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ポン、と急に地面が現れたような……そんな気がした。
突然変わった地面の触感に驚いたフロティナは思わず床を見る。
大理石のような素材のそこには、真っすぐ上質な絨毯が敷いてありその先に――――――――玉座に女性が座っていた。
「礼を言いに来たか」
その女性は肘置きに肘をつき、ゆったりとした様子でそう言ってバルカンに微笑み掛けた。
女性の手の甲はびっしりと赤いうろこで覆われていて、それが照明を反射させキラキラと宝石のように光り輝いている。
「痣を消して欲しく参りました」
バルカンはその女性の前までゆっくり歩くと、膝をつき俯きながら発言した。フロティナもそれに倣い、膝をついて頭を垂れる。そうするのが正解だと思ったからだ。
「……ほう痣を?お前が喜ぶと思ったんだがの」
女性は目を瞬いてそう言った。明らかに「心外だ」と言っている。
「我々の痣の発現は事故のようなものでして」
「なんでじゃ、バルカンお主は人間と結婚したがっていたではないか」
フロティナは「事故」というバルカンの言葉に胸がチクりと痛んだが、女性の発した「人間と結婚したがっていた」という言葉に(どういうこと……?)と思考が移る。
「おばあ様……」おばあ様?フロティナは耳を疑った。
とてもこの女性はバルカンの祖母のような年代には見えなかったからだ。
それに……かなり位の高い人物のように感じる。
バルカンは一体――――――
「……気を使ってやったのに。感謝をするのではないのかお前は」
「…………とにかく、この痣を消していただきたい。彼女も困っています」バルカンはそう言って更に頭を下げる。
「その女子と結婚せんでいいのか、お前の望んだ″人間″ではないか」女性は長い爪を弄ぶように動かし、フロティナをゆっくり指さした。猛禽類に睨まれたような緊張感が走り、フロティナは背中に汗をかく。
「……人間もそれぞれございまして……とにかく痣を消していただきたいのです」
「我が孫ながら……変な男じゃの」女性はフン……と鼻を鳴らすと「痣が消えればその女子は自由だ、お前はどうする?本当にいいのか?」とバルカンに念を押している。
「……はい、彼女はそれを望んでおります」
「そうか」女性はひと言そう呟くと人差し指と親指を合わせて輪を作り、その中にふ……と息を吹き込んだ。その時バルカンとフロティナの腹部から光が飛び出して目が眩む。
それだけだ。そこでの記憶は――――――
フロティナは目が眩んでいる間(バルカン様には聞きたいことが山ほどあるわ)と考えていた。
しかし
次にフロティナが目を開けると、自室のベッドの上にいた。
「……え?」
目を開けた瞬間、見慣れた天井が見えてフロティナは戸惑った。
飛び上がるように起きると……まさにいつもの自室。
慌てて腹部を確認するとそこにはもう痣はなかった。
まるで夢のような数日間だった。
もしかして夢だった――――?
「あ、いけない」
フロティナは時計を確認して慌てて身支度を整える。
今日から出勤しなければ。
フロティナは洗面所に駆け込むと顔にバシャバシャと水を掛けた。
ジャーっと気前よく流れる蛇口からの水流の音に隠れて鼻をすする音が洗面所に小さく小さく響いたような気がした。
「おはようございます」
返事などは返って来ない。
受付の女性はまるでフロティナを見えないもののように扱う。
それでもフロティナは毎日毎日挨拶をかかさない。
そして出勤のカードを押しながら「耳が遠いみたい、ご高齢だもの仕方がないわ」と小さな声で悪口を言うのも日課だ。
毎日毎日繰り返しているのに、その時だけピタリと受付の女性の動きが止まるのが……フロティナの気分を良くしてくれる。(ふふふ……来月からは違う悪口にしましょう)フロティナは浮き浮きとした足取りでロッカーに向かうと、作業着を羽織った。
フロティナの職場は豪商がボランティアでやっている自然公園保護区のモンスターの管理だ。
フロティナは首から下げたカードキーを入り口のセンサーにかざし、扉を開ける。
「お休みいただきました。ありがとうございます」
フロティナがそう言って事務所に入ると、飼育員たちが「おはようございます」と口々にあたりさわりない挨拶をする。ここの皆は比較的友好的だ。
フロティナがいないと彼らは困るからだ。
「フロティナさん、あそこのレッドゾーンもう限界です。休暇はこの長さがギリですね」
フロティナと比較的年が近い飼育員のマリエルがそう言って掃除用具を渡してきた。
「そうね。自動洗浄も限界があるものね」
フロティナはそう言ってそれを受け取ると一般モンスターの檻の列を抜けて、腰にぶら下げた鍵の束で鉄格子の扉を開ける。この向こう側はフロティナしか行けない。
ぎい……と思い音を立てて扉を開ける。
「ひさしぶり」
フロティナはずらりと並ぶ檻に向かって挨拶をした。数日世話をしてないにしては清潔な空気だ。フロティナは一番手前の檻の柵を握ると中を覗き込む。彼女に気付いた一つ目の大型獣は広大な草原から駆け寄ってきた。
彼の重さを現す、ドスドスと大地を揺らす振動がまだ遠くでしているうちにフロティナは素早く檻の中に入る。
フゴフゴと鼻を鳴らしながら、大型獣は両手を広げたフロティナに飛びかかる。ペロ……とフロティナの顔よりも大きな舌で彼女の頰を舐めた。
「ふふふ、ごめんね」
フロティナはなんだかわからないけれど涙が止まらなくて、彼はそれが止まるまでずっと彼女の顔を舐め続けた。もう旅は終わったのだ。これからは現実をただただ消化していく日々がまた――――続くだけだ。
突然変わった地面の触感に驚いたフロティナは思わず床を見る。
大理石のような素材のそこには、真っすぐ上質な絨毯が敷いてありその先に――――――――玉座に女性が座っていた。
「礼を言いに来たか」
その女性は肘置きに肘をつき、ゆったりとした様子でそう言ってバルカンに微笑み掛けた。
女性の手の甲はびっしりと赤いうろこで覆われていて、それが照明を反射させキラキラと宝石のように光り輝いている。
「痣を消して欲しく参りました」
バルカンはその女性の前までゆっくり歩くと、膝をつき俯きながら発言した。フロティナもそれに倣い、膝をついて頭を垂れる。そうするのが正解だと思ったからだ。
「……ほう痣を?お前が喜ぶと思ったんだがの」
女性は目を瞬いてそう言った。明らかに「心外だ」と言っている。
「我々の痣の発現は事故のようなものでして」
「なんでじゃ、バルカンお主は人間と結婚したがっていたではないか」
フロティナは「事故」というバルカンの言葉に胸がチクりと痛んだが、女性の発した「人間と結婚したがっていた」という言葉に(どういうこと……?)と思考が移る。
「おばあ様……」おばあ様?フロティナは耳を疑った。
とてもこの女性はバルカンの祖母のような年代には見えなかったからだ。
それに……かなり位の高い人物のように感じる。
バルカンは一体――――――
「……気を使ってやったのに。感謝をするのではないのかお前は」
「…………とにかく、この痣を消していただきたい。彼女も困っています」バルカンはそう言って更に頭を下げる。
「その女子と結婚せんでいいのか、お前の望んだ″人間″ではないか」女性は長い爪を弄ぶように動かし、フロティナをゆっくり指さした。猛禽類に睨まれたような緊張感が走り、フロティナは背中に汗をかく。
「……人間もそれぞれございまして……とにかく痣を消していただきたいのです」
「我が孫ながら……変な男じゃの」女性はフン……と鼻を鳴らすと「痣が消えればその女子は自由だ、お前はどうする?本当にいいのか?」とバルカンに念を押している。
「……はい、彼女はそれを望んでおります」
「そうか」女性はひと言そう呟くと人差し指と親指を合わせて輪を作り、その中にふ……と息を吹き込んだ。その時バルカンとフロティナの腹部から光が飛び出して目が眩む。
それだけだ。そこでの記憶は――――――
フロティナは目が眩んでいる間(バルカン様には聞きたいことが山ほどあるわ)と考えていた。
しかし
次にフロティナが目を開けると、自室のベッドの上にいた。
「……え?」
目を開けた瞬間、見慣れた天井が見えてフロティナは戸惑った。
飛び上がるように起きると……まさにいつもの自室。
慌てて腹部を確認するとそこにはもう痣はなかった。
まるで夢のような数日間だった。
もしかして夢だった――――?
「あ、いけない」
フロティナは時計を確認して慌てて身支度を整える。
今日から出勤しなければ。
フロティナは洗面所に駆け込むと顔にバシャバシャと水を掛けた。
ジャーっと気前よく流れる蛇口からの水流の音に隠れて鼻をすする音が洗面所に小さく小さく響いたような気がした。
「おはようございます」
返事などは返って来ない。
受付の女性はまるでフロティナを見えないもののように扱う。
それでもフロティナは毎日毎日挨拶をかかさない。
そして出勤のカードを押しながら「耳が遠いみたい、ご高齢だもの仕方がないわ」と小さな声で悪口を言うのも日課だ。
毎日毎日繰り返しているのに、その時だけピタリと受付の女性の動きが止まるのが……フロティナの気分を良くしてくれる。(ふふふ……来月からは違う悪口にしましょう)フロティナは浮き浮きとした足取りでロッカーに向かうと、作業着を羽織った。
フロティナの職場は豪商がボランティアでやっている自然公園保護区のモンスターの管理だ。
フロティナは首から下げたカードキーを入り口のセンサーにかざし、扉を開ける。
「お休みいただきました。ありがとうございます」
フロティナがそう言って事務所に入ると、飼育員たちが「おはようございます」と口々にあたりさわりない挨拶をする。ここの皆は比較的友好的だ。
フロティナがいないと彼らは困るからだ。
「フロティナさん、あそこのレッドゾーンもう限界です。休暇はこの長さがギリですね」
フロティナと比較的年が近い飼育員のマリエルがそう言って掃除用具を渡してきた。
「そうね。自動洗浄も限界があるものね」
フロティナはそう言ってそれを受け取ると一般モンスターの檻の列を抜けて、腰にぶら下げた鍵の束で鉄格子の扉を開ける。この向こう側はフロティナしか行けない。
ぎい……と思い音を立てて扉を開ける。
「ひさしぶり」
フロティナはずらりと並ぶ檻に向かって挨拶をした。数日世話をしてないにしては清潔な空気だ。フロティナは一番手前の檻の柵を握ると中を覗き込む。彼女に気付いた一つ目の大型獣は広大な草原から駆け寄ってきた。
彼の重さを現す、ドスドスと大地を揺らす振動がまだ遠くでしているうちにフロティナは素早く檻の中に入る。
フゴフゴと鼻を鳴らしながら、大型獣は両手を広げたフロティナに飛びかかる。ペロ……とフロティナの顔よりも大きな舌で彼女の頰を舐めた。
「ふふふ、ごめんね」
フロティナはなんだかわからないけれど涙が止まらなくて、彼はそれが止まるまでずっと彼女の顔を舐め続けた。もう旅は終わったのだ。これからは現実をただただ消化していく日々がまた――――続くだけだ。
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