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228 ダライアスの咆哮
しおりを挟む荒野に激震が走る。
星骸二十三号の膝蹴りにより、白銀のケンタウロスの馬体が砕け地に伏す。
いかに不意をつかれたとはいえ、たったの一撃で……
さりとて白銀のケンタウロスも、ただ黙ってやられたわけではない。
とっさに四本腕を動かしては反撃を試みていた。
機体ならではの挙動と可動域にて上半身をひねり、やや強引な態勢ながらもショートソードを繰り出す。
肉迫する両雄、超至近距離での対峙、その切っ先はたしかに星骸二十三号へと届いていた。
四本腕のうちの二本での攻撃は、星骸二十三号が剣身を手で掴むことで強引に阻止されたものの、その間隙を突き――
ズブリ!
左の乳房下から胸部へと抉り込むようにして突き入れられた刃と、腹部は鳩尾(みぞおち)へと吸い込まれた刃と。
だが、ここで奇妙な現象が起きた。
深々と突き込まれた刃たち、それこそ背中へと突き抜けてもおかしくないほどに、だ。
なのに切っ先が星骸二十三号のカラダを貫通していない?!
ショートソードが呑み込まれてしまっている!
どうやら星骸二十三号は、カラダの一部を汚泥状態にすることで、剣での刺突を無効化したのみならず、くわえ込んでは食べてしまっているようだ。
星骸の死体のみならず剣までとは、とんだ悪食(あくじき)!
そして白銀のケンタウロスの抵抗もここまでであった。
ビキリバキリとショートソードの刀身が折れた。
力任せに握り潰す。ピアニストと見紛うような細くしなやかな指先からは、想像もつかないほどの凄まじい膂力。
破片がキラキラと飛び散る。
さなかに閃いたのは、たったいま壊されたばかりの剣の切っ先にて。
斬っ!
白銀のケンタウロスの首が横薙ぎに刎ねられ、四本腕のうちの一本が根元より切り落とされる。
星骸二十三号が破壊した武器の一部を素手で掴んでやったのだ。
斬られた部位より、勢いよく噴き出したのは機械のカラダを流れるオイルと白煙である。
オイルの雨が降り、煙が濃霧のようになっては二体の周辺にまとわりつく。
直後のことである。
プシュッと聞こえたのは発射音。
停止した白銀のケンタウロスの胸部ハッチが開いて、射出されたのは丸いカプセル状のコクピット部分である。緊急脱出装置が作動したのだ。
煙幕にまぎれてパイロットは無事脱出に成功する。
そしてこれと入れ替わるようにして動いたのは、ムクラン帝国の飛空艇ダライアスであった。
『いまだ、撃てーっ!』
女帝スフォルツアの号令。
いつの間にか、飛空艇は船体を敵に対して横にむけており、一斉に火を吹いたのは搭載されている大口径砲たちである。
主砲の斉射(せいしゃ)だ。
ダライアスの咆哮。
放たれた瞬間、ダライアスの眼前にて紅蓮が沸き起こった。
砲口発射炎が一面に拡がり、激しい轟音が鳴り響く。
それらを蹴散らし、置き去りにしては猛然と飛び出した複数の弾頭らが、一直線に向かったのは星骸二十三号のところである。
ボンッ、ボンッ、ボンッ、弾頭が次々と白煙に穴を穿ち、その奥にいる者へと襲いかかる。
全弾命中!
目標へと到達したところで弾頭内より解き放たれ、急速に膨れ上がった破壊のエネルギーが荒れ狂う。空間が爆ぜ白煙はたちまち霧散した。
凄まじい火力により生じた爆発が、活動を停止した白銀のケンタウロスもろとも、星骸二十三号を呑み込む。
それらの砲撃にまぎれて、星骸二十二号のライオン型の分体を仕留めたあの矢も放たれており、こちらも狙いあやまたず。
けれどもこれで終わりではなかった。
ダライアスの斉射を皮切りとして、ふたたび荒野の空を無数の閃光が疾駆する。
列車砲による攻撃だ。光弾の雨が降り注ぐ。
さしもの星骸二十三号も、この猛攻を受けてはその身をくねらせ、爆炎と踊ることしかできない。
☆
砲撃が続いている。
一方的にこちらが攻め立てている。
攻撃はちゃんと当たっている。
だというのに、何かが変であった。
攻撃している側に余裕がない。
むしろみな何かにとり憑かれたかのように、急き立てられるかのようにして、黙りこくっては一心不乱に攻撃を繰り返す。
にもかかわらず、戦場に漂うざらりとした厭な空気がちっとも払拭されない。
何だこれは? 焦燥感や不安ばかりがつのっていく。
一方でそんな攻撃の火中に身を置く星骸二十三号はどうかといえば、炎の中で影が揺れていた。まるで舞いでもしているかのような動きは、砲弾の直撃を受けているせい。
でも倒れない。
ずっと立ち続けては、陽炎のごとくゆらゆらと。
どうして倒れないのか?
飛空艇ヒノハカマのブリッジより――
戦いの行方を固唾を飲んで見守っていた枝垂が訝しんでいると、焔地獄の合間に見え隠れしていたのは信じがたい光景であった。
たしかに攻撃は当たっていた。
でも、そのうちのいくつかが、当たったとたんに消えているではないか。
いや、より正しくは吸い込まれている。ときには大口にて呑み込まれている。
星骸二十三号の悪食ぶりがとどまるところを知らない。
そしてあることを想像し枝垂はゾッとした。
(もしもだ。もしもヤツがうちのフセと同じだったらたいへんなことになる!)
大食漢にて底なしの胃袋を持つ赤べこのフセの場合は、たんに巨大化するだけで済む。
でも星骸二十三号はきっとちがう。
これこそが焦燥感を抱かせていたモノの正体であったのか。
だからこそみんな必死になって攻撃を続けていたのだ。
長引かせるのはマズイ、こうなれば出し惜しみをしている余裕はない。枝垂も非力ながら助勢すべきであろう。
無意識のうちに枝垂は右こぶしを握りしめていた。リキむあまり星のチカラが注力し、手の甲に星の勇者の証である紋章が浮かびあがっている。
と、その時のことであった。
視線で射抜かれたかのような感覚に襲われ、胸の奥がギュッとする。
視線の正体は星骸二十三号であった。
目も鼻もない、口だけの顔が炎の壁の向こうからこっちをじっと見ている。
実際には目視できないほどもの距離が離れており、砲撃による爆炎にて見えるはずがないのに、枝垂にはたしかに見られていると感じた。
直後に頭の中に星骸の声が響く。
『ィィィイ……タァアァ……ミツケ……タ……オニイチャン』
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