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 期待していた西の廃坑へと赴いた者たちからの報告はかんばしくなかった。
 出入口が一か所しかなく、中も入り組んでおりあまり広くない。しかも警備が厳重にて、常に明かりが灯っている。
 強引に押し入るのならば楽勝だが、こっそりと潜入するにはちとムズカシイとのこと。
 この報告を受けて「いっそ制圧しちゃうか」との誘惑にかられるも、人質のことを思い出し、ここはグッとこらえる。
 見張りを継続させておいて、わたしは帝都内の観光……ゲフンゲフン、じゃなくって探索を続けるも成果なしにて、ズルズルと過ごすこと三日目。
 帝都日報の朝刊の片隅に、こんな小さな記事の見出しが掲載されているのを発見する。

『迷子発見される。母子感動の再会』

 ほんの十行にも満たない内容にて、地方より観光で帝都を訪れていた親子がうっかりはぐれてしまい、うんぬんかんぬん。
 政治経済関連ばかりのお堅い情報の中で、ぽつんと一つだけほっこり。
 新聞を眺めながらわたしは「これって、連中が言っていたメッセージなのかな」
「おそらくは。しかしなんとも回りくどいやり方です。これで訪ねて行ったらちがったとかだったら、とんだ赤っ恥ですよ」
 青い目をしたお人形さんも肯定したところで、ノノアちゃんを連れて出かけることにする。
 ブランシュはお留守番ということにやや難色を示すも、母恋しさが勝ったらしく、どうにか納得してもらう。さすがに連れ歩くにはデカすぎるもの。
 ひさしぶりに母親と会えるとあって、幼女はニコニコご機嫌だ。
 迎賓館へと向かう道すがら、わたしはルーシーに確認をとる。

「ノノアちゃんのマーキングは?」
「ばっちり完了しています。チャンスがあればジョアンと名乗ったあの聖騎士やベルさんにも行う予定です」
「うちのみんなは大丈夫?」
「アルバをはじめ準備を整えて亜空間内および、たまさぶろう内部にて待機中です。いつでも出動できる手筈になっています」
「そう。あっ、グリューネのヤツはどうしてる? あれから何か動きがあった?」
「グリューネですか、えーと、マーキング情報ではずっとアルチャージルにて停止したままですね。おそらくバカンスを満喫しているのかと」
「……自分からきいておいてなんだけど、なんかムカつく」
「それについては同意見ですが、いまは目の前のことに集中しましょう」
「わかってるよ、ルーシー。最悪、戦闘になることも覚悟してる。優先事項はノノアちゃんとベルさんの安全および身柄確保。これだけは絶対だから」
「了解です」

 そんな感じでいつになく気合を入れて、準備万端にて乗り込んだのだけれども……。

 この前と同じように迎賓館の奥の部屋に案内されたわたしたち。
 ちょっと違ったのは、今回は聖騎士ジョアンが中までついてきたこと。
 彼はスタスタと部屋の奥の壁際にいくと、そこで以前と同じように直立不動の姿勢をとる。
 母親の姿を見つけて、「おかあさまー」とトテトテ駆け出すノノアちゃん。
 ヒシと抱き合うベルさんとノノアちゃん。
 呼び出しの新聞記事にあったように、母子の感動の再会のシーン。これにはわたしもちょっとうるうる。
 で、「よかったね」とわたしたちが二人に近寄ろうとしたところで「ガン!」という衝撃にて、行く手を阻まれる。
 オデコと鼻の頭をモロにぶつけてアウチ。

「あいたたた……、って何これ?」

 宙にペタペタ手で触れると、見えない壁みたいなものがある。
 これがわたしたちとノノアちゃんたちの間を遮っており近づけない。
 ルーシーがすかさず見えない壁に向かってショットガンをぶっ放す。わたしもそれに倣い、これを撃ち破るべく左手の人差し指式マグナムを発射。
 が、信じがたいことが起こった!
 ルーシーの弾丸はともかく、これまでいかなる結界や防御をも貫いてきたわたしの一撃。それまでもが通じなかったのである。
 放った弾丸が見えない壁に接触したとおもわれた矢先に、まるで見当違いのところへと飛んで行ってしまった。

「うそっ! 効かない!」
「ちがいますリンネさま。いまの様子からして攻撃を逸らされたみたいです」

 見えない壁は、たんなる平面ではなくって弧を描くような形状をしており、こちらの直線的な銃撃は表面にて受け流されたらしい。
 もう一度攻撃を放つも、やはり結果は同じ。
 あわてるわたしたちを尻目に、透明な壁の向こうでは、部屋の奥の壁にあった隠し扉が開いて、中からあらわれた騎士たちがぞろぞろ。嫌がる母子を連れ去ろうとしていた。

「ムダだ。チカラだけではこの『不可視の盾』は破れんぞ。ご苦労だったな。二人はもらっていく」とジョアン。

 このままむざむざ逃がしてなるものかと、わたしは左手首を向けてロケットランチャーの発射体勢をとる。これならば接触したとたんにドカンといくから攻撃を逸らせまい。
 すると危険を察知したのか急に反転したジョアン。一気にこちらへと駆け寄る仕草をとる。
 踏み込みに合わせて強い衝撃を喰らって、わたしのカラダが後方へと吹っ飛ぶ。
 不可視の盾を叩きつけられたらしい。いわゆるシールドバッシュとかいう技。ゲームで見たことがあるぞ。
 強烈な一撃にて部屋の端まで飛ばされる。
 固い壁に背中をモロにぶつけて「かはっ」と空気を吐き出す。カラダが前のめりにぐらり、そのまま床へと倒れそうになったので、咄嗟に手をつこうとしたのだけど。
 目の前にあるはずの床がなかった。
 ぽっかりと大きな暗い穴が開いている。
 そこへと呑み込まれるようにして落ちていくわたしのカラダ。
 ルーシーの「リンネさまっ!」と叫ぶ声が聞えたのだが、その声は爆発音によってかき消された。
 爆風に煽られることで、わたしのカラダはさらに落下速度を加速させ、あっという間に奈落の底へと引きずりこまれていく。
 くそっ! またしてもしてやられた。
 不可視の壁、落とし穴、屋敷の爆破……、どうやら敵は二重三重にも罠を仕掛けていたらしい。
 ルーシーのことだからきっと大丈夫だろうけれども、このままでは済まさないからな!
 こんちくしょうめ、覚えてろよー!


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