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163 終焉のダロブリン
しおりを挟む第一の聖騎士ゼニスの命を受けて、はるばる狂国ダロブリンへと赴いた第九の聖騎士グリューネ。
この国をかく乱し、ひいては周辺国をも巻き込んでの大騒動へと発展させるのが目的。
かつてリスターナで実行したのと同じこと。もともと屋台骨がグラついているダロブリン。だから今回の任務は楽勝だとグリューネは考えていた。
はじめは王族の誰かに働きかけようかと、ターゲットを吟味しているときに、勇者キミフサを発見する。
獄炎という炎を自在に操る強力なギフト。
敵味方に大きく作用する支配力というスキル。
能力的には優秀な男。知能もかなり高い。だがそれゆえに王族の手元にて飼い殺されるという憂き目にあう。いっそのこと聖魔戦線へと赴いていれば、あちらで英雄としての未来も切り開けたかもしれないというのに。
どうやらこの男は保身に走ったようだ。
だがそれはべつにキミフサに限ったことではない。争いを好まないのは、もともと異世界転移者にはよく見られる傾向。あちらはよほど平和で安穏とした世界なのだろう。
キミフサの態度や瞳の奥に、ウツウツとしたものが潜んでいることを察したグリューネは予定を変更して、彼を中心にして騒乱を企てることにする。
ある程度の殺戮に手を染めて、いっぱしの悪党気取りのガキを手玉にとることは、じつに簡単であった。
隷属の首輪を外してやり、「あなたこそが女神さまに選ばれた真の勇者。いまこそ革命のとき」なんぞと甘い声でささやけば、あっさりとその気になる。
お情けで何度か寝てやれば、すっかり骨抜きにてこちらの言いなりに踊ってくれるのだから、男なんて単純なもの。あまりの愚かさゆえに、逆に憐憫の情が湧いて、ちょっとかわいくおもえたりするからふしぎ。
解除された隷属の首輪のかわりにニセモノをつけて、表向きはいつも通りにご主人さまに尻尾をふる忠実なイヌのふりを続けさせる。
ダロブリンが女神さまより賜った勇者の数は三十。
そのうち五名はすでに死亡。十七名が聖魔戦線送りとなり、本国に残っているのは八名。
その中から使えそうな面々を三名ばかし選んで勧誘し、こちらの陣営に組み込む。
残りは体制側にどっぷりと呑み込まれており、あまりにも腐りきっていたので惜しいが切り捨てることにした。
じきに第七十九次聖魔戦線に送り込まれていた連中の生き残りが返還されてくる。
当初の計画では、そちらの中からも有力な者に声をかけてから、いざ行動を起こす予定であった。
みな不平不満をたらふく抱え込んでいるはずなので、さぞや激しく踊ってくれることであろうと、グリューネは一人ほくそ笑む。
聖魔戦線から生きて帰ってきた勇者は、たったの六名。他はすべて戦死、もしくは行方不明。
もともと実力や能力がいまいちと判断されて、手元に置いておく価値なしとされた者たちばかり。一人だけ自ら志願して戦場へと赴いた変わり種もいたそうだが、そいつは無事に生還を果たす。いや、正確には無事ではない。なにせ左腕を失っていたのだから。
傷だらけの将兵たちを率いて粛々と帰ってきた、その片腕の勇者は名をエイジといった。
冷気を自在に操る絶対零度のギフトと、冷気を喰らうことで体力や魔力を回復させるスキルの持ち主。理論上では半永久に魔法を使い続けることが可能な男。
幾多の死線を潜り抜けてきたエイジの眼を見た時、グリューネは己が早計をはげしく後悔した。
「ことを急ぐあまりはやまった。これほどの逸材だとわかっていたのならば、下準備だけすませて、彼が帰るのを待っていたというのに」とほぞを噛む。
エイジの双眸には強い光が宿っている。
それは英雄の光。彼がどうして自ら志願してまで戦場へと赴いたのか。
すべては己の未来を切り開くため。戦いにてチカラをたくわえ、自分や自分の同胞たちを苦しめる元凶を排除する。
おそらくは出先にて他国の者らと交わることで、隷属の首輪から解放される方法をも模索するつもりであったのだろう。不敵な様子からして、それは成されているとみていいだろう。
なんという胆力、なんという行動力、そして不屈の魂の持ち主。
頭の出来こそは同じぐらいであろうキミフサとエイジの二人。だが両者の間には決定的な差がある。明確なる格の違いが横たわっている。
これは生まれ持った資質。英雄は英雄足り得る魂と器を持って生まれてくるもの。
ゼニスさまからの命令を果たすには、エイジの協力が不可欠。
そう判断したグリューネは、すぐさまキミフサにエイジをとり込むようにと進言する。
が、これは完全なる悪手であった。
グリューネはまたしても見誤っていたのだ。勉強ばかりしてきて色恋になんら免疫のない若者の、嫉妬の炎がいかに激しいのかということを。
彼女に煽るつもりがなくとも、「エイジは優秀だから、ぜひ革命の同士に迎えましょう」という言葉が、どれほどキミフサの自尊心を傷つけたか。対抗心に火を注いだか。
キミフサの機嫌を損ねたことをすぐに察したグリューネは、どうにか彼をなだめすかして、いったんは嫉妬の炎を鎮めることに成功する。
しかし悪いことというものは重なるもの。
そんなタイミングにてキミフサの飼い主である王族が、「あの聖クロア教会から派遣されている女が気に入った。おまえちょっと行って攫ってこい」とか命じてしまう。
グリューネをすっかり自分のモノだと勘違いしているキミフサはこれに激怒。「ふざけるな! このクソ豚がっ!」
これまでため込んできたモロモロが一気に吹き出し、ついに行動を起こしてしまう。
その場に居合わせた面々を、全員、生きながらに焼き殺し、その勢いのままに王城を焔が席巻。
期せずして上がった反逆の狼煙。
これにグリューネがあわてたのはいうまでもない。
荒れ狂う獄炎が王都を席巻する。
すでに理性が飛んでおり、完全に暴走状態となっているキミフサをグリューネは早々に見限って逃走する。
そんな彼女と入れ違うかのようにして、キミフサの前に立ち塞がったのがエイジ。
炎と氷、相反する二人がここに激突。
ついには互いが炎の魔神と氷の魔神となりて、殺り合うことになった。
「あとは御覧のとおりよ。みんな消し飛んでしまったわ」
グリューネの説明はここでお終い。
話をきいたわたしの感想としては「男ってバカだよねえ」である。
青い目をしたお人形さんの感想は「惜しい人材を亡くしました」とのこと。ちなみに彼女が惜しんでいるのはエイジの方だけね。
それにはグリューネもウンウン頷いている。
ひと通りの話を聞き終えたわたしたちは帰ることにした。
「自分を殺すなり捕まえるなりしないのか?」とふしぎがるグリューネ。
でもわたしは首をふるふる。
「さすがに今日はもうお腹いっぱい。あれを見た後じゃあ、ケンカをするのが阿呆らしくなっちゃったもの。それに今回は完全にうちが出遅れたし。結果としてはとりあえずそちらの勝ちでしょう? いまさら殺り合ったところで結果はかわらないもの。じゃあ、そういうことで。グッバイ、アディオス」
ルーシーが煙玉をボフン。
視界が煙幕にすっかりおおわれたところで、わたしとお人形さんは亜空間へ飛び込む。
煙が晴れると、そこにはポツンと独りとり残されたグリューネの姿があった。
「気配がまるで感じられない、完全に消えた? といういことは、あのヘンテコな女か奇妙な人形のどちらかが空間系の能力持ちか……。ちっ、まぁ、いいさ。こっちも予定外のことが起こり過ぎて、正直しんどかったし。今回はありがたく勝ちを譲ってもらっておくとしましょうか。って、しまった! あの小娘の名前を聞くのを忘れた。コンチクショーめ!」
ひゅるりと無人の荒野に吹く風に、美女の叫びが木霊する。
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