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109 永遠の国編 死神の鎌
しおりを挟む忘れられし女神を信奉するジルス教国の争乱以降、不穏な事件が世界各地で続発しており、どうにも世相が不安定な印象が拭えない。
そこはかとなく流れる不気味な何かが、人心をザワつかせる。
そんな最中にあって、イクロス王子の人使いの荒さが留まることを知らない。
効率重視、時は金なり、を信条とする彼は、とにかく無駄と無能を嫌う。
通信だけでは済まない案件のために、フクロウフォームの全速でも数日かかる他国にまでパシらされる。いくら戦えるとはいえ、十才のちんちくりんな女の子を、遠慮なく使い倒すのはどうかと思う。
方々を飛びまわっていた、そんなある日のこと。
たまたま休憩に立ち寄った異国の街で、私はアナちゃんという一人の小さな女の子と知り合った。
肩まで伸びた栗色のくせっ毛の先っぽが跳ねており、動くたびにこれがピコピコ揺れる姿が愛らしい。見ていてほっこりする。
そんな小さな女の子が、街のすぐ側とはいえ、森の中で一人薬草を摘んでいるのを見かねて、ついこちらから声をかけたのが、私たちの馴れ初め。
妹を産んで産後の肥立ちがよくないお母さんを支えるために、こうやって薬草を集めては、それを売って日々の生活を営んでいるアナちゃん。
お父さんは半年ほど前に事故で他界しており、色々と大変ながらも懸命に前を向いて生きている頑張り屋さん。
感心した私は、一緒に薬草を集めるのを手伝ったり、森でとれる食材なんぞを集めたりしているうちに、すっかり仲良くなった。
以降、この地方へと来る際には必ず立ち寄り、それとなく滋養のいい食べ物や薬なんぞを差し入れて、アナちゃん一家を応援するようになる。
自宅にも招かれて、少しやつれているけれども優しそうなお母さんや、産着姿の可愛い妹を紹介してもらったこともある。
その時には、確かにお母さんは快方に向かっているように見えたんだ。
それなのに……。
出張帰りに、いつものように街へと立ち寄る。
すぐ異変に気がついた。
ヒトの気配が極端に少ない。街の中が閑散としている。
どうにも嫌な予感がして、急いでアナちゃんの家に向かい、玄関の扉を叩く。だが応答はなく、家の中はしんと静まりかえっていた。
そこにちょうど、見覚えのある近所の老人が通りかかる。
そして彼の口より、この街に何が起こり、彼女がどうなったのかを知る。
「コホン」空咳をし始めたのは誰であったろうか。
気がついたときには街中のそこかしこで、同様な咳が絶えず聞こえるようになっていた。一人が高熱を発して三日の後にあっさり死んだ。そこから死の連鎖が始まる。連日、葬儀が続き、住人たちが目減りしていく。
明らかなる異常事態を受けて、街の責任者は国に助けを求めた。
その結果、街のみんなを待っていたのは、封鎖という非情な対応であった。国は伝染病とおぼしき症状を聞き及び、この拡大を恐れたのだ。
その判断は施政者として、きっと正しいのであろう。
だが渦中にて見捨てられた者たちにとっては、悪夢というよりほかにない。
次々と亡くなっていく住人たち。街は死の製造工場と化す。
この地獄より抜け出そうと試みる者らもいたが、街を取り囲む兵らに容赦なく殺され、その骸が街へと放り込まれた。
このままではきっと街の住人の全員が死滅するだろう。そう誰もが絶望しかけたとき、ふらりと現れた旅の医師がいた。彼は街を封鎖している兵らの制止をふりきり、自らの意志にて街へと足を踏み入れる。
背の高い痩せぎすな男。ヨレヨレの白衣姿、見た目こそは怪しげな男ではあったが懸命に治療を続けて、なんとか病を撃退しようと孤軍奮闘する。感染を恐れず、どこまでも患者に寄り添おうとする。その真摯な態度にどれほどの人々の心が救われたであろうか。
だがそれでも救いの手の隙間から零れ落ちていく命はなくならない。
死神の鎌は、容赦なく振るわれ続ける。
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