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072 原始の星骸
しおりを挟む現在の荒野と呼ばれる決戦と不毛の地には、かつてひとつの国があった。
温暖な気候にてつねに花々が咲き誇り、この世の楽園と謳われしパピロスペタァル。ギガラニカ世界に住む誰からも愛されたそんな場所に、突如として災い星が墜ちてくる。
それがのちに原始の星骸と呼ばれることになる、星骸一号であった――
瞬く星空が左回りに、ゴトリと動く。
天界に渦を巻くような現象が起きて、彼方より降ってきたのは翼の生えた蛇であった。ガラクタや鉄屑などを寄せ集めたようなカラダにて、全長七十メナレほど。超大かつ狂暴な性質にて、あわわれるなり、所かまわずのたうちまわっては、周囲を見境なしに攻撃し始める。
当然ながらパピロスペタァル側とて、これをむざむざと許すことなく、迎撃行動をとった。
楽園を守る兵士たちは精強であった。
当初こそは出遅れて相手の好きにさせていたが、すぐに盛り返し、ついには首を刎ね討伐に成功する。
けれども、それで終わりではなかった。
むしろここからが地獄の始まりであったのだ。
首を落とされて息絶えたはずの蛇体が、もぞもぞと動き出したとおもったら、断面が盛り上がっては新たな首が生えてきた。それも二つ!
ばかりかカラダにも変化が生じる。蛇体に四つ足が生えて、大蛇がオオトカゲのようになった。それにあわせて全身が固い鱗のようなものに覆われ、背の翼もひと際大きくなった。でも、全長はやや縮んだか。しかしその分だけ肉の厚みがまし、カラダのボリュームが膨らんだような気がする。
迎え討つ側の一同が唖然と見守る中、新たに生じた星骸一号のふた首は、刎ねられて落ちていた首を争うかのようにして貪り喰らい、たちまちペロリとたいらげた。
旺盛な食欲と破壊衝動のままに、暴れる星骸一号の第二形態。
これをどうにか退治したとおもったら、またしても変化が生じる。
倒すたびに次々と増えていく首。カラダつきもみるみる変わっていき、ついには立ち上がっての二足歩行をするまでになった。
最終的には首は八つとなり、背には雄々しい翼を持ち、器用に物を掴める前足と、地を駆ける後ろ足を持つ姿となり、身長は百メナレにも到達する。
動く山のごとき巨怪にて、ギザギザしたヒレのある尾は地にあるモノすべてを薙ぎ払う。
とてつもない質量をともなった存在、けれども真なる脅威は八つの首にこそ宿る。
八つの首、各々が違う属性の攻撃を放つ。
ある首は岩をも溶かす豪炎を吐き、ある首は冷気にてすべてを凍てつかせ、ある首は雷を放ち、ある首は竜巻を吹き出し、ある首は青白き不浄の光線を照射し、ある首は何もかも溶かしてしまう酸の霧をまき散らし、ある首は岩をとてつもない勢いで撃ち出し、ある首は空間そのものを喰い破る……
ひとつひとつがとても強力で、それらが合わさることで更なる破壊力を持つ。
景色がみるみる変わっていく。
蹂躙されていく世界に、大気が震え大地が悲鳴をあげた。
にもかかわらずパピロスペタァルの兵士たちはたじろぐことなく、勇敢に戦い続けた。
すでに周辺国には火急の報せを走らせている。おっつけ援軍が駆けつけてくれるはずだと信じていたからだ。
だがしかし――
いくら待っても、ただの一兵足りとも援軍は来なかった。
各国ともに、ふって湧いたかのようにして出現した天災級の脅威に対して、固く城門を閉ざし自国の防衛を優先したのである。
あれほど褒め称え、恋い慕い、羨望のまなざしを向けていた楽園を見捨て、自己保身を選んだ。
国としては苦渋の選択であったのかもしれない。
あるいは多くの民を預かる立場ならば、当然の判断なのかもしれない。
しかし自分たちが切り捨てられたと知ったとき、戦い続けていた者たちがどれほどの絶望を抱いたのかは、想像するのにあまりある。
それでも彼らは懸命に戦い続けた。
自分たちの愛すべき国を、自然を、そこに住まう人々を守るために。
しかしながら現実はどこまでも非情であった。
次々と倒れていく仲間たちの屍を越えて、星骸一号へと食らいつく兵士たち。そのかいあって、ついに死闘にも決着がつくかと思われた矢先のこと。
最悪の事態が起きた。
八つの首、すべてを落とされた星骸のカラダが燐光を発しながら、急速に膨らんだとおもったら、パンッ!
まるで風船が割れるかのような音であったが、直後に生じた破壊の嵐は見渡す限りのすべてを道連れにする。
ばかりかあまりにも高濃縮されたエネルギーが爆ぜた衝撃により、天地が繋がり、さらには星空を穿ち、彼方の世界とも一時的に通路を開通するに至った。
逆流現象が起き、天界に開いた奈落が轟々とこの地にあった一切を飲み込んでいく。
天の奈落の猛威は一昼夜も続いてから、ふつりと止んだ。
穴は跡形もなく消え、空はいくつかの星を失うもほぼ元の姿を取り戻す。
けれども、地にはただの一欠片の命の輝きも無く、汚染されて赤茶けた土と乾いた荒野だけが残った。
でも世界が失ったのはそれだけではない。
この日、樹人と鉱人というふたつの種族がギガラニカより消滅した。
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