29 / 242
029 飛梅さん
しおりを挟むギックリ腰のせいで、枝垂は復学までさらに三日を要した。
なお治療に際してアラバン医師からは「サクっと治すのと、じっくり治すのと、どっちにする?」と希望を訊かれた。
簡単に治るのならば、それにこしたことはない。
だが楽な方にはとんだ落とし穴があった。
たしかに回復ポーションやら魔法でちょちょいと治せるけれども、それをするとどうやら癖になるらしい。
若くして腰痛持ちは困る。だから枝垂はじっくりコースを選択した。
魔女の一撃おそるべし。
☆
わずか十日ばかり、されど十日である。
枝垂はひさしぶりに教室の扉を開けるのが躊躇われた、ちょっとドキドキ。
ひょっとしたらこの前の活躍にて、教室内では枝垂フィーバーが吹き荒れちゃうかもしれない。
「サインとか求められたらどうしよう。まだこっちの字はへっぽこだし、とりあえず漢字の梅でいいかな?」
とかあれこれ考えつつ、いざ扉を開けて中へと。
……
…………
………………
うん。以前とさして変わらず。
というか、最初こそは「元気になってよかったな」「がんばったね」「ありがとう」「ちょっとカッコよかったかも」「見直した」とかちやほやされかけたものの、そんなブームはすぐに下火となった。
代わりに俄然クラスメイトたちの注目を集めたのが、飛梅さんである。
しょせん枝垂の栄光は過去のもの。
対して飛梅さんは今一番ホットな話題にて、教室に吹き込まれた爽やかな新風である。実際、ほんのりいい匂いがするし。見た目が木偶人形な彼女は、歩く香木といっても過言ではない。
第二の転入生の登場に子どもたちは沸きに沸いた。
言葉こそ話せないものの、飛梅さんの所作は美しく、そして万事が丁寧かつ淑女であり紳士でもあった。
男子諸君は、まるで優しい年上のお姉さんのように接してくる飛梅さんに、モジモジ照れている。
女子諸君は、まるで某歌劇団の男役のように振る舞う飛梅さんに、キャアキャア黄色い声援をあげっ放しだ。
しかも飛梅さんは頭も良く、学習スピードが尋常ではなかった。
ようやく読み書きの初心者を脱しようとしていた枝垂をあっさり抜き去ったばかりか、そのあまりの達筆ぶりから一年生のテトより「お姉さま、師匠って呼んでもいいですか」とウルウル上目遣いで慕われる。
身体能力については言わずもがな。
あのデカワニのラッコステイを蹴り飛ばしては、けちょんけちょんにするほどの猛者だ。
飛梅さんは魔法こそは使えないものの、手刀を振るえば離れた的がスパッと斬れ、蹴りにて大地を割り、拳は空を裂き、固い岩をも木っ端みじんに打ち砕く。
おかげで子どもたちの魔法混じりの超次元な遊びにも、楽々ついていける。
これにはクラスの男子達のリーダー格であるオオカミ少年のシモンも、「へへ」と鼻を指で擦りながら「あんた、なかなかやるな。気に入ったぜ」
飛梅さん、超ハイスペック!
う~ん、枝垂は星クズの勇者にてしょせんは前座、こちらが真打ちであったらしい。
そんな彼女だが、まるで忠実な従者のごとく、つねに枝垂につき従っており、片時も側を離れようとはしない。だから学校にもついてきた。
あと、なにくれと枝垂の世話を焼きたがる。
それはまぁいいのだが、さすがにお風呂やトイレの中にまでついてこようとするのは困る。あと就寝中に枕元に佇まれて、一晩中、じーっと見つめられるのはもっと困る。
なお飛梅さんは何も食べない。
水はたまに飲んでいる。
というかコップに指先をつけていると、中身がみるみる減っていくから、たぶんアレで吸収しているのだろう。
でもって、たまに背後から枝垂にむぎゅっと抱き着いてくる。
まるで甘々の恋人同士のような仕草だが、その直後に枝垂は軽度な疲労感に襲われることから、どうやら密着することで星のチカラを補充しているっぽい。
つまり彼女にとって、枝垂はコードレスの充電バッテリーみたいなものということだ。
もしかしたらそのせいで枝垂は大切にされているのかもしれない。
かくして完全にお株を奪われた枝垂であったが、そう悪いことばかりでもない。
飛梅さんの加入によって、枝垂の読み書きの学習速度もぐんと上がっている。
理由というか理屈は簡単だ。
せっせと枝垂が習字をしていると、熱心に添削指導するのがお色気ムンムンなマヌカ先生ではなくて、飛梅さんに代わったせいである。
あっという間に初等部での学習内容を修学した彼女は、気がつけばごく当たり前のように教わる側から教える側へとなっていた。
まるで副担任のような扱い。マヌカ先生は便利な駒を手に入れたとばかりに、これ幸いと使い倒す気満々のようである。
カッチカチの体である飛梅さん……
いかに甘い香りを漂わせようとも、さすがにこれで邪念は起こらない。想像力が豊かな思春期ボーイでも無理だ。むしろできたらいろんな意味でダメだろう。
だからその分だけ枝垂は学習に集中でき、勉強もはかどっている。
けれども、ちょっと心中複雑であることは否めない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
73
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる