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人間牧場
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しおりを挟む傍にアラキの気配がする。
アラキが言う。
「いやア、災難でスネ。ヴェロニカサン。あれは黒い悪魔でスヨ。機械都市を襲ってル、正体不明ノ、いや、まあ人間でしょうけれどネ、それなりの被害を出されてイル。まあいずれ捕まエテ殺すつもりではありますガ。
今はそれヨリモ……」
そこで言葉を切り、アラキが傍を見た気配がした。見ると、ニッカが両手を胸の前で組み、何かを必死の形相で見つめている。
「搾乳場が……」
サイレンが鳴り響いてから、少し経って搾乳場の中から煙が立ち上り始めていた。ここから遥か遠く、丁度向かいの端に位置する搾乳場の辺りから、時折爆発音のような甲高い音が聞こえ、その度に煙や炎が上がっている。
私は彼女を見、それから酷く小さな搾乳場の姿を見る。
彼女は走り始めた。
不意に立ち止まり、アラキの方を見ると、アラキは何も言わずに頷いたように見える。
「ありがとうございます!」
彼女はそう言うと、私達から離れ、搾乳場の方へと走っていった。人間動物達がその様子を黙って見送る。
人間動物達も、突然のサイレンと爆発音に戸惑っていた。落ち着かなげに辺りを見回し、忙しなく足踏みのような動きを繰り返している者もいる。
遠くで、小さな滑るように地上を動く機械が見え、それらが一斉に搾乳場に向かって水を出し始める。
私はそれを見ながら、自分もゆっくりと歩き始める。
アラキの方を振り返り、言う。
「アラキさん。悪いんですが、そろそろ出発したいので、代金を頂いても宜しいでしょうか? いつもと同じ金額です。
……次回はいつ頃になるでしょう?」
アラキは一瞬瞬きをしたが、それから気を取り直したように答えた。
「……ハイ。分かりまシタ。お気持ちは分かりマス。ニッカのこと、黒い悪魔のコト、これ以上は御免と考えるノガ自然というものデスネ。
分かりまシタ、スグにお支払い致しマス。私の家へドウゾ」
私は不意に気になって、尋ねる。
「……あなたは現場には行かれないんですか? 火が出てますけど」
アラキは少し笑ったような気がする。気のせいかもしれない。瞬きの後、錯覚かもしれなかった笑みは消え、普段と変わらない微妙な表情を浮かべている。
アラキが言う。
「エエ。私ハここの管理者ですノデ。現場のような危険ナ場所へは行かないようにしているんデスヨ。それは人間モ同じでショウ? 指揮官は現場には出てはならナイ。いなくなルト組織が壊れマスからネ。
……さあ、行きまショウ」
それから私の先を行くように、彼はゆっくりと歩き始める。
私も何も言わずに、浮足だった〇号達や、動揺した様子の人間動物達を横目に眺めながら、後をついていった。
ーーーー
「ヴェロニカサン。悲しいお知らせデス」
入国した時と同じアラキの部屋で、同じソファに座っていると、アラキが唐突に現れ、言った。
「ニッカサンが……お亡くなりにならレタようなのデス」
私は何も言わず、黙ってその言葉を聞いていた。
彼が続ける。
「ええ、オキモチは察するに余りありマス。ドウヤラ彼女は、家畜を助けようトシテ、多量のガスを吸ってしまったラシク……他の機械達曰く、ナカニ入った時にはモウ既に脈がなかっタト……残念デス」
私は出された茶の液体の揺らぎを見つめながら、言う。まだ時折、爆発音が起こっている。その度に茶が小さく水面を揺らしている。
「遺体は、どうされるんですか?」
「そのままデス」
「は?」
「そのママ、焼けるママニ。助けられナカった家畜ト一緒に、火葬のツイデデスね。人間も家畜モ、よく燃えるイキモノですカラ。私達ハ義務的に、合理的に判断をいたしまス。助けられないのナラ、そのまま燃やシテ、代わりを用意するのデス。まあ、ソレマデの損益には目ヲ瞑るシカありませンガ……オット、アア。そうデスカ……」
私は気になって尋ねる。「何です?」
アラキが勿体ぶった仕草で私に目をやり、答える。
「遺骸が燃えきったラシク、再確認シヨウトシタ所、遺骸はモウ、跡形もなかったラシイのです。本当に、人間というモノハよく燃えマスね……。ゴシュウショウ様デス……。一日トハイエ、アンナニ仲が良くナッテラッシャイましタのに……。
さあ、こちらがお支払いのブンデス。もう出発ナサイマスカ?」
私は目の前に差し出された、硬貨の入った麻袋を暫くの間黙って見据え、それから黙って受け取り、頷く。
アラキが何故かホッとしたように笑顔を作り、言った。
「そうデスか。マア、代わりのモノガ来ましタラ、業務モ元に戻りますノデ。ご心配ナク。……道中、オキヲツケテ。まだ黒い悪魔が近くをウロツイテているデショウカラ……。お気を付ケテ」
私は何も言わずに、立ち上がる。陶器のコップの中の茶は、もう揺らいではいなかった。爆発音も止み、サイレンの音も徐々に小さくなっている。
私は出口の戸を開ける前に、立ち止まり、アラキの方を見ないまま、言った。
「一ついいでしょうか?」
アラキの声が背中越しに聞こえてくる。寒気がして、私はその感覚をそのまま受け止める。
「何でショウ?」
私は最後に言って、扉を開け、外に出る。
「悲しくありませんか?」
返事が返ってくる前に、私は扉を閉めた。
外、本当の意味での外だった。
ここに来る前、嫌な予感がしていたのだが、私は結局、その嫌な予感をそのままぶつかる形で、全てを受け入れてしまったらしかった。
体も心も、酷く重い。風呂に入りたいような気分だった。シャワーでもいい。熱いお湯の出るシャワーに、お湯に、自分の中で燻り続けているこの気持ちを、洗い流してもらいたかった。
嫌な滞在だった。この間に、自分はどこかおかしくなってしまったような気がする。
それがどうおかしくなっているのか、考え出す前に、私はヘルメットを被り、後部座席の荷物を確認して、機体に跨った。
エンジンを回し、スタンドを蹴る。
何も考えないように、何も考えないように。
私は努めながら、勢いよくバイクを走らせ始めた。
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