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157 機関部

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 ブリッジにて、ぶ厚いファイルを見つけた。
 どれくらいぶ厚いのかというと広辞苑ぐらいもある。らくらく自立する。
 待望のタンカーのマニュアルだ!
 でも、喜んだのも束の間、枝垂はそっとファイルを閉じた。
 なぜなら中身が、びっちり英語で書かれていたからである。
 枝垂の学校での英語の成績はそこそこ。
 だから受験レベルの英文や日常会話ぐらいならばこなせるが、相手が専門書となると勝手が違う。教科書には登場しない専門用語のオンパレードを前にして、枝垂はすぐに白旗をあげた。

「うん、これは僕にはムリ。ちんぷんかんぷんだ」

 ちゃんとした星の勇者であれば、翻訳機能が働いて読めるのかもしれないけれども、星クズの勇者のポンコツ能力では解読できそうにない。
 けれどもまったくの無駄というわけでもなかった。
 発見されたマニュアルにはイラストも多数掲載されており、調査隊に同行している船員に見せてみると、「あー、なんとな~くわかるかも」との頼りない回答を得られる。
 たとえ世界は違えども、船は船、共通していることもチラホラ見受けられるんだとか。
 それにギガラニカの船も動力に魔導機を積んでいるから、漁船でも内部はけっこうメカメカしかったりもする。そして島民は隅っこの僻地暮らしゆえに、メンテナンスもほとんど自分たちでこなしているから、案外器用で物知りだ。
 エレン姫やナシノ女史に手伝ってもらえば、このタンカーを動かせるかもしれない。

 ゆえに調査隊はブリッジからはマニュアルだけを押収し、この場にある機器類には一切触れることなく戻ることにした。

  ☆

 いつの間にやら内部が変化して……
 なんてこともなく、帰路はスムーズなものであった。
 すんなり艦橋から出られて、甲板へと無事に到着する。

 ここでいったん休憩をとることに、ジャニスは決めた。
 敵や罠がないとはいえ、船内は迷宮化しており、何が起こるかわからない。
 そんな状況下での探索は、おもいのほかにカラダへの負担が大きい。そのくせ精神が高揚しており、変なテンションになっているから疲労を自覚しにくい。
 調子が良いからと勢いにまかせて行動していたら、いきなりガクンとくる。これは危ない。

 カリカリカリカリカリカリ。

 調査隊の一行は休憩がてら、枝垂が提供したカリカリ梅を食べてのリフレッシュ中。
 カリカリ梅の持つ爽やかな酸味とほんのり塩気、心地良い食感、噛むほどに口の中に喜びが広がる。程よいボリュームが小休止の際のお茶のお供に最適だ。
 改良に改良を重ねた枝垂のカリカリ梅は、いまや初期版とは完全に別物と言っても過言ではない。
 いまならばきっと大手コンビニエンスストアのプライベートブランド商品と競っても、劣ることはないだろう。
 味のみならず、疲れがとれて、栄養価も高く、保存も利くことから、コウケイ国の軍隊用の糧食に採用しようかという話もあるほどだ。

「さてと、上はとりあえず調べ終わったから、今度は下だな」

 ジャニスが枝垂および隊の主だった者らを前にして、そう口にしながら足下へと目を向けた。
 タンカーは動く貯蔵庫だ。
 極端な話、船首と船尾以外のほとんどが大きな船倉になっている。船体強度の問題や浸水対策などにて、ひとつの広い船倉ではなくて隔壁にて区切られたものが縦に配置されている。
 船首には錨鎖(びょうさ)を巻き取り収納する錨鎖庫があるくらいだろう。
 一方で船尾には機関部およびこれの制御室、船の進む方向を定める舵(かじ)の運用を担う操舵機室などがあるはずだ。
 東京タワーがすっぽり収まりそうなほどもある巨大な船を動かすのには、それ相応の強力な動力源が必要である。
 はてさて、いったいどれほどのエンジンを積んでいることか。

  ☆

 船体下部は迷宮化されておらず、すんなり降りられたものの、機関部に立ち入るなり一同あんぐり。
 巨大工場内部をおもわせる機関部、大人二人がかりでも抱えきれないほども太さのあるピストンがずらりと二十も居並ぶ。
 ちなみに一般的な乗用車のエンジンのピストンの直径が、せいぜい七モナレぐらい。
 主機関の高さはビル換算で八階ぐらいもあろうか。
 人類の叡智の結晶、機能美と強度を兼ね備えた鋼の心臓は、まるで巨大な機械のモニュメントのよう。

 魔法という超常のチカラを持たぬ非力な種族だからこそ、発展した地球の機械文明。
 一見するとギガラニカの魔導機に似ているけれども、根本が異なっている。
 魔法が使えるがゆえに、いざともなれば自身のチカラで様々な局面を切り抜けられるギガラニカの住人たちとは違い、地球人類にとっては頼みの綱にして、これなくしては生きられぬ命綱でもある。
 だからであろうか、機械に込められている想いが違う。
 ひさしぶりに間近にて目にした地球の機械類――船の動力が持つ凄味に枝垂は気圧される。
 それはジャニスをはじめとする隊員たちも同じなのであろう。
 誰もが、主機関が鎮座するこの空間にしばし見惚れた。


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