御様御用、白雪

月芝

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その十一 岩竜

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 岩竜、打ち首の日。
 雲ひとつない快晴にて、まさに絶好の勝負日和。
 おかげで鈴ヶ森の刑場は、ひと目この勝負を見ようという連中で大盛況。

 刑場内のすみに設置された幕内の控えにて。
 用意された床几に腰かけ、自分の出番が来るのを待っていたわたしは、空を見上げてぼやく。

「やれやれ、物見高いのは江戸っ子だけでなく八百万の神々も同じらしい。にしても花火でもあるまいに。人の首が飛ぶところなんぞ見て、何が楽しいのやら」

 しばらく待っていると、幕の向こうがどっとわいた。
 どうやら岩竜が刑場に引き出されてきたらしい。
 本日の主役の登場に、観客たちがやんやと騒いでいる。
 それに混じってかすかに聞こえるのは、騒ぎを鎮めようする無粋な役人どもの怒号か。
 もっとも逆効果にて、火に油を注いでいるところがなんとも滑稽である。
 幕の向こうにて気配がして、「山部さま、そろそろ」との声がかかったので、わたしは重い腰をあげた。

  ◇

 対決相手の登場に、またもや観衆がわく。
 が、すぐに「なんだ、あの覆面野郎は?」「妙に細長い侍だねえ」「おいおい、あんなのであの太い首が落とせるのかよ」「これは……、腰抜けどもめ。勝てぬとわかって逃げたか」「ちぇっ、情けねえ」「あはははは、いまの二本差しなんぞ、そんなものよ」
 などという嘲笑まじりの声が、そこかしこより上がった。

 それらを聞き流しながら、わたしは岩竜が引き据えられてある場所へと向かう。
 近づくほどに小山かと見まがうような大男が待っていた。
 その身を厳重に縛るのは、荒縄ではなく黒々とした鎖。
 口を真一文字に結び、目を閉じ、憮然とした態度にて地面に敷かれた筵の上にて胡坐をかいて座っている。
 通常では正座にて座らされるのだが、これほどの巨体ともなれば、足の筋肉が邪魔をして、それもままならないのだろう。

「本日のお相手をつとめまする、山部三成と申す」

 わたしが立ったままにて軽く頭を下げると、岩竜がゆっくりとまぶたを開けて、はっしとこちらをにらんだ。

「おいおい。なんだ、この細っこいのは? こんな青びょうたんにオレの首を刎ねさせようというのか? なんと情けねえ。童を使って負けたときの言い訳を用意するなんざぁ、武士道が聞いてあきれらぁ。これで二本差しだなんぞと、よくもお天道さまの下を堂々と歩けたもんだぜ」

 遠慮のない物言いにて、その声は柵の向こうにいる見物客らにも届き、どっと刑場が笑いに包まれる。
 しかしわたしは平然としたままにて、ただ「ちがいない」と目を細めた。
 そんなこちらの態度に、一瞬、岩竜が怪訝そうな表情を浮かべるも、「まぁ、いいだろう。せいぜい恥をかいて、おっ母さんにでも慰めてもらうがいいさ」と言った。

  ◇

 ドンと太鼓の音が鳴ると、さすがに見物客も口をつぐむ。
 三つ目の音と同時に首を落とすからである。
 張り詰めた緊張が刑場の内外に満ちていく。ざわざわとした雰囲気が次第におさまり、やがてさざ波のごとくになって、じきに消え失せた。
 水を打った静けさの中。
 ごくりと喉を鳴らしたのは、柵の向こうにいる客か、はたまたこちらにいる役人のうちの誰かか。
 ひゅるりと生ぬるい風が吹き、周辺の草木をカサコソ揺らす。
 ずっと遠くにケーンという雉の鳴き声が聞こえた。

 いざ、刑におよぶ段になっても岩竜は落ち着いており、わたしほとほと感心する。
 わたしはおもむろに着けていた覆面をぬいだ。
 思いのほかに客らから距離があって、ろくにこちらの顔が見えないことと、たんに邪魔になったからである。
 あらわとなった素顔に鈴ヶ森の緑風が心地よい。
 こちらをちらりと横目に見た岩竜。「あっ」と小さな声をあげる。
 けれども何をかんちがいしたものか。
 わたしのこの行為に岩竜、「あっぱれ、潔し。幼くとも武士の子は武士であったか。先ほどの無礼な言はあやまろう。その辺の情けない大人たちよりも、山部三成はよっぽど立派な漢である」と賛辞を口にした。
 これにはわたしの方が内心できょとんとさせられる。
 ふむ。どうやら岩竜はわたしが覆面をしていたのを、失敗したときに面目を保つための姑息な手段だと考えていたようだ。
 本当は、いつもより大勢の見物人が押し寄せるから、その面を隠しておけとの萩原さまからの指示であったのだが……。

 わたしは覆面をはずすしてから、懐から手ぬぐいを取り出し、これを岩竜の眼前にそっと差し出す。
 今度は岩竜がきょとんとなる。

「これをくわえておけ。せっかくの勝負。りきむあまり途中で歯が砕けては、とんだひょうし抜けとなろう」

 わたしがそう告げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた岩竜。「かたじけない」とあんぐと大口を開けて、手ぬぐいを咥えた。
 念のために「目隠しは?」とたずねるも、岩竜は首をわずかにふった。
 そこで二つ目の太鼓がドンと鳴る。
 わたしは鞘から刀を抜くと、最上段に構えた。陽光を受けて切っ先がきらめく。
 岩竜は大きな背を丸めて、血溜めの穴へと首をのばす。
 あらためて間近に目にすると、それはそれは太く逞しく、惚れぼれするほどに立派な首であった。ここまで立派な首は、父よりお役目を引き継いでより、とんと見たことがない。

 ついに三つ目の太鼓の音が鳴る。
 それと同時にわたしは刃をふり下ろした。

  ◇

 武士の面子と悪童の意地。
 首を賭けた奇妙な真剣勝負は、あまりにもあっけなく幕を閉じた。
 あまりのあっけなさに、押しかけた客たちからは不満の声があがったほど。
 まことに勝手なものである。
 しかしその声はすぐに黙ることになる。
 落とされた首の、その壮絶な姿を目の当たりにしたからだ。
 咥え込んだ手ぬぐいがビクともしないほどに、固く閉じられた口元。こめかみに浮かびあがる太い血管。眉間に刻まれた深い皺。見開かれた目は死後にも閉じることなく、なおも天下を睥睨し続けている。
 真っ赤に変色している姿は、まさに鬼の形相。
 凄まじきは岩竜の獄門首。
 いまにも唸りをあげて飛び出し、噛みついてきそうな狂暴さ。
 こいつを前にしては、口さがない江戸っ子どもとて、肝を縮みあがらせるには充分すぎた。

 役目を終えたわたしは、あっけにとられている検分役に頭を下げて、さっさと退散する。
 帰りに「荻原丘隅さまのところに顔を出すように」と事前に告げられていたからである。
 で、わざわざ何かと思えば、牢屋奉行の山脇正行(やまわきまさつら)まで交えての、労いの宴席であった。二人ともわたしがしくじるとは微塵も考えていなかったらしい。
 お二人は酒の肴として勝負の様子を聞きたがり、わたしは用意された甘味をつつきながら、それにぼそぼそ声にて応じる。

「確かに見事な首でした。あれほどのモノ、おそらく二度とはお目にかかれますまい。しかしいかに太かろうとも、牛や馬ほどでなし」

 わたしが栗羊羹を頬張りモゴモゴしながら、そんなことをつぶやくと、二人はそろって口に含んだ酒を噴き出した。


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