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030 工房探訪

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『腕輪の修繕が完了したから、受け取りに来て欲しい』

 伝言を貰ったので、放課後に枝垂はエレン姫の工房へと向かった。もちろん過保護な飛梅さんもついてくる。

 エレン姫は四兄妹の末娘にて、風と光の二属性持ちの才媛であるばかりか、趣味の魔道具いじりは玄人でも裸足で逃げだすほど。
 なにせ五ヶ国が技術と知識の粋を結集して作った、星の勇者専用の腕輪をちょこちょこバラして魔改造するのだから、たいしたものであろう。
 もしも星の勇者たちの大量召喚とホームステイ話がなければ、近々のうちに技術大国であるドラゴポリスへ短期留学することも決まっていたそうだが、現在は諸事情により延期を余儀なくされている。
 十中八九、自分絡みなので枝垂は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 そんなエレン姫が腕輪につけてくれた防護機能のおかげで、枝垂はいまもこうして生きていられる。こちらにきてからも何かと便宜をはかってくれている。いくら感謝してもし足りないほど。絶対に足を向けては寝られない相手であり、微力ながらもいざという時には……と枝垂は密かに心に誓っている。

  ☆

 姫さまの工房は城内地下でもいっとう奥まった区画にあり、途中、屈強な衛士たちが守るゲートをいくつも経由した。
 じつはここを訪れるのは枝垂も初めてである。だからつい立ち止まってはキョロキョロしちゃう。
 そうして到着した工房は、親が娘の趣味のために与えたというには、あまりにも仰々しい研究室であった。

 魔女が「ひひひ」と笑いながらかき回していそうな大鍋は、錬金術で使用する釜である。所狭しと置かれた用途不明な機器たち。有機物なのか無機物なのか、ちょっと判断に困るのは素材にて。たくさんのコード類やパイプがそこかしこに通されており、ときおりスコーン、スコーンと怪しげな異音がどこぞより聞こえてくる。部屋の隅っこでぷよぷよ蠢く何かがいたりもする。
 室内はとにかくごちゃごちゃしていた。そして何故だか巨大な十字架を寝かしたような形状の台などもあって、いかにも悪の秘密結社が改造手術をする台にしか見えない。
 そこはかとなく漂うのはマッドでサイコなサイエンティスト臭――

 えーと、さすがに人体実験とかはしていないよね?
 いや、そういえばコウケイ国はジャニスさんをはじめとして、少数ながらも精鋭揃いだったりもするから、もしかして……
 怪しさてんこ盛りの工房のせいで、はやくも枝垂の誓いがグラグラ揺らいでいる。
 そんな枝垂をメガネ姿のエレン姫が笑顔で出迎えてくれた。
 銀縁のメガネがよく似合っており、本来の気品としなやかさ、白い毛並みと相まって、とても理知的に映る。これで枝垂とは一歳違いの十七歳なのだから、末恐ろしい。
 などということはさておき。

「ようこそ枝垂、私の工房へ。とはいっても、ごめんなさいね。ちょっと散らかっているから落ち着かないわよね。よかったらあちらの休憩室で、お茶でも飲みながら話しましょう」

 えっ、ちょっと……これで?
 とはさすがに言えない。
 ついポロリしそうになった本音を枝垂はぐっと呑み込んだ。
 誘われるままに隣接する休憩室に向かう。
 そこで枝垂たちを待っていたのは驚愕の光景であった。
 地下深くにもかかわらず、そこには青空があり、太陽が輝き、花や草木が生えており、木陰には屋外用のテーブルセットなんかも置かれている。

 魔法と魔道具により屋内に再現された、自然豊かな憩いの疑似空間。
 心地よいそよ風なんかも吹いている。
 とてもここが地下とは思えない。単純なホログラムや舞台セットなどの域を遥かに超えている。
 異世界ギガラニカの技術力の高さをまざまざと見せつける一室に、枝垂はあんぐり。

「たしかにうちは田舎の小国だけれども、そう捨てたものでもないでしょう」

 エレン姫が茶目っ気たっぷりにウインクをし、枝垂はコクコクうなづく。
 飛梅さんが給仕をしようとするのを制止し、エレン姫が手ずからお茶を淹れてくれた。
 抹茶ミルクみたいなお茶は、ほろ苦いながらも甘さもあってまろやかクリーミー、とてもほっとする味だ。
 枝垂はたちまち気に入って、すぐにカップを空にして、おかわりを頂戴する。
 お茶請けは枝垂が手土産に持ってきた、特選梅干しだ。
 ただし、姫様に献上するのだからそんじょそこらの品ではない。

 梅といえば紀州は和歌山の南高梅(なんこううめ)がとみに有名である。
 その果実は数多ある梅の品種の中でも最高峰といわれており、それで作られた梅干しは梅干しの王者といっても過言ではない。
 肉厚かつ柔らかい果実、味や食感もさることながら、その大きさもまた威風堂々にて、王者の貫禄たっぷりである。
 そんな南高梅の中から選りすぐり、幾多の試練と熟練した職人たちの手を経て、梅干しへと昇華した物たちは、まさに梅干し界のスーパーエリート。
 カリカリ梅で満足している庶民には縁がないであろう、一粒で二千円ほどもするはちみつ漬けは、漬物の枠に留まらない。もはや立派な高級和スイーツである。
 ――それを強くイメージしつつ、星のチカラで捻り出した品を木箱に詰めて枝垂は持参した。
 そのかいあって、エレン姫はひと口かじるなり、あまりの旨さにうっとり蕩け顔である。
 美味しいお茶とも合っており、枝垂たちはしばし浮世の雑事を忘れてまったり過ごす。


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