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100 ナムクラーゲン討伐

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 二十メナレを越える半透明の巨魁が蠢く。
 うねる八本の足、うちの二本が無造作に振るわれ薙ぎ払われるたびに、周囲の木々が折れひしゃぐ。べつの二本がのびては無造作に手近な幹を掴み、チカラまかせに引っこ抜いては彼方に適当に放り投げる。邪魔な石を蹴飛ばす。
 残る四本にて地面を抉っては、引っ掻くようにして、ずるぅりずるぅりと軟体が這い進む。

 幸か不幸か、食欲旺盛なナムクラーゲンは翌日に再来する。
 おかげで待ちぼうけにてダレることなく、枝垂たちは意気軒昂のままでこれを迎えることができた。

 爆ぜるような破壊音が轟き、森の奥でもうもうと土煙が起きた。
 ナムクラーゲンがあらわれる前触れである。
 海底洞窟の本土側にある脇道のひとつを住処としているらしいのだが、どうしてわざわざ派手に狼煙をあげて登場するのかは不明だ。
 ナシノ女史の見解では「警告、巣から邪魔なハチノヘたちを外に誘き出すためでは」とのこと。そうすることで巣に蓄えられた極上ハチミツを、ちゅうちゅうしやすくしているらしい。
 奴の狙いはあくまでハチミツである。
 だからそれをせっせと作る担い手であるハチノヘたちは、食べないし、無闇に傷つけもしない。毒にて一時的にやる気を奪うだけ。
 そうして繰り返し甘い汁を吸おうというのだから、ナムクラーゲンは相当にしたたかだ。
 だがしかし、そんな暴挙もこれまでである!

「総員構え、撃てーっ!」

 ジャニスの号令にて、隊員らが各々得意の攻撃魔法を放つ。ただし、延焼の危険から火魔法の遣い手をのぞいて。そのものは投擲にて参戦する。
 中でもひときわ大きな岩の塊を飛ばしたのは、ナシノ女史であった。
 それもたんに飛ばしただけではない。彼女は地火風の三属性持ちのトリプル。ゆえに同時に風を吹かせて岩を加速させつつ勢いを増し、さらにはその風の流れを途中で変化させた。
 なんと! 風の刃にて岩を刻んでは散弾のようにしたのである。

 岩の弾丸が雨あられとなって降り注ぐ。
 ナムクラーゲンは避けようもなくほとんどが着弾して、苦しそうに身じろぎする。
 と、そこへ残りの魔法も殺到したのだから、たまらない。

「ぐぉおぉぉぉぉぉぉ」

 苦悶の声をあげるナムクラーゲン、だが痛がるわりにはさほどダメージを受けた様子はなかった。
 やはり表面のぬめりと、厚みのある軟体により、攻撃の大部分が分散吸収されてしまったようだ。
 さりとてまったく効いていないわけではない。
 その証拠にナムクラーゲンの歩みが止まった。
 ずっとハチノヘたちを相手に無双して調子に乗っていたところを、思わぬ反撃を受けてかなり戸惑っている。

「奴が持ち直す前にいっきに畳みかけるぞ! ナシノ女史は引き続き魔法で援護をお願いします。残りは抜剣にて私に続けっ!」

 魔鋼製の黒剣を抜き、駆け出したジャニスに隊員らが続く。
 魔力を体内にて循環させて瞬時に身体強化を行い、かつ足の底や刃に風魔法を発動することで、黒ヒョウ女剣士そのものが一陣の風となりて、戦場を疾駆する。

 迫る黒き疾風。
 向かってくるジャニスを認識し、ナムクラーゲンが足の一本を打ち下ろしては、これを迎撃しようとする。
 が――瞬時に足の一本がスパっと輪切りになった。
 目にも留まらぬジャニスの早業であった。本来であれば通りにくい刃がたやすく通ったのは、先の魔法攻撃のおかげ。あれによって体表のぬめりがかなり剥がれていたせいだ。

「よし、イケるぞ。すべての足を叩き斬ってやれ」

 ジャニスは、すぐさま二本目の足へと狙いを定める。
 隊員らも手分けして他の足の切断に着手する。
 足さえ落としてしまえば、ナムクラーゲンの討伐は八割方完了したようなもの。あとはどうにでも料理できる。

「おもったよりもはやく終わりそうだね。これなら飛梅さんの出番はないかな。フセは……あっ、こら、そんなモノ食べちゃダメだってば」

 枝垂は戦いの様子を安全な後方から見守っている。
 いつの間に拾ってきたのか、フセは輪切りにされた足のひと欠片をくわえてきては、これにハフハフかじりついていた。
 見た目はナタデココみたいだけど、うまいのだろうか?
 味や食感が気になった枝垂が少し分けて貰おうと手をのばした、その時のことであった。

「むっ、いかん」

 ナシノ女史の声に驚き、顔をあげてみれば、なにやら黒いモヤがもわもわもわ……
 ナムクラーゲンが煙を吐いたのだ。
 タコとクラゲが合体したような生き物なので、それ自体は意外ではなかったのだけれども、ナシノ女史を慌てさせたのには理由がある。
 それはナムクラーゲンの吐いた黒煙が、ただの目くらましなんぞではなくて、毒の成分を含んでいるから。
 吸えばたちまちやる気を失う、恐ろしいダラケ毒。
 ジャニスたちはとっさに鼻や口元を腕で隠して、煙を吸わぬようにして防ごうとする。
 けれどもダメであった。
 なぜならこの毒は皮膚からも吸収される経皮毒であったのだ。
 これにより戦いの形勢がたちまちひっくり返されてしまった。


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