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186 コロナと行き倒れ。
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適当に冒険者として活動したり、狩りをしたり、ご当地料理を堪能しながら旅を続け、そろそろ西の国境へと差し掛かろうかという森の中で、面倒事を拾った。
最初に気がついたのはコロナだった。
「マスター、あそこに行き倒れがいます」
言われて見てみると、確かに誰かが木の根元で倒れている。ただし行き倒れなんて生易しい状態ではない。折れた剣を握り、あちこちに深い切り傷がついて、破れた鎧姿の赤い髪の女戦士が、派手に血を流して、今にも息絶えそうな状態であった。
ここは街道より逸れた森の奥、普通は冒険者パーティーぐらいしか立ち入らないだろう。そんな場所に女が一人? 仲間とハグれたのか、もしくは怪我のために見捨てられたのか。どちらにしろ、見てしまったものは、放っておくのも気が引けるので、オレは治療のために側へと近づく。すると、うっすらと閉じらていた目が開く。すでに命の灯が消えようとしているのが、容易に見て取れた。
《生きたいか?》
触手回線を繋いで女に問いかける。
なぜそんな真似をしたのかは、自分でもよくわからない。もしかしたら、このまま逝くことを願っているのかも……、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
だが女は瞼を二度ほど閉じたり開いたりして、生きたいとの意志を示す。
だからオレは特製のポーションを女に与えた。
暗い森の中で、ぱちぱちと焚火が音を立てる。
怪我人を抱えたオレたちは、彼女を拾った場所から、ほど近いところにあった少し開けた岩場にて、野営をすることにした。
ポーションが効いているので、すでに体の傷は癒えている。ただしかなり血が失われていたので、しばらくは安静にさせておく必要があったのだ。
いまは火の側で安らかな寝息を立てている。
「それにしても、どうしてこのようなところで一人でいたのでしょうか?」
寝ている彼女を横目にコロナが言った。
《……わからん。ただ鎧にあったのは明らかな刀傷、それも一番大きいのが背中から切り付けられたものだ。たぶん不意打ちを喰らったんだろう。ザックリと跡がついているから、殺すつもりで放たれた一撃なのは間違いない》
「悪い奴に騙されたんでしょうか? そのような事案が発生すると、ギルドの職員の方に教えてもらいました」
長年燻っている中堅冒険者が、右も左もわからない新人や他国から流れてきた者などを言葉巧みに騙してパーティーを組み、森の奥で……、なんて胸糞の悪い事件が、ごく稀に起こるのは事実だ。
だが彼女の場合はどうだろう? 女が獲物ならば殺すよりも先に、なんて考えるのがゲスの思考だ。襲うにしたって、食事に薬でも盛って犯行に及んだほうが、よほど容易い。わざわざ背中から切り付けて、複数により滅多打ち。一見すると簡単そうに思えるが、反撃される恐れだってある。女だてらに冒険者をやっている以上は、けっして弱いなんてことはないのだから。ましてや彼女は剣士か戦士の類だろう。どうにもよくわからないな……。
《彼女が倒れていた付近に、戦闘の痕跡はなかった。たぶん違う場所で負傷して、あそこまで逃れて来たんだろう》
「では追跡者がいる可能性も?」
チラリとコロナの視線が木々の向こうへと動く。
オレはすかさず、その辺に転がっていた石を拾って、彼女の視線の先にある森の暗闇に向かって投げつけた。
「ぎゃっ」
料理人に鳥が首を縊られた時に鳴くような声がした。
立ち上がったコロナが声のした暗闇へと歩いて行き、しばらくして額の辺りに石がめり込んで息絶えている男を引きずって戻ってきた。
どさっと放り出された男は、斥候職が好むような身軽な格好をしていた。
「このお嬢さんを探しにきた方でしょうか」
《わからん、が、少なくとも好意的な視線ではなかったな。それにしても運の悪い奴だ。適当に投げた石を額に受けるだなんて》
「はい。おかげで貴重な情報源を失ってしまいました」
念のために周囲の気配を探ってみるも、他には反応なし。
どうやら単独にて動いていたようだ。きっとそれなりに優秀な斥候だったのだろう。
「どうしますか、これ」
《とりあえずそのまま転がしておけ。お嬢さんが目覚めたら訊いてみるとしよう》
「わかりました」
遺体を蹴飛ばして隅っこに寄せるコロナ。
どうやら自動人形の観点では、生き物が死んだら、それはモノとして処理されるらしい。だから途端に扱いが雑になる。彼女のそんな行動に、初めこそは眉をひそめていたオレも、じきに慣れてしまった。それにコロナは、なにもすべての遺体を粗末に扱っているわけではない。大切にされるべきモノにはちゃんと敬意を払う。雑に扱うのは大切にされる価値のないモノだけだ。この辺の死生観は、きっと造物主である天才殿の影響なのだろう。
この夜、ずっと新手が来ないかと警戒していたのだが、ついぞ何者も現れなかった。
そして朝日が昇る頃になって、ようやく眠り姫が目を覚ます。
女は、自分はコールブリタニアの元第四王女リシアだと名乗った。
コールブリタニア、ずっと南にある小国、確か武芸が盛んで、周囲をいくつもの国に囲まれる環境ながらも長らく命脈を保っている、豪の国だとオレは記憶している。
燃えるような赤い髪の質が良かったので、なんとなく高貴な出自の女だろうなとは思っていたが、まさかの王女さまだったとは。しかも「元」という辺りがどうにもきな臭い。
目覚めたリシアの手前、オレとコロナはいつものように主従を逆転させて接する。
「私はコロナ、冒険者です。森の中で倒れている貴女を見つけて保護しました」
「そうか……すまない、なんとお礼を言ってよいのか」
起き上がって丁寧に頭を下げようとするリシア。そんなところにも育ちの良さが伺えるが、いかんせんまだ体は本調子にはほど遠い。無理をしなようにとコロナが釘を刺し、再び寝かせる。
「重ね重ね申し訳ない。なんと不甲斐ないことか」
「あまり気になさらないように。それよりも、あんなところで一人で倒れられていた理由をお訊ねしても?」
「うむ。私もハッキリとはわからないのだが……」
供の者たちと遊学と称して、修行の旅に出たのが一年ほど前のこと。
あちこちを冒険者として回っていたのだが、この森の奥に足を踏み入れた途端に、背後から切りつけられた。それがこれまでずっと一緒に過ごしてきた仲間たちだったから、自分もワケがわからない。みな詫びの言葉を口にしながら斬りかかってくる。むざむざと殺されるわけにもいかないので、抵抗しながら夢中になって逃げ回っていたが、愛剣も折れてしまい、ついに力尽きたらしい。
「なるほど、突然の裏切りということですか、大変でしたね」
「うむ。はっきり言って腹立たしい限りだ。ずっと仲間だと思っていたのは、どうやら私だけだったようだな。所詮は元王女なんて、奴らにしたらたいした価値もなかったのだろう」
自虐気味な笑みを浮かべるリシア。
心なしか寂し気にも見える、が、それよりも瞳に宿る妖しい光の方が、オレには気になる。
あれは闘う者の目、闘いの中にしか己を見いだせない者が宿す光に似ている。
かつてそれを持っていた女騎士を、オレは知っている。
最初に気がついたのはコロナだった。
「マスター、あそこに行き倒れがいます」
言われて見てみると、確かに誰かが木の根元で倒れている。ただし行き倒れなんて生易しい状態ではない。折れた剣を握り、あちこちに深い切り傷がついて、破れた鎧姿の赤い髪の女戦士が、派手に血を流して、今にも息絶えそうな状態であった。
ここは街道より逸れた森の奥、普通は冒険者パーティーぐらいしか立ち入らないだろう。そんな場所に女が一人? 仲間とハグれたのか、もしくは怪我のために見捨てられたのか。どちらにしろ、見てしまったものは、放っておくのも気が引けるので、オレは治療のために側へと近づく。すると、うっすらと閉じらていた目が開く。すでに命の灯が消えようとしているのが、容易に見て取れた。
《生きたいか?》
触手回線を繋いで女に問いかける。
なぜそんな真似をしたのかは、自分でもよくわからない。もしかしたら、このまま逝くことを願っているのかも……、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
だが女は瞼を二度ほど閉じたり開いたりして、生きたいとの意志を示す。
だからオレは特製のポーションを女に与えた。
暗い森の中で、ぱちぱちと焚火が音を立てる。
怪我人を抱えたオレたちは、彼女を拾った場所から、ほど近いところにあった少し開けた岩場にて、野営をすることにした。
ポーションが効いているので、すでに体の傷は癒えている。ただしかなり血が失われていたので、しばらくは安静にさせておく必要があったのだ。
いまは火の側で安らかな寝息を立てている。
「それにしても、どうしてこのようなところで一人でいたのでしょうか?」
寝ている彼女を横目にコロナが言った。
《……わからん。ただ鎧にあったのは明らかな刀傷、それも一番大きいのが背中から切り付けられたものだ。たぶん不意打ちを喰らったんだろう。ザックリと跡がついているから、殺すつもりで放たれた一撃なのは間違いない》
「悪い奴に騙されたんでしょうか? そのような事案が発生すると、ギルドの職員の方に教えてもらいました」
長年燻っている中堅冒険者が、右も左もわからない新人や他国から流れてきた者などを言葉巧みに騙してパーティーを組み、森の奥で……、なんて胸糞の悪い事件が、ごく稀に起こるのは事実だ。
だが彼女の場合はどうだろう? 女が獲物ならば殺すよりも先に、なんて考えるのがゲスの思考だ。襲うにしたって、食事に薬でも盛って犯行に及んだほうが、よほど容易い。わざわざ背中から切り付けて、複数により滅多打ち。一見すると簡単そうに思えるが、反撃される恐れだってある。女だてらに冒険者をやっている以上は、けっして弱いなんてことはないのだから。ましてや彼女は剣士か戦士の類だろう。どうにもよくわからないな……。
《彼女が倒れていた付近に、戦闘の痕跡はなかった。たぶん違う場所で負傷して、あそこまで逃れて来たんだろう》
「では追跡者がいる可能性も?」
チラリとコロナの視線が木々の向こうへと動く。
オレはすかさず、その辺に転がっていた石を拾って、彼女の視線の先にある森の暗闇に向かって投げつけた。
「ぎゃっ」
料理人に鳥が首を縊られた時に鳴くような声がした。
立ち上がったコロナが声のした暗闇へと歩いて行き、しばらくして額の辺りに石がめり込んで息絶えている男を引きずって戻ってきた。
どさっと放り出された男は、斥候職が好むような身軽な格好をしていた。
「このお嬢さんを探しにきた方でしょうか」
《わからん、が、少なくとも好意的な視線ではなかったな。それにしても運の悪い奴だ。適当に投げた石を額に受けるだなんて》
「はい。おかげで貴重な情報源を失ってしまいました」
念のために周囲の気配を探ってみるも、他には反応なし。
どうやら単独にて動いていたようだ。きっとそれなりに優秀な斥候だったのだろう。
「どうしますか、これ」
《とりあえずそのまま転がしておけ。お嬢さんが目覚めたら訊いてみるとしよう》
「わかりました」
遺体を蹴飛ばして隅っこに寄せるコロナ。
どうやら自動人形の観点では、生き物が死んだら、それはモノとして処理されるらしい。だから途端に扱いが雑になる。彼女のそんな行動に、初めこそは眉をひそめていたオレも、じきに慣れてしまった。それにコロナは、なにもすべての遺体を粗末に扱っているわけではない。大切にされるべきモノにはちゃんと敬意を払う。雑に扱うのは大切にされる価値のないモノだけだ。この辺の死生観は、きっと造物主である天才殿の影響なのだろう。
この夜、ずっと新手が来ないかと警戒していたのだが、ついぞ何者も現れなかった。
そして朝日が昇る頃になって、ようやく眠り姫が目を覚ます。
女は、自分はコールブリタニアの元第四王女リシアだと名乗った。
コールブリタニア、ずっと南にある小国、確か武芸が盛んで、周囲をいくつもの国に囲まれる環境ながらも長らく命脈を保っている、豪の国だとオレは記憶している。
燃えるような赤い髪の質が良かったので、なんとなく高貴な出自の女だろうなとは思っていたが、まさかの王女さまだったとは。しかも「元」という辺りがどうにもきな臭い。
目覚めたリシアの手前、オレとコロナはいつものように主従を逆転させて接する。
「私はコロナ、冒険者です。森の中で倒れている貴女を見つけて保護しました」
「そうか……すまない、なんとお礼を言ってよいのか」
起き上がって丁寧に頭を下げようとするリシア。そんなところにも育ちの良さが伺えるが、いかんせんまだ体は本調子にはほど遠い。無理をしなようにとコロナが釘を刺し、再び寝かせる。
「重ね重ね申し訳ない。なんと不甲斐ないことか」
「あまり気になさらないように。それよりも、あんなところで一人で倒れられていた理由をお訊ねしても?」
「うむ。私もハッキリとはわからないのだが……」
供の者たちと遊学と称して、修行の旅に出たのが一年ほど前のこと。
あちこちを冒険者として回っていたのだが、この森の奥に足を踏み入れた途端に、背後から切りつけられた。それがこれまでずっと一緒に過ごしてきた仲間たちだったから、自分もワケがわからない。みな詫びの言葉を口にしながら斬りかかってくる。むざむざと殺されるわけにもいかないので、抵抗しながら夢中になって逃げ回っていたが、愛剣も折れてしまい、ついに力尽きたらしい。
「なるほど、突然の裏切りということですか、大変でしたね」
「うむ。はっきり言って腹立たしい限りだ。ずっと仲間だと思っていたのは、どうやら私だけだったようだな。所詮は元王女なんて、奴らにしたらたいした価値もなかったのだろう」
自虐気味な笑みを浮かべるリシア。
心なしか寂し気にも見える、が、それよりも瞳に宿る妖しい光の方が、オレには気になる。
あれは闘う者の目、闘いの中にしか己を見いだせない者が宿す光に似ている。
かつてそれを持っていた女騎士を、オレは知っている。
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