衣を片方だけ外し、検分役の腰物奉行である荻原丘隅さまに一礼してから、刀を大上段にかまえる。
 じつに堂にいった所作にて、一分の隙もない。
 わたしが感心していると、掛け声とともにふりおろされた打ち刀。
 見事に骸を斬る。
 けれどもそれだけでは終わらないのが、試し切り。
 肩に始まり、脇、一の胴、二の胴、腰などへと向かって、くり返しふりおろされる刃。
 それもそのはずだ。試し切りはあくまで刀の具合を検分するために行われるものなのだから。
 ときには死体を二つ三つと重ねて斬ることさえもあるという。

 山田浅右衛門がふるう剣の妙技は確かに目を見張るものであった。
 が、何度も同じ技を見せられてはさすがに飽きる。
 わたしはつい「くわ」と小さなあくびをもらした。
 するとすぐ隣にいた父より肘で脇腹を小突かれる。
 あわてて殊勝な態度をとりつくろうも、こっちを見ていた荻原丘隅さまと目が合って、思わずドキリとさせられた。


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