聖なる☆契約結婚

mokumoku

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「リリス!肉食べる?肉!すごいよ?めちゃくちゃ大きい肉が串に刺さってる!」セラフィナは屋台街をフラフラ歩くと串屋台の軒先に並べられている串物を指さして興奮した様子でまくし立てた。
「え?に、肉……?別に……私は……」
リリスは少し顔を赤くすると喉を鳴らした。
ここ暫くこんなに立派な肉は口にしていない。でも、令嬢として肉に齧り付くのはどうなんだろう……彼女は葛藤していた。

「ねえ?どうやって買えばいいの?私、買い物したことないんだよね……」セラフィナは手のひらの小銭を見つめながら不安そうに眉を下げている。
「え!?わ、私も知識程度しかないわよ……あそこにかいてある数字が価格で……この小銭が十枚と、この小銭と……」リリスがセラフィナの手から小銭を数えて自分の手にのせていると「それを二個買って?リリスも食べよう!」そうセラフィナはニコニコ笑って言った。
「……え!?……えー!?……仕方がないわね……全く!」
リリスはそう言うと顔を真っ赤に染めた。

セラフィナは残りの小銭をポケットにねじ込むとリリスが数えてくれた串焼きの代金を受け取って「ごめんねー!私が注文したいの!」と嬉しそうに笑った。

リリスは(別に私は注文したくないわよ……)と思い、その後ろ姿を眺めた。




「焼き立てだ!」

セラフィナは顔より長くて大きな肉塊の刺さった串焼きを持ってリリスに駆け寄ると嬉しそうに一本彼女へ渡す。
「んもー……え?これどこで食べるの?」リリスは頬を染めて辺りを見渡している。使用人の教育では屋台で買った食べ物を食べる場所は習っていない。

「はー?そこら辺の座れそうな所に座れば良くない?」
セラフィナは呆れたようにそう言うと噴水の縁に腰を下ろして串焼きに齧り付いている。
リリスも慌ててちょこんと隣に座り、あまり大口を開けないように串焼きを噛んだ。
「……お……」
「うまい!うまい……リリス……」
セラフィナは口をモゴモゴさせて目を潤ませている。
それを見たリリスはなんだかおかしくなって笑ってしまった。

「……ふふふ……なによ。お肉を初めて食べた人みたい」
リリスはハンカチを取り出すとセラフィナの口もとを拭った。
「流石に初めてではないけど……聖女ってあまり贅沢をしてはいけないのよ。神様のお布施の残りで生活してるから……だからあまり肉は食べられなかったし、給与もなかったから自分で買い物するのも初めて!」
「そ、そうなの?」
「うん、すごくドキドキしました……」
セラフィナはうっとりとそう言うと再び肉に齧り付いている。

リリスは西の聖女は想像とは違う生活をしていたのではないか……とぼんやり思った。
セラフィナはそんなことには気付いていない様子で幸せそうに肉を噛んでいる。

「……私もね」
「え?」
「私もね……貴族って言っても名ばかりの……偽物貴族だったから」リリスは思わず口から溢れた言葉に若干動揺してしまう。なぜこんな不名誉なことをわざわざ……
串焼きを手に持ち、噴水の縁に座り、元聖女のよそ者庶民に話しているのだろう。

「……貴族は貴族じゃないの?」
リリスはセラフィナの言葉にゆっくり顔を振った。
「違うの、だから……」言葉が喉につっかえる。

今までの人生が波のように自分を襲った。

馬鹿にされたくなくて虚勢を張り、強がってたくさんの人を傷つけた。傷つきたくないから先に傷つけてしまえ。と思ってはいなかったが行動してしまったことはなかっただろうか……

自分に火の粉が降りかからなければよい、と見て見ぬふりをしてきた。誰かが痛い目に合っていても……

全て全て……

自分がやったことだ。

リリスは急に今までの行いが急に恥ずかしくなって消えてしまいそうな気分になった。今回のセラフィナに対しての態度だって……

「ふーん……でも生きてるからいいじゃない」急に押し黙ったリリスにセラフィナはそう声を掛けた。
「え?」
「人間全てがやらなければならないことは何か知ってる?」
「……」リリスはセラフィナの問いに頭を左右に振り、知らないことを表した。


「生きることよ。人間は生きていかなければならない。痛くても……辛くても。例え罪の意識に潰れそうになっても」セラフィナはそう言うと最後の串に刺さった肉を引き抜くと頬を膨らませて咀嚼した。

リリスはセラフィナの言葉に救われたような気分になり、鼻がツンと痛んだ。それを誤魔化すように肉を噛むと、中から脂が染み出してきてとても美味しかった。

リリスはポタリと落ちた涙をバレないようにそっと手の甲で拭う。

「やってしまったことはもうやり直すことはできない……皆、失敗ばかりしているわ。失敗してない!なんて言う人は気付いていないだけよ。……気付いて、悩んで……それでも生きていれば、取り戻す事ができるかもしれない」セラフィナはそう言うと串をバキバキと折って側にある屑籠に放り投げる。

「思い出したのならば……忘れてはならないけれど、振り返りすぎてはいけない。前を向いて反省するのよ。二度と過ちを犯さないように……傷付けた人たちのために。罪の意識に押し潰されて死んでしまっては……反省もできない」セラフィナがそっと背中に添えた手のひらからじんわりと温かい熱が入ってくるような気がした。

「……何も言ってないわ」
「私、明るいうちは人の悪いところが見えるのよ」
セラフィナは空を見上げるとポツリとそう言った。


空はどこまでも高くて、空にとっては自分なんてとてもとても小さくて存在しないようなものなのではないか……と思ったらなんだかリリスはこれからは正しく生きて行こうと少し前向きな気分になった。


自分の心は今確かに軽くなった。
リリスがお礼と無礼を詫びようと口を開く……







「ねえ!だから生きるために次はフルーツを食べようよ!ほら!リリス!早く食べろよー!その串焼き!もっとでかい口を開けろ!さあ!チョビチョビチョビチョビ食べてんじゃないよー!」
セラフィナがこちらを向いてそう言ったのでリリスは口を抑えるのも忘れて大きな口を開けて笑ってしまった。
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