御様御用、白雪

月芝

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その十九 百両首

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 山脇正行さまの危惧が当たった。
 大老、井伊直弼が桜田門外にて暗殺される。
 安政七年弥生月の終わり、季節外れの雪が舞い散る中のことであった。
 それとともに安政の世が終わり、ちょんちょんちょんと、まるで雀が軽快に跳ねるがごとく、将軍さまが入れ替わり、年号までもがころころ替わる。
 忙しなく動く時代の中、罪人どもが減ることもなく、わたしの仕事もちっとも楽にはならない。
 だがときおり斬る相手の中に、これまでとは明らかに毛色がちがう罪人が混じるようになっていた。
 勤王、尊王、攘夷、倒幕、佐幕……。
 よくわからないが、いろんな思想や志を抱く輩が巷にあふれて、丁々発止をくり広げるものだから、想いが強いあまり道を踏み外す者も多々。
 なかには明らかに騒ぎに便乗して暴れているだけの不埒者もいて、おかげさまにて刑場から血の匂いがとれる暇もないほど。
 ときに慶応二年、気づけばわたしは二十四歳になっていた。

  ◇

 当人の望むと望まざるとにかかわらず、ますます気力体力充実にて、冴えわたる山部流の剣、首刈りの技。
 おそらくわたし史上、絶頂期へと差しかかっている。
 その証拠に斬られた相手の首が安らかな表情どころか、どこか恍惚とした表情ですらもあったので「首切り観音の三成」なんぞという、たいそうな二つ名がまかり通る。しかもそれに付随して「アレに斬られれば極楽浄土に行ける」と、ふざけた話までもが流布。
 おかげで所用にて寺に顔を出したとき、坊主どもからは露骨にいやな顔をされてしまった。
 連中からすれば、信仰の対象を穢されたような気がしたのであろう。
 女の格好のときですらもが、それであったことから、よほど根にもたれているらしい。
 とはいえ、わたしが言い出したことでもなく、言いふらしているわけでもないので、いくらにらまれたとて、どうしようもない。

 住職からもねちねち嫌味を言われた帰り道。
 わたしは品のある初老の男から声をかけられた。
 頭には丸頭巾がちょこんと行儀よく乗っており、絹格の鶯色の上等な着物姿にて、けっこうな商家の主人格と思われる人物。
 まるで見知らぬ相手だが、どこか見覚えがあるような気がしなくもない。
「はて?」わたしが内心で首をかしげていると、その御仁から手渡されたのは一通の封書と、ズシリと重たい巾着袋。
 文の送り主は「綺堂」となっており、これまた知らぬ名前である。
 そして巾着袋の中身は切り餅が四つ。ひとつで二十五両だから合計百両っ!
 けっこうな大金である。
 わたしが驚いていたら、初老の男が丁寧に頭を下げた。

「どうかおたのもうします。お兄さまにお渡し下さい」

 兄とはわたしが演じている双子の片割れ、男姓である山部三成のこと。
 どういった次第にてと問うも、彼はただ「よろしく、よろしく」とすがるように平身低頭するばかり。
 詳しいことは文の中に書かれてあるらしい。
 往来にて人の目もあり、しようがないのでわたしは「とりあえずお預かりしておきます」と受け取った。

  ◇

 家に帰って文を読んでみれば、なんてことはない。
 それはいつものごとく「自分の首を斬って欲しい」という依頼であった。
 あの御仁はこの手紙を書いた罪人の身内であったらしい。
 にしても、礼金として百両も包むとは、なんともはや。
 是が非でも、わたしに斬ってもらいたいということか。
 とはいえ、これはかなり奇異なことでもある。あまりに破格すぎる。
 ちらりと脳裏をよぎったのは、かつて全身全霊をかけてぶつかってきた女凶賊のこと。
 あれほどまで苛烈にわたしへと想いを募らせたくせして、死んでからはただの一度も枕元に立つこともない。
 満願成就にて成仏したとみえるが、にしてもちと薄情な。
 わたしはいま一度文に目を通す。
 達筆な男文字にて、書いた者の知性の高さが存分に伝わる筆使い。
 短絡的に斬首となる罪を犯すようには、とても思えない。

「とすれば、いま流行りの思想犯というやつか……。まいったな、わたしはアレが苦手なんだが」

 外道畜生とされる悪党どもならば、散々に斬ってきた。
 けれども連中はちがう。
 ただ「こうすべき」「こうあるべき」と声高に叫んでいただけ。
 もちろん思想が暴走して、徒党を組み、過激な行動を起こした者もいる。乱暴狼藉や刃傷沙汰におよんだ者もいる。でも、そうではない者も大勢いる。
 幕府を公然と批判する書物をしたためたり、いまの世のあり方に疑問を投げかける類の瓦版を刷ったり。
 ある程度の身分がある者ならば、相応の詮議があり、それなりに時間と手間をかけ、熟考の末に処分が下される。
 けれども身分が低い者の場合だと、ろくな詮議もなくまとめてひと括りにして、処分されることも少なくない。
 時代の変遷にともない、それだけ上に余裕が無くなってきているということ。
 そしてあおりを喰らっているのは、現場と下々の者たち。
 わたしの仕事は刑場に引き据えられた罪人の首を斬ること。
 その者がいかなる罪を犯し、どのような裁きを受け、ここにいるのかという事情は一切忖度しないし、する必要もない。
 なぜならわたしは、ただの首刈り用の刃でしかないのだから。
 それでも……。
 それでもほんの少しだが、「この者は首を刎ねられるほどのことを、本当にしでかしたのか」という疑念がよぎることがある。
 何年も何年も、ひたすら首を刎ねてきたからこそわかることもある。
 人の生き死にに携わってきたからこそわかることがある。
 ニオイがまるでちがう。
 悪事に手を染め、他人の生き血をすすって生きてきたような悪鬼羅刹は、それこそ影すらもが排水が垂れ流されている場所の汚泥のようによどんでおり、鼻が曲がりそうな悪臭を放つ。
 歪んだ思想にて凝り固まり暴走する輩は、これに似た危うい気配を漂わせている。
 けれどもそうではない思想犯たちは、なんというか、あまりにも刑場に不釣り合いな存在として、わたしの目には映る。
 もっとも、それとてもわたしの剣を鈍らせることはない。
 なぜなら刃の前に、命は等しく命であり、死もまた等しく死であるから。

「さて、綺堂とやらはどの類やら」

 礼金の百両はどうでもいい。
 だからとて受け取った品をつき返すのも失礼となるか。
 まぁ、金はいくらあっても困らない。とっておいたところで腐るでもなし。
 ただ、ここまでしてくる相手に興味がわいたので、わたしはこの依頼を引き受けることにした。


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