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028 天神さんの飛梅伝説
しおりを挟む「ほらみろ、やはり枝垂の仕業だったじゃないか」
ジャニスからジト目を向けられ、枝垂は気まずさのあまりついと顔をそらした。
そんな枝垂の斜め後方にて木偶人形は静かに佇んでいる。
ちなみに夜這いに見えたのは完全に誤解であった。
あれは腰を痛めて悶絶している枝垂を気遣い、損傷個所を確認しようとしていただけらしい。
まぁ、傍目には怪しげな人形がいたいけな少年をベッドに押し倒し、ひん剥いているようにしか見えなかったけれども……
頭に梅の簪をつけたお人形さん。
その正体は、枝垂が盆栽にしようとしていた、あの鉢植えであった。
お人形さんは声が発せられないので、身振り手振りと手書きの四コマ漫画風イラストをまじえて教えてくれた。
あの日、海の禍獣を前にして枝垂が放った必殺技「乱れヤナガワシダレ」にて咲き狂ったのは、禍獣の体内にあった梅の種だけではなかったようだ。
ふらふらの状態にて最後の気力を振り絞り、解放した星のチカラが、どうやら浜辺より離れた城の枝垂の部屋に置かれていた鉢植えにまで届いたらしい。
で、新芽がぴょこんと反応し、スクスク育っては木となり、なぜだか木偶人形として顕現する。
するとすぐにご主人様のピンチを察知して、シュワッチ!
部屋の窓から勢いよく飛び出し、窮地にあった枝垂のもとへと駆けつけたという次第であった。
枝垂の危機に飛んで駆けつけてきてくれた木偶人形。
ここで注意したいのが、けっして「空を飛んだ」わけではないということ。
文字通りの意味にて、お人形さんは空をシュタタタと駆けた。
「ねえ、ジャニスさんってば風属性なんだよね。同じことが出来る?」
「無茶を言うなよ枝垂。でも十歩ぐらいならどうにか」
できるんかい!
と心の中でだけ枝垂はツッコミを入れた。
それにしても梅の木の精霊みたいなものなのかしらんと枝垂は首を傾げつつも、いつまでも木偶呼ばわりするのも失礼なので、天神さんの飛梅伝説にちなんで「飛梅さん」と呼ぶことに決めた。
でもってどうにか動けるようになってから、さっそくアポイントメントをとり、謁見の間へと赴き、ロイヤルファミリーに報告がてら飛梅さんを紹介をする。
そうしたらおもいのほか、ロバイス王が喰いついたのが名前の由来となった飛梅伝説であった。
じつは王様ってばこの手の話、各地の伝説やら逸話とかが大好物なんだとさ。
「どんな話なのだ? ぜひ聞かせてほしい」
せがまれた枝垂は己の頭の中にあるうろ覚えの記憶を辿りつつ、ざっくりとかいつまんで説明することにした。
☆
ずっと昔のことじゃった。
都に菅原道真(すがわらのみちざね)という、それはそれは頭の良い御方がいた。
小さい頃から神童との誉れ高く、幼くして学問をちゃちゃっと修め、人品卑しからぬ。末は博士か大臣かを地で行く知識チートにて、出世街道を驀進する。
学者の身ながらも、時の権力者の信任厚く重用され、ついには大臣の位にまで昇り詰めた。
けれどもこれを妬み、快く思わない者たちも当然ながらいたわけで……
その筆頭格が藤原時平(ふじわらのときひら)であった。
名門の出自にてとにかくプライドの高い人物、ちょーっと頭がいいだけの、ぽっと出の若造が自分と肩を並べることが、とにかく気に喰わない。
一方の菅原道真はずっと我関せずで職務に邁進していたのだが、生来の潔癖ぶりと、その厳格さ、生真面目さが祟って、とうとう政争に巻き込まれてしまった。
待ってましたばかりに舌舐めずりにて暗躍するアンチ道真派たち。
水面下で蠢く陰謀、次第に激しさを増すロビー活動。
あることないことを吹聴されたあげくに、いろいろとでっちあげられ、濡れ衣まで着せられて、ついには時の権力者の後ろ盾をも失い、大宰府という遠方の地に左遷されることが決まってしまった。
アンチ派の連中は「ひゃっほう」
小躍りしては「ざまぁ」と大喜びしたとかしないとか。
そんな憂き目にあった菅原道真なのだが、じつは大の梅好きとしても知られており、特に自宅の庭に植えていた梅の木を、ことのほか大切にして愛でていたという。
悔しさを胸に後ろ髪をひかれつつ、任地へと赴く都落ちの旅路。
現代のような安全な道行きではない。便利で快適な乗り物なんぞはなく、食事や水分補給もままならず。悪路が続き、天候にも悩まされ、ときには道なき道をも進む。
山越え谷越え川を越えては、えんやこら。多大な時間と労力を費やし、それこそ命懸けの旅路といっても過言ではないほどに超過酷だった!
その道中で菅原道真がふと都の方をふり返り、詠んだのがこの歌であった。
『東風(こち)吹かばにほいおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ』
意味は、春になって東の風が吹いたら、梅の花よ、その香りを私のところにまで届けておくれ。主人はそばにいないけれども、咲く春をどうか忘れてくれるなよ。
すると風の噂でこの歌を聞きつけた梅の木が、遠い地にいるご主人様を慕って飛んで駆けつけたという。
これが飛梅伝説にて、その木はいまも大宰府天満宮にて亡き主人を想ってか、毎年、春になると律儀に咲き誇っている。
☆
飛梅伝説を聞いて「けしからん!」とロバイス王はたいそうご立腹した。
ディラ王妃も「佞臣(ねいしん)の讒言によって、優秀な臣下が遠ざけられるとは、じつに嘆かわしいことですね」と小首を振る。
エレン姫は「天満宮?」というワードが気になったらしく、意味を枝垂に訊ねた。
「あー、天満宮ですか。神社……神さまを祀るところで、こちらだと教会になるのかな」
するとこの説明にエレン姫はますます首をひねり「でも、菅原さまは役人ですよね? それがどうして神殿勤めを」と質問を重ねてきた。
エレン姫は大宰府という役所に、天満宮という教会みたいなのがくっついていることを不思議がっている。
となればその疑問に答えるには、菅原道真のその後についても言及せぬわけにもいかず。
「えーと、ですね。菅原道真はとにかくめちゃくちゃ怒っていたらしくって、死んでから自分を貶めた連中や都へ猛烈に祟ったそうなんです。
地震、落雷、火事、疫病と天変地異のオンパレード。
特に、殿中……こちらでいうところのお城の奥、王様がいるところですか。そこへドカンと激烈なカミナリを落としまして。たしか清涼殿落雷事件だったかな?
この時に菅原道真を左遷するのに率先して動いていた連中が、こぞって亡くなったものだから、関係者一同、そりゃあもう心底震えあがったそうですよ」
これによって都の人々は「道真公のお怒りをどうにか鎮めないと、こっちにまでとばっちりがくるぞ」と慌てふためく。そこで祟り神を天神さまとして祀ることで、どうにか機嫌を治してもらった。
するとのちに生前、彼が超優秀な学者だったことにあやかろうと、学問の神様としても敬うようになり、毎年、受験シーズンが近くなると受験生たちがこぞって合格祈願に詣でるようになった。
ひとしきり枝垂の話を聞き終えて、エレン姫はこう言った。
「天神さまって賢い邪神さまなのかしら?」
それに対するコメントを枝垂は差し控えさせてもらった。
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