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229 灰色の球

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 星骸二十三号と目が合った。
 ――ヤツが自分を見ている。
 そう感じた瞬間、脳裏に響いた声……

 飛空艇ヒノハカマのブリッジにて、自分の座席にいた枝垂は「えっ!」
 驚きのあまりおもわず腰を浮かす。
 けれども周囲の様子がおかしい。誰も慌ててはいない。
 エレン姫やジャニスたちは、顔を前方に向けたまま戦況に注視しているし、隣にいた飛梅さんは小首を傾げては、枝垂の行動を不思議がっているばかり。

(……もしかして、いまの声は僕にしか聞こえていないのか?)

 これまでは星骸二十三号の声は、荒野にいるみんなの脳裏に届いていた。
 なのにいったいどうして……それに聞き間違えでなければ、ヤツはたしかにこう言っていた。「おにいちゃん」と。

 枝垂はおおいに困惑する。
 でも、戦場は枝垂の身に降りかかった不可思議な現象なんぞにはおかまいなしに推移していく。
 新たな局面を招いたのは、星骸二十三号であった。
 大量の砲弾の雨あられ、一方的に爆炎にさらされていたのだが、その身がいきなり変化した。
 人型から球体へと。

 つるんとした表面、宙に浮かぶ巨大な灰色の球。
 そこへ砲弾が殺到する。
 だがしかし――

 ぬぷん、とぷん、ぷにょん、ぴちゃり、ぷるん……

 命をやり取りしている場にそぐわない、なんとも気の抜けた音がした。
 とおもったら、砲弾は爆ぜることなく目標へと着弾したとたんに呑み込まれてしまった。
 降り注ぐ砲弾たちが、次々とヤツの体内に吸い込まれて消えていく。
 いや、食われているのか?

 撃ち込んだはしから砲撃が無効化される。
 さすがに異常に気がつき、連合軍の攻撃がいったん中止され様子をみる。
 そうしたら唐突に球体がパカンと上下に分かれた。
 あらわれたのは大きな口だ。
 大きな口がやにわに「すぅうぅぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ」

 吸い込んだのは自分を取り囲む焔、連合軍の斉射により生じた獄炎地獄にて。
 まるでソバでもすするかのよう。地面の土塊ごと引っぺがしては、それごとズルズルズル……豪快な吸引力により、みるみる獄炎地獄がしぼんでいく。
 爆風、爆炎、灼熱、狂騒、あれほど暴れまわっていた破壊のエネルギーらの一切合切がなくなるまで、さして時間はかからなかった。
 のびた舌が、べろりと口の周りを舐めたところで球体が「ケフッ」
 ゲップの音にて吸引が完了した。

  ☆

 カチカチと耳障りな音がする。
 何の音かとおもえば、それは枝垂の奥歯が震える音であった。
 もとから星骸というのは理不尽なモノだと聞いていた。
 とはいえこの二十三号は、デタラメにもほどがある。
 あまりのことに、みな言葉も出ない。
 圧倒的な不条理は、ギガラニカ陣営の努力を一蹴したばかりか、小馬鹿にでもしているかのよう。
 悪い夢が具現化したような存在。
 でも、真の悪夢が始まるのはこれからであった。

 灰色の球体という形態をとっていた星骸二十三号が、その大口を閉じる。
 つるんとしていた表面が波打ち、にょきにょきと生えてきたのは、筒のようなもの。
 イガイガの大きなウニみたいである。
 銭湯の煙突のようなそれらの正体が砲塔だと気がついたのは、筒が一斉に火を吹いたときであった。
 星骸二十三号が反撃を開始する。
 これまでのお返しだとばかりに、砲弾の雨を荒野全体に降らせる。
 しかもただ闇雲に乱射するのではなかった。

 次々と荒野外縁部に配備されていた列車砲が破壊されていく。
 危険を察知して急遽、魔法による防御壁を張るも、おもいのほかに精確な射撃により、同じ箇所に二度三度と続けて着弾し、突破されてしまう。
 線路を移動して逃れようとするも、そうはさせじと追撃が飛んでくる。
 列車砲やレールの位置が把握されていたのだ。星骸二十三号は連合軍の猛攻にさらされながらも、その弾道から逆算して、こちらの陣営を冷静に見極めていたからこそ出来る芸当である。

 激烈な報復!
 言葉を発したことからも、かなり知能が高いことはわかっていたものの、よもやこれほどとは、いったい誰が予想できたであろうか。
 それは地上のみならず、上空にもおよぶ。
 ムクラン帝国の戦闘飛空艇ダライアスのもとへも、星骸三十三号による砲撃の返礼は届く。
 が、さすがは帝国の総力をあげて建造された新造艦だけあって守りも堅い。
 瞬時に厚い魔法防御壁を展開し、被害を最小限にとどめたばかりか、合間合間に反撃を行う。

 けれども枝垂たちが乗っている飛空艇ヒノハカマはそうはいかない。

「反転は――間に合わん! 観測手、弾道を予測しろ。操舵手は予測に合わせて向かってくる砲弾をかわしながら、急速上昇しろ」

 艦長の指示により、ヒノハカマは回避行動をとる。
 かなりの無茶ぶりであったというのに、乗務員たちは冷静に対処し、ヒノハカマは無事に危険域を脱する。
 でも、それを成し遂げた当人らは首をかしげていた。

 なぜなら、一見すると危機的な局面ながらも、実際にはさして難しい操船を必要としなかったから。
 たしかに星骸二十三号からの砲撃はあったものの、密度が薄くある程度の余裕をもってかわせたのである。
 他所ではみな猛攻に慌てふためいているというに。
 これではまるで、わざとヒノハカマだけかわしやすいように手心を加えられたかのようではないか。
 たまたまなのか、それとも……


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