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その二十 刎頸の友
しおりを挟むその日の仕事先は、牢屋敷の敷地内、東南に位置する死罪場であった。
十三人の罪人たちが、ずらりと並んでは首を垂れている。
これみな、わたしに首を斬られることを所望した酔狂な者ども。
その末席に、例の百両首もいた。
「おっ、噂にたがわぬべっぴんさんだねえ。こいつは最後の最後につきが回ってきやがった」
ある罪人は嬉々として逝った。
「けっこうなおてまえ、よろしくたのむ」
なんぞと茶人を気取りおどけて逝った罪人もいた。
「……」
ただ黙って目隠しのうちにて小刻みに震えながら逝った罪人もいた。
「おまえらの面ぁ、忘れねえからな。ぜってえに末代までたたってやるっ!」
いざという段になって怨嗟をまき散らす往生際の悪い罪人。それも首をすとんと落とせばおとなしくなる。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
ふたたび静かになった刑場内にて、念仏を一心に唱えている罪人も逝った。
◇
わたしは仕損じがないので、たいして時間もかからぬうちに次々と十二人の首を刎ねた。
そしてついに例の百両首の番となる。
総じて、まとめて刎ねられるときには、末席ほど嫌がられるもの。
なにせ自分の順番が回ってくるまでに、死んでいく連中の姿をまざまざと見せつけられることになるのだから。いかなる剛の者とで、これは怯む。
だからどうかなと見てみると、その百両首は背筋をピンと伸ばして、きれいな正座のままにて、姿勢を崩すこともない。
小耳に挟んだところでは、この男、どうやら倒幕開国論者にて、その筋にけっこうな支援をおこなっていたという。
殊勝な態度にて首を差し出す男。
前かがみとなったひょうしに、顔にかけられてあった目隠しの半紙がふわりと浮いて、横顔がちらり。
男はやや首をかしげ、隙間から横目にてこちらを見あげ、ぽつりと言った。
「やっぱり白雪はべっぴんだなぁ」と。
わたしにしか聞こえないほどの小さな声。
けれどもその声を耳にした瞬間、わたしの頭の中にパッと咲いたのは幼少期の思い出。
寺子屋に通っていた頃の記憶。
「おぬしもしや……、巳之助……なの、か」
罪人の首が小さく上下する。
ひさしぶりの再会はあまりにも意外過ぎる場所。
けれども妙にしっくりくる場所でもある。
言葉はかわさずともすべてがわかる。
巳之助はちっとも変わっていない。好奇心旺盛なまま大きくなり、綺堂と名をあらため、活動に加担し、ついには刑場の露と消えようとしている。
幼少期を知るわたしとしては、半ばあきれつつも「巳之助らしいといえばらしい」とも思わずにはいられない。
先ほどの発言からして、わたしが一人二役を演じていたことにも、とっくに気がついていたのであろう。
この度の百両首の一件は、彼なりの今生の別れとともに、秘密は墓場まで持っていくという置き土産。
「さぁ、名残りは惜しいがスパッと頼む。これにて我ら刎頸の友とならん。なんつってな」
刎頸の友とは、たとえ首を刎ねられたとて変わらぬ、かたい交わりを結んだ友同士のこと。
が、巳之助ならぬ綺堂の言い分は、少しばかり本来の意味とはちがうような気がしなくもない。
「ばかたれ」
なんとも締まらない別れの言葉にて、わたしは刃をふり下ろす。
手の中に伝わる感触は、これまで斬ってきた首と同じ。
なんら変わらない。
変わらないはずなのに、ずしりと急に刀が重たくなったような気がした。
こうしてわたしは母だけでなく、ついには唯一の友をもその手にかけた。
◇
すべての仕事を終え、牢屋敷を出たところで百両首を依頼してきた初老の男が待っていた。
彼は何を言うでもなく、ただ頭を深々と下げる。
わたしもまた何ら言葉をかけることなく、頭をわずかに下げて、その前を通り過ぎた。
どおりで見覚えがあったはずである。
巳之助の父親だったのだから。わたしは彼の容姿のはしばしを通して、幼少期の巳之助の面影を見ていたのだ。
「ったく、あの阿呆が。綺堂だなんぞとしゃれた名を名乗りおって。はなから巳之助と名乗っておれば……」
帰り道。周囲に人の気配がないところで思わず吐き出したが、そこでわたしはハタと立ち止まる。
旧名を名乗ったとてどうなる?
どうにもならぬではないか……。
わたしは一介の首切り役人に過ぎないというのに。
あれは、もしかしたら実家や親類縁者に累がおよばぬようにとの、奴なりの配慮であったのかもしれない。
「好き勝手に馬鹿をやっていると思えば、妙に気をつかいおって。悔しいが、巳之助はしっかり大人になっていたのだな。わたしなんぞとはえらいちがいだ」
自嘲を浮かべ、いつになく重い足取りにて帰路につく。
途中、贔屓にしている菓子屋に寄り、重箱一杯の品を買う。
いつになく心がざわついている。
こうなったら自棄酒ならぬ自棄甘味でもせねば、とても気が落ちつきそうになかったからだ。
が、家に帰ってみると、門のところの軒下にぼろが二つ転がっている。
何かとおもえば、薄汚れた子どもの行き倒れ。小さな体を寄せあってふるえている。
近頃、不景気と世の不安定さゆえに、この手のみなしごの姿が江戸市中のそこいらで見られるようになっていた。
だからさして珍しくもない。
いつもならば特に気に留めることもなく、素通りして屋敷へと入ったことであろう。
けれどもその日は、やはりわたしはどうかしていたらしい。
「そんなところで寝ていられては迷惑だ。ついて来い」
友を斬ったその日。
わたしは二人の女の子を拾った。
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