青のスーラ

月芝

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111 侵略者

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 現在、かつてないほどのピンチにオレは直面している。
 武力ならばいかようにも立ち向かおう。それだけの経験と鍛錬は積んできたつもりだ。
 だが今回は違う。為す術がない。
 侵略行為を黙って見ていることしか出来ない。

《オレは絶対にコイツには勝てない》



 三日前、クロアが何やら拾ってきた。
 薄汚れた毛玉の塊、四肢はある、形状からして犬っぽい何かだ。なにせ目が三つもあるからな。額に第三の目とかってちょっと格好いい。
 なんでも裏庭の隅っこで、蹲っていたのを見つけたらしい。
 浅く呼吸はしているものの、グッタリとして目も閉じられたまま。

「ムーちゃん、お願い」

 金髪美少女がオレにおねだり。
 近頃では、オレがアイテム収納内に色々と溜め込んでるのを知っているので、ときおりこのような手段を打ってくるようになった。とんだ小悪魔である。
 まぁ、別にイケずをする理由もないし、とりあえずオレ様印の元気が出るお薬を出していやる。ちなみに成分を抑える代わりに、味を調整して子供でも飲める甘い味に仕上げてある。
 何故だかオレが作るポーション類は、効能が増すほどに味が落ちていく。最高レベルの薬に関しては、飲んで死ぬほど苦しむか、飲まずに死ぬかの究極の二択を迫られるほどの味だ。なにせ死の森の屈強なモンスターどもが、泡を吹いてぶっ倒れるぐらいに不味いからな。

 クロアがスプーンにてチビチビと飲ましてやると、毛玉はすぐに息を吹き返す。
 半日も経つ頃にはすっかり元気を取り戻して、ガウガウと甘噛みするまでに回復。念のために一晩オレが付きっきりで様子を見て、翌朝には普通に出された食事をムシャムシャ。もう大丈夫かなぁ、と思ったら今度はその体の汚れが気になった。そこで洗浄技能を発動してキレイにしてやると、中から現れたのは真っ白なモフモフ。毛艶も素晴らしくサラサラで、手触りは言うことナシ。
 これにクロアとルーシーさんが速攻で陥落。
 次にメイドさんらも、あっという間に篭絡されてしまった。
 女の子らは特にモコモコに弱いからな。
 オレに洗濯物を押し付けて、モフモフを囲んでは、きゃあきゃあ騒いでいる。

《いや、別に手伝うのは構わないのだが、君たちはそれでいいのか?》

 そんな心配をしていたらメイド長のエメラさんが寄ってきた。
 あー、怒られると思っていたら、エメラさんもモコモコの方へ。
 まさかのメイド長まで堕とすとは、これにはオレもビックリ。
 そういえば……、改めて思い返してみればこの屋敷って、この手の生き物がほとんどいない。せいぜい馬舎にいる連中ぐらいだが、アイツらは伝説の覇王が乗るような、胸筋ムキムキだから、たとえ女子供といえども気安く触れさせない。自分が認めた相手にしか肌を許さない鋼鉄の操の持ち主。オレだって何度も馬房に足を運んで、せっせと身の回りの世話を手伝ったりして、ようやくだからな。
 その点、この白いのはお手軽だ。手を伸ばせばすぐそこに癒しが、この誘惑に抗える者はそうはいまい。なんだかんだで、みな日頃のお仕事で疲れているからな。

 などと余裕をかましていたら……。
 クロアがコイツと一緒になって、ベッドで寝ていたのを皮切りに、わずか数日のうちに次々とオレの居場所が奪われていった。
 わふわふと可愛らしい声で鳴いてはクロアの隣を占領し、ルーシーさんのけしからんお胸に抱かれ、メイドたちに囲まれてちやほやされ、ついには料理長からクッキーまでこっそりと貰っている。

 何と言う奴だろう。恩を仇で返すとはこのことだ。
 今ではもう、みんなオレのことなんて見向きもしない。所詮は便利な雑用係ぐらいにしか考えていなかったのか? などと憤慨もしたが、すぐにしゅんとへこむ。だってそうだろう。誰だって得たいの知れない謎生物の青いスーラなんかより、モコモコのふわふわの白い方がいいに決まっている。
 本当はもう少しクロアの成長を見守るつもりだったが、もはや彼女にとって、オレは必要ないのかもしれない。それにヒトの心は移ろうもの。どんなお気に入りだって、いずれは飽きて忘れられてしまう時が来る。きっとそれが今ということなのだろう。
 ならば立つ鳥後を濁さず。粛々とオレはここを去ることにしようと思う。
 爺には黙って行くとしよう。下手に声をかけたら面倒になりそうだしな。エメラさんに渡してある子機の分体は、タイミングをみて抜け出すように指示しておけばいいだろう。
 
 何年も世話になったクロアの部屋をざっと見渡す。
 ここに来てから本当に色んなことがあった。
 最後がこんな別れになることに、一抹の寂しさは隠せないが、この苦い想いもまた、いずれはオレの中で溶けて混ざり合って一つになることだろう。

《いざ、さらば。みなさま、どうかお元気で》

 オレはクロアの部屋の扉をそっと閉めた。
 屋敷を出て行こうとしたところで、肝心な人への挨拶をするのを忘れていることに気がついた。裏の林の奥に住み着いているナイスガイなドリアードのドリアードさんと、コギャルという名のドリアードの友人たち。コギャルは別にいいがドリアードさんには散々に世話になったし、きちんとお別れの挨拶しておくのが筋であろう。
 そう思って彼のもとへと向かったら、林の奥にでっかいモコモコがいた。

「あー、ムーさん、丁度よかった。今夜にでもお願いしようと思っていたところだったんだよ」
「チーッス。ムーにーやん。ゲンキっすかー」

 木の表面に浮いた顔は皺くちゃなのに、声が超爽やかさんなドリアードさんが、いきなり声をかけてきた。コギャルは相変わらずのようで何より。

《えーと、それはそうと、そちら様は一体どなた?》

「こちらはランドハイターのハロさん。とりあえず触手回線を開いてあげてくれないかな」

 促されるままにデッカイのに触手を伸ばして回線を繋ぐ。
 すぐに相手が話かけてきた。

「お初にお目にかかります。私、ハロと申します。この度は愚息がご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

 ぴょこんと頭を下げるデッカイの。
 すると額あたりの毛が動いて、そこに三つ目の瞳が姿を現した。

《愚息って、もしかしてあの子の……》
「はい。母でございます。あの子ったら、私がほんのちょっと目を離した隙にいなくなってしまって。慌てて匂いを追って来ましたら、宅様で手厚く保護されているご様子。一時は永遠の別れも覚悟しておりましたが、もうなんてお礼を申していいのやら」

 ヨヨヨと嬉し涙を浮かべるハロさん。改めて間近でよく見てみれば犬というよりは狐に近い姿をしている。あの子に比べて毛も随分と長い。でも何よりも気配がまるで感知できないことが驚きだ。

「あぁ、それはこの毛のおかげです。なんでだか探知系の魔力を吸収して働きを阻害しちゃうんですよ。おかげで敵に見つかりにくいですし、狩りも楽なんですが、油断しているといきなりバッタリなんてこともありますから」

 訊ねてみたらあっさりと答えてくれた。

「さて、こうして子供の無事が確認出来たのまでは良かったんだけど、お母さんが姿を現したら騒動になると思ってね。だったら君にお願いしようかと、相談していたところだったんだよ」

 ドリアードさんに言われて、ハロさんも「どうかお願いします」と頭を下げてきた。もちろんオレに否はない。迷子が母親のところに帰る、当たり前のことだ。ただ問題はすっかり懐いているクロアたちである。いきなり消えたら、さぞや心配することであろう。
 そこでハロさんにはもう一晩だけ、ここで待っていて貰うことにした。その間にオレが算段をつけると約束をして。
 とりあえず貯蔵していたお菓子類や食べ物なんかを大量に放出しておく。

《ちゃんと任されたから心配せずに、これでも食べて待っていてくれ》
「重ね重ねの御配慮、ありがとうございます」
「いつも悪いね。ムーさん」
「ニーやん、ゴチになるっス」
《いいから、いいから、じゃ行ってくるから。明日の朝、オレが合図をしたらハロさんは顔を出してくれ》
「かしこまりました」

 オレはドリアードさんにその場を預けて、急いで屋敷へと戻る。
 目当ての人物はメイド長のエメラさん。助力を請うならあの人しかいない。まだ起きてくれているといいんだけど。



 翌朝、オレから事情を聞かされたエメラさんが、クロアにすぐ近くに母親が迎えに来ていることを報せると、彼女は「よかった」と言って、実にあっさりとモコモコを手放した。幼くして母を亡くしているからこそ、母子は一緒にいたほうが良いと考えているのだろうか。それに比べて隣にいた大人のはずのルーシーさんの方が、未練たらたらである。

「別れに立ち会われますか?」
「ううん。やめておくわ。だって泣いちゃうもの」

 エメラさんの言葉にクロアはそう答えた。
 母親への引き渡しはオレとエメラさんによって、つつがなく行われる。
 ハロさんが姿を現すと、一目散に駆けていく小さなモコモコ。
 母は子の首を咥えると、軽く礼をしてそのまま林の奥へと消えて行った。
 その姿が完全に見えなくなるまで見送ってから、オレたちは屋敷へと戻る。

「三つ目の白い長毛……ランドハイターですか。獣人たちからは、神獣として敬われている幻のモンスターですよ。本当に貴方といると驚かされっぱなしです」
《えっ! そんなに凄い奴だったのか。道理でまるで気配がわからなかったハズだ》
「ええ、噂には聞いていましたが凄い能力です。あの巨体で領都の警備網どころか、こちらの警備体制をも、あっさりと潜り抜けているんですから」
《そうだな……、ところでクロアの奴は大丈夫かな》
「そうですね。先ほどはあのように強がっていましたが、きっと寂しい想いをしておられるかと。だからムーさん、お願いしますね」
《しょーがねぇなぁ。承りましょう》

 青いスーラがプヨンポヨンと跳ねていく。
 自分を必要としてくれている少女のもとへと。
 その後ろ姿を銀髪のハーフエルフが優し気な眼差しで見ていた。

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