御様御用、白雪

月芝

文字の大きさ
20 / 29

その二十 刎頸の友

しおりを挟む
 
 その日の仕事先は、牢屋敷の敷地内、東南に位置する死罪場であった。
 十三人の罪人たちが、ずらりと並んでは首を垂れている。
 これみな、わたしに首を斬られることを所望した酔狂な者ども。
 その末席に、例の百両首もいた。

「おっ、噂にたがわぬべっぴんさんだねえ。こいつは最後の最後につきが回ってきやがった」

 ある罪人は嬉々として逝った。

「けっこうなおてまえ、よろしくたのむ」

 なんぞと茶人を気取りおどけて逝った罪人もいた。

「……」

 ただ黙って目隠しのうちにて小刻みに震えながら逝った罪人もいた。

「おまえらの面ぁ、忘れねえからな。ぜってえに末代までたたってやるっ!」

 いざという段になって怨嗟をまき散らす往生際の悪い罪人。それも首をすとんと落とせばおとなしくなる。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 ふたたび静かになった刑場内にて、念仏を一心に唱えている罪人も逝った。

  ◇

 わたしは仕損じがないので、たいして時間もかからぬうちに次々と十二人の首を刎ねた。
 そしてついに例の百両首の番となる。
 総じて、まとめて刎ねられるときには、末席ほど嫌がられるもの。
 なにせ自分の順番が回ってくるまでに、死んでいく連中の姿をまざまざと見せつけられることになるのだから。いかなる剛の者とで、これは怯む。
 だからどうかなと見てみると、その百両首は背筋をピンと伸ばして、きれいな正座のままにて、姿勢を崩すこともない。
 小耳に挟んだところでは、この男、どうやら倒幕開国論者にて、その筋にけっこうな支援をおこなっていたという。
 殊勝な態度にて首を差し出す男。
 前かがみとなったひょうしに、顔にかけられてあった目隠しの半紙がふわりと浮いて、横顔がちらり。
 男はやや首をかしげ、隙間から横目にてこちらを見あげ、ぽつりと言った。

「やっぱり白雪はべっぴんだなぁ」と。

 わたしにしか聞こえないほどの小さな声。
 けれどもその声を耳にした瞬間、わたしの頭の中にパッと咲いたのは幼少期の思い出。
 寺子屋に通っていた頃の記憶。

「おぬしもしや……、巳之助……なの、か」

 罪人の首が小さく上下する。
 ひさしぶりの再会はあまりにも意外過ぎる場所。
 けれども妙にしっくりくる場所でもある。
 言葉はかわさずともすべてがわかる。
 巳之助はちっとも変わっていない。好奇心旺盛なまま大きくなり、綺堂と名をあらため、活動に加担し、ついには刑場の露と消えようとしている。
 幼少期を知るわたしとしては、半ばあきれつつも「巳之助らしいといえばらしい」とも思わずにはいられない。
 先ほどの発言からして、わたしが一人二役を演じていたことにも、とっくに気がついていたのであろう。
 この度の百両首の一件は、彼なりの今生の別れとともに、秘密は墓場まで持っていくという置き土産。

「さぁ、名残りは惜しいがスパッと頼む。これにて我ら刎頸の友とならん。なんつってな」

 刎頸の友とは、たとえ首を刎ねられたとて変わらぬ、かたい交わりを結んだ友同士のこと。
 が、巳之助ならぬ綺堂の言い分は、少しばかり本来の意味とはちがうような気がしなくもない。

「ばかたれ」

 なんとも締まらない別れの言葉にて、わたしは刃をふり下ろす。
 手の中に伝わる感触は、これまで斬ってきた首と同じ。
 なんら変わらない。
 変わらないはずなのに、ずしりと急に刀が重たくなったような気がした。
 こうしてわたしは母だけでなく、ついには唯一の友をもその手にかけた。

  ◇

 すべての仕事を終え、牢屋敷を出たところで百両首を依頼してきた初老の男が待っていた。
 彼は何を言うでもなく、ただ頭を深々と下げる。
 わたしもまた何ら言葉をかけることなく、頭をわずかに下げて、その前を通り過ぎた。
 どおりで見覚えがあったはずである。
 巳之助の父親だったのだから。わたしは彼の容姿のはしばしを通して、幼少期の巳之助の面影を見ていたのだ。

「ったく、あの阿呆が。綺堂だなんぞとしゃれた名を名乗りおって。はなから巳之助と名乗っておれば……」

 帰り道。周囲に人の気配がないところで思わず吐き出したが、そこでわたしはハタと立ち止まる。
 旧名を名乗ったとてどうなる?
 どうにもならぬではないか……。
 わたしは一介の首切り役人に過ぎないというのに。
 あれは、もしかしたら実家や親類縁者に累がおよばぬようにとの、奴なりの配慮であったのかもしれない。

「好き勝手に馬鹿をやっていると思えば、妙に気をつかいおって。悔しいが、巳之助はしっかり大人になっていたのだな。わたしなんぞとはえらいちがいだ」

 自嘲を浮かべ、いつになく重い足取りにて帰路につく。
 途中、贔屓にしている菓子屋に寄り、重箱一杯の品を買う。
 いつになく心がざわついている。
 こうなったら自棄酒ならぬ自棄甘味でもせねば、とても気が落ちつきそうになかったからだ。
 が、家に帰ってみると、門のところの軒下にぼろが二つ転がっている。
 何かとおもえば、薄汚れた子どもの行き倒れ。小さな体を寄せあってふるえている。
 近頃、不景気と世の不安定さゆえに、この手のみなしごの姿が江戸市中のそこいらで見られるようになっていた。
 だからさして珍しくもない。
 いつもならば特に気に留めることもなく、素通りして屋敷へと入ったことであろう。
 けれどもその日は、やはりわたしはどうかしていたらしい。

「そんなところで寝ていられては迷惑だ。ついて来い」

 友を斬ったその日。
 わたしは二人の女の子を拾った。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...