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160 獄炎のキミフサ

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 異世界転移? ギフトにスキル? 勇者となって魔王軍と戦い世界を救う?
 いきなり神を名乗る老人に呼びつけられて、こんなことを言われて浮かれる奴は、きっと頭の中でウジが湧いているのだろう。
 冗談じゃない! どうして僕がそんなことをしなければならない! 見ず知らずの者たちのために命懸けで戦わなくちゃいけないのか!
 それにこれまでコツコツと積み上げてきた実績や努力はどうなる?
 学年で首位をとり続けることが、たんなる頭の出来不出来や教育環境のみで成せることだと、本気でおもっているのか?
 多くの犠牲を払った上にようやく成り立っているというのに。
 それをどいつもこいつも……。
「キミフサくんは天才だから」とか「キミフサくんは頭がよくて羨ましい」とか。
 ふざけんなっ!
 てめえらがお友だちモドキと青春ごっこに興じている間に、僕がどれだけ犠牲を払い、必死になって歯を食いしばり、寝る間も惜しんで努力を重ねていたのかを知りもしないくせに。
 そんな言葉で簡単にすますんじゃねえよ!

 異世界転移は決定事項にて拒否権はない。
 すでにもとの世界では事象の改ざんが行われており、自分が存在したという痕跡がすべて消されてしまっているから、戻ったところで居場所はない。腹を痛めて産んだじつの母親すらもが我が子と対面しても「どこのどなた?」状態なんだそうな。
 そう告げられて、抵抗するだけムダだと悟った僕は、早々に頭を切り替えた。
 変えようのない理不尽な現実。これを前にして、ただ不平不満を喚き散らすなんて愚かなことでしかない。
 周囲や世界をどうにかするよりも、自分自身を変えるほうがよっぽど手っ取り早い。主義主張、ちんけなプライドなんかに固執するのはバカげている。
 だから僕は神の要請を受け入れて、すぐにギフトの選定に入る。

「へー、いろいろあるな。けど早い者勝ちだというし、あんまりのんびり選んでいる時間はないか。うん? 人形召喚、何だコレ? ヌイグルミを呼べるだって、くだらない。そうか、数が多い分、なかにはハズレギフトもあるのか。ならばなおさら慎重に、だがもたもたしていたらハズレを押しつけられてしまうから、いそがないと……」

 ノットガルドとかいうあちらの世界は戦乱の真っ只中らしいので、戦うチカラが必要。いかなる正論も正義も想いも、暴力はあっさりと覆す。チカラなき主張、チカラなき正義は無力。
 たとえ世界は違えども、これだけは変わらない。弱者はどこまでも踏みにじられて喰い物にされるばかり。
 だから僕は「獄炎」というギフトを選んだ。
 これは強力な炎の魔法を自在に操る異能。
 そして目覚めたスキルは「支配力」というもの。
 味方のチカラを三割増して 敵のチカラを三割削ぐ。
 スキルは元来の才能やら心の奥底に潜んでいる願望が影響するという話であったが、他者へと影響力を及ぼす異能なんて、いかにも人の上に立つべき者にふさわしいチカラじゃないか。
 敵味方に三割の増減。つまり両者の差は最大で六割にも及ぶということ。
 これは実戦においてかなりの脅威であろう。それこそ不利な局面を容易にひっくり返すほどの。
 これでどうにかやっていけるはず……。
 けれどもそんな考えが甘かったことは、召喚直後、すぐに思い知らされた。

 召喚直後、いきなり両端から屈強な男たちに抑えつけられ、首輪のようなモノを装着される。
 そして「それは隷属の首輪。逆らえば苦痛に襲われる。それでもなお反逆の意志アリとみなされれば、首が飛ぶ」と告げられた。もちろん無理に外そうとしても同じ。
 ある程度の用心はしていたつもりだった。けれども、しょせんは何の訓練も受けていない素人。それも平和ボケした国の学生の想定なんて、何の役にも立たない。
 召喚先のダロブリンにて、異世界渡りの勇者とは国の所有物。
 公僕どころか国の奴隷。使い潰すための便利な道具。これはけっして誇張なんかじゃない。文字通りの意味。生かすも殺すもご主人さまの気分次第。
 なかには「聞いていたのと話がちがう」とわめいて抗議する者もいたが、そんな声は首輪がもたらす苦痛によってあっさりと封じられた。
 全身を刺すような耐えがたい痛みは想像を絶しており、まず二度とは逆らおうなんて考えられなくなる。理不尽な暴力にて、ちっぽけな意気地や誇りなんてあっさりへし折られる。
 そこから先は戦々恐々にて、みな自分の身を守ることに必死だった。
 自身のチカラを示し、有能さを示し、価値を示し、従順なイヌと成り下がり懸命に尻尾をふって、少しでも立場を確立するしかない。
 そうしなければ即座に聖魔戦線の激戦区送りとされたから。
 魔王軍と戦っている連合軍に兵や勇者を派遣すると、その見返りにてかなりの額の支援金が国にもたらされるらしい。
 健全な精神の持ち主ほど、まっさきに脱落していく。なかには精神に異常をきたして、自ら首輪に手をかけて命を絶った者もいた。
 それでもあっさり死ねた奴はまだしあわせだったのかもしれない。
 なまじ生に固執するほどに、より醜悪な怪物へと変貌していく自分の姿を、鏡の中に見なくてすんだのだから。

 魔王が率いる魔族との激しい争いを続けている前線送りを賭けたサバイバルゲーム。
 ある者は権力者に媚びへつらい、ある者は友を裏切りかつての仲間を蹴落とし、ある者は自力にて踏みとどまり、なかには酔狂にも自ら志願して出征する者もいた。
 僕はギフトによる圧倒的な火力ゆえに、さる王族の目にとまり彼の子飼いになることで、ゲームにどうにか生き残ることができた。
 命じられるままに炎を放つ。
 人を焼いた。賊も焼いた。敵の兵も味方の兵も焼いた。モンスターやケモノも焼いた。男も女も年寄りも子どももたくさん焼いた。ときには村を丸ごと焼いたこともある。
 そのときの理由は、「みすぼらしい村があると景観を損なうから」とかだったか。
 呆れる話だろう? こんなことを平然と命じるクソが中央で踏ん反り返っているようなところ。それがダロブリンという狂国。
 朱に交わればなんとやら。
 そんな場所で生きるために、僕もすぐに腐っていったよ。

 でもね。そんな僕の前にある日、天使が舞い降りた。
 勇者召喚の儀を執り仕切っている聖クロア教会。その総本山より遣わされたという美しい人が僕に言ったんだ。

「あなたさまこそが、この混迷するダロブリンを、ひいてはノットガルドを、世界を救う真の勇者なのです」

 南国の海を彷彿とさせる鮮やかな青い瞳。陶器のように滑らかな白い肌。心地よい音色のような声を奏でる唇は花の蕾のよう。そこにいるだけで世界が幻想的な輝きを放つ。
 艶のあるブルネットの長い髪をした、その麗しき女性の名はグリューネ。
 そんな女の人から耳元でささやかれたら、たいていの男はすぐにその気になるだろう。
 でも僕はこれまでの経緯もあって、素直に頷くことができない。
 煮え切らない態度の僕に彼女が手をのばす。その細く長い指の先でそっと首筋を撫でた。
 すると信じられないことに、隷属の首輪がポロリと外れたんだ!
 信じられなかった。わけがわからない。
 特殊な魔法と呪法を複雑に組み込まれた品にて、絶対に自力解除は不可能だと言われていたのに。
 実際に自分でも調べてみたから、それは間違いない。
 なのにこの人は……。
 突然の解放。あまりのことに呆然とするばかりの僕。
 そんな僕の目をじっと見つめて、彼女は重ねて言ったんだ。

「すべては女神イースクロアさまのご意志。わたしはキミフサさまを補佐するために遣わされたのです」

 かくしてヒロインの登場によって、僕の異世界物語が動き始める。


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