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93 スタンピート編 月夜を駆ける
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表面上はいつも通りに過ぎていく一日がようやく終わる。
そして屋敷中が静寂に包まれる頃。クロアの可愛い寝顔を見届けてから、外へ出ようとするオレの前に立ち塞がる者がいた。
「何処へ行かれるおつもりですか? ムーさん」
エメラさんだった。
いつものメイド服とは違う。ズボンに革の胸当てや具足などを着こんでいる冒険者スタイル。武器は見当たらないが、たぶん腕輪あたりがアイテム収納になっているのだろう。元S級冒険者ならば、それぐらいの魔道具を持っていても不思議じゃない。
オレはとぼけたフリをして通り抜けようとするも、彼女がそれを許してくれない。
「もう一度お訊ねします。何処へ行かれるおつもりですか?」
目つきが鋭くなり、声のトーンが一段下がった。
ここで押し問答をしていれば、それだけ貴重な時間を浪費してしまう。今は一刻を争う。彼女の真剣な顔を見れば誤魔化せる様子でもない。
《……これまでか》
オレは覚悟を決める。
にゅるんと触手を伸ばし、彼女の眼前にかざす。ツンツンという仕草をして「触れろ」と身振りで示す。
意味を理解したエメラさんが、躊躇することなく指先で触手に触れた。
「触手回線」技能を発動。
《聞えるか? オレの言葉がわかるか?》
突然に聞こえてきたオレの声に、ビクリとするエメラさん。だがそれでも彼女がオレから離れることはなかった。
「やはり……、知能があったのですね」
《悪かったな。ずっと黙っていて》
「いいえ。なんとなく理由は想像がつきますから」
《そうか。まぁ、詳しい話は後だ。それよりもそこをどいてくれないか?》
「メーサさまのところに行くのですね」
《あぁ、そうだ》
「クロアさまのためですか?」
《それもある、だがそれだけじゃあない。あの子もまたオレの中では、とっくに守るべき大切な存在なんだよ》
「大切な存在……」
《オレはさぁ、とっても我儘なんだよ。自分の大事なもんが蔑ろにされるなんて、どうしても我慢ならねぇ。メーサが死ぬ? クロアが泣く? 爺やエメラさんらが辛そうな顔をしているのを黙って眺めている? 冗談じゃないっ! そんな未来、オレは断じて認めない》
自分の想いをありのままにぶつける。
彼女はその言葉にじっと耳を傾けていた。
そして話を聞き終わるやいなや「わかりました。ならば私もご一緒させていただきます」と言った。
《体はオレが固定しているから、楽にしていてくれ》
体のサイズを大きくして、ホバークラフト形態をとったオレは、背中にエメラさんを乗せる。促されままに身を預ける彼女。格好は水上バイクにまたがる女ライダーといったところか。
《いくぜ! 飛ばすから怖ければ目を瞑ってろ》
魔力回路を活性化させて魔力を念入りに練りあげる。
純度を増した魔力を使い超圧縮された空気を産み出し、これを後方へと一気に吐き出す。
地面が抉れ、土煙が高く巻き上がり、嵐が産まれた。
それらのエネルギーをすべて我が身に受ける。
すると即座に推進力が爆発し、オレたちを遥か前方へと、もの凄い勢いで送り込む。
出し惜しみはしない。最初から飛ばしていくぜー!
走るというより、どちらかというと低空飛行に近い状態。
より高速を実現するために、先端部に風よけを設置。気流の流れをコントロールする。
深夜の街道を青い流星が駆け抜ける。
魔力を帯びたスーラボディが淡く輝く。
右へ左へと曲がる度に、闇の中を蒼い残光の尾が揺れる。
「すごい……」
流れていく世界の目まぐるしい変化に驚くエメラさん。
美人に褒められるのは大層気分がいい。だからおっさんは調子に乗った。
《このまま街道沿いを進んでいたら周り道になるから、森の中を突っ切るぞ》
「えっ! ちょっ、ムーさん。キャッ」
日頃は鉄面皮な銀髪ハーフエルフの短い悲鳴に、オレのテンションは否が応でも上がりまくり。トップスピードのままで木々が生い茂り、モンスターどもが闊歩する夜の森へと突入した。
右、左、左、右、右、左、……多少の衝突は計算の上、高性能スラーボディがにゅるんと衝撃を吸収して受け流す。もちろん乗っているエメラさんには、傷ひとつ付けさせやしない。どうしても躱しようのない大きな岩などが前方に出現すれば、即座に魔法で吹き飛ばす。普段は威力が強過ぎるので封印している火魔法を放って道を切り開く。
「収納だけでなくこんな魔法まで使えたのですね」
《まぁな、威力がアレだから普段は使えないけどな》
「……たしかに」
初めのうちはオレのスピードに驚いていた彼女も、二時間も過ぎる頃になるとすっかり慣れてしまった、今では世間話に興じるほどに。さすがは元S級冒険者、胆力が半端ないぜ。
丁度いい機会だったので、オレはこれまでの自分のことを語って聞かせる。といっても主に森での孤独なサバイバル生活についてだがな。
「ムーさんは死の森の出身だったのですね」
辺境の城塞都市キャラトスより、更に人の足で南に十日ほど進んだ地域にある、広大な森を人々はそう呼んでいるそうな。希少な植物の宝庫なのだが凶悪なモンスターが多いことで有名とのこと。冒険者らの間では下手なダンジョンに潜るよりも、よっぽど危険だと認識されているのだとか。
自分が育った場所が、そんな物騒な名前だったなんて……おっさん、ちょっとショック。道理で出会うモンスターが、どいつもこいつも癖が強すぎると思っていたよ。
赤いドラゴンに至近距離にて遭遇した話をしたら、さすがのエメラさんも絶句していた。
かつて冒険者をしていた頃、自分も遠目にチラと飛んでいる姿を見かけたことがあるという。かなり距離が離れていたのにもかかわらず、視界に入った途端に体が硬直して動けなくなったとのこと。
まぁ、アレじゃあしょうがない。生態系の頂点とかいうレベルを超越しているからな。ドラゴンに関しては完全に別枠だ。神様側に片足を突っ込んでる。たぶん現在オレの最大最強最高威力の攻撃をもってしても、奴の鱗の数枚でも剥がせれば御の字だろう。それぐらいに遠い存在。アイツをどうにか出来る確率より、オレたちを煌々と照らす夜空の紅い月に行ける確率のほうが、グッと高いと思う。
そうこうしているうちに森を抜け荒地へと突入する。
デコボコして地面の起伏は激しいが、月のおかげで今宵の視界は良好。
ここでオレはギアを一段上げた。
グンッと加速する一体と一人。
光の矢と化したオレたちは夜を穿ち、真っ直ぐに突き進む。
《大丈夫か?》
「平気です。むしろなんだか楽しくなってきました。これは癖になりますね」
いくらスーラボディによって軽減されているとはいえ、加重による体への負担も軽くはない。それにもかかわらず余裕を見せるエメラさん。本当に大したお人だ。
《上等、でもあんまり無理すんなよ》
心配するオレに「ムーさんは随分とお優しいのですね」と答えるエメラさん。
表情筋は変わらず仕事をしていないというのに、少しだけ微笑んだように見えた彼女に、オレはドキリとさせられた。
そして屋敷中が静寂に包まれる頃。クロアの可愛い寝顔を見届けてから、外へ出ようとするオレの前に立ち塞がる者がいた。
「何処へ行かれるおつもりですか? ムーさん」
エメラさんだった。
いつものメイド服とは違う。ズボンに革の胸当てや具足などを着こんでいる冒険者スタイル。武器は見当たらないが、たぶん腕輪あたりがアイテム収納になっているのだろう。元S級冒険者ならば、それぐらいの魔道具を持っていても不思議じゃない。
オレはとぼけたフリをして通り抜けようとするも、彼女がそれを許してくれない。
「もう一度お訊ねします。何処へ行かれるおつもりですか?」
目つきが鋭くなり、声のトーンが一段下がった。
ここで押し問答をしていれば、それだけ貴重な時間を浪費してしまう。今は一刻を争う。彼女の真剣な顔を見れば誤魔化せる様子でもない。
《……これまでか》
オレは覚悟を決める。
にゅるんと触手を伸ばし、彼女の眼前にかざす。ツンツンという仕草をして「触れろ」と身振りで示す。
意味を理解したエメラさんが、躊躇することなく指先で触手に触れた。
「触手回線」技能を発動。
《聞えるか? オレの言葉がわかるか?》
突然に聞こえてきたオレの声に、ビクリとするエメラさん。だがそれでも彼女がオレから離れることはなかった。
「やはり……、知能があったのですね」
《悪かったな。ずっと黙っていて》
「いいえ。なんとなく理由は想像がつきますから」
《そうか。まぁ、詳しい話は後だ。それよりもそこをどいてくれないか?》
「メーサさまのところに行くのですね」
《あぁ、そうだ》
「クロアさまのためですか?」
《それもある、だがそれだけじゃあない。あの子もまたオレの中では、とっくに守るべき大切な存在なんだよ》
「大切な存在……」
《オレはさぁ、とっても我儘なんだよ。自分の大事なもんが蔑ろにされるなんて、どうしても我慢ならねぇ。メーサが死ぬ? クロアが泣く? 爺やエメラさんらが辛そうな顔をしているのを黙って眺めている? 冗談じゃないっ! そんな未来、オレは断じて認めない》
自分の想いをありのままにぶつける。
彼女はその言葉にじっと耳を傾けていた。
そして話を聞き終わるやいなや「わかりました。ならば私もご一緒させていただきます」と言った。
《体はオレが固定しているから、楽にしていてくれ》
体のサイズを大きくして、ホバークラフト形態をとったオレは、背中にエメラさんを乗せる。促されままに身を預ける彼女。格好は水上バイクにまたがる女ライダーといったところか。
《いくぜ! 飛ばすから怖ければ目を瞑ってろ》
魔力回路を活性化させて魔力を念入りに練りあげる。
純度を増した魔力を使い超圧縮された空気を産み出し、これを後方へと一気に吐き出す。
地面が抉れ、土煙が高く巻き上がり、嵐が産まれた。
それらのエネルギーをすべて我が身に受ける。
すると即座に推進力が爆発し、オレたちを遥か前方へと、もの凄い勢いで送り込む。
出し惜しみはしない。最初から飛ばしていくぜー!
走るというより、どちらかというと低空飛行に近い状態。
より高速を実現するために、先端部に風よけを設置。気流の流れをコントロールする。
深夜の街道を青い流星が駆け抜ける。
魔力を帯びたスーラボディが淡く輝く。
右へ左へと曲がる度に、闇の中を蒼い残光の尾が揺れる。
「すごい……」
流れていく世界の目まぐるしい変化に驚くエメラさん。
美人に褒められるのは大層気分がいい。だからおっさんは調子に乗った。
《このまま街道沿いを進んでいたら周り道になるから、森の中を突っ切るぞ》
「えっ! ちょっ、ムーさん。キャッ」
日頃は鉄面皮な銀髪ハーフエルフの短い悲鳴に、オレのテンションは否が応でも上がりまくり。トップスピードのままで木々が生い茂り、モンスターどもが闊歩する夜の森へと突入した。
右、左、左、右、右、左、……多少の衝突は計算の上、高性能スラーボディがにゅるんと衝撃を吸収して受け流す。もちろん乗っているエメラさんには、傷ひとつ付けさせやしない。どうしても躱しようのない大きな岩などが前方に出現すれば、即座に魔法で吹き飛ばす。普段は威力が強過ぎるので封印している火魔法を放って道を切り開く。
「収納だけでなくこんな魔法まで使えたのですね」
《まぁな、威力がアレだから普段は使えないけどな》
「……たしかに」
初めのうちはオレのスピードに驚いていた彼女も、二時間も過ぎる頃になるとすっかり慣れてしまった、今では世間話に興じるほどに。さすがは元S級冒険者、胆力が半端ないぜ。
丁度いい機会だったので、オレはこれまでの自分のことを語って聞かせる。といっても主に森での孤独なサバイバル生活についてだがな。
「ムーさんは死の森の出身だったのですね」
辺境の城塞都市キャラトスより、更に人の足で南に十日ほど進んだ地域にある、広大な森を人々はそう呼んでいるそうな。希少な植物の宝庫なのだが凶悪なモンスターが多いことで有名とのこと。冒険者らの間では下手なダンジョンに潜るよりも、よっぽど危険だと認識されているのだとか。
自分が育った場所が、そんな物騒な名前だったなんて……おっさん、ちょっとショック。道理で出会うモンスターが、どいつもこいつも癖が強すぎると思っていたよ。
赤いドラゴンに至近距離にて遭遇した話をしたら、さすがのエメラさんも絶句していた。
かつて冒険者をしていた頃、自分も遠目にチラと飛んでいる姿を見かけたことがあるという。かなり距離が離れていたのにもかかわらず、視界に入った途端に体が硬直して動けなくなったとのこと。
まぁ、アレじゃあしょうがない。生態系の頂点とかいうレベルを超越しているからな。ドラゴンに関しては完全に別枠だ。神様側に片足を突っ込んでる。たぶん現在オレの最大最強最高威力の攻撃をもってしても、奴の鱗の数枚でも剥がせれば御の字だろう。それぐらいに遠い存在。アイツをどうにか出来る確率より、オレたちを煌々と照らす夜空の紅い月に行ける確率のほうが、グッと高いと思う。
そうこうしているうちに森を抜け荒地へと突入する。
デコボコして地面の起伏は激しいが、月のおかげで今宵の視界は良好。
ここでオレはギアを一段上げた。
グンッと加速する一体と一人。
光の矢と化したオレたちは夜を穿ち、真っ直ぐに突き進む。
《大丈夫か?》
「平気です。むしろなんだか楽しくなってきました。これは癖になりますね」
いくらスーラボディによって軽減されているとはいえ、加重による体への負担も軽くはない。それにもかかわらず余裕を見せるエメラさん。本当に大したお人だ。
《上等、でもあんまり無理すんなよ》
心配するオレに「ムーさんは随分とお優しいのですね」と答えるエメラさん。
表情筋は変わらず仕事をしていないというのに、少しだけ微笑んだように見えた彼女に、オレはドキリとさせられた。
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