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ー・閑話・黒い悪魔・ー
・
しおりを挟む黒い悪魔と聞いて、私はそいつが誰なのか、殆ど見当がついていた。
カルネの所で感じた丘の上からの視線、今回の天井付近から向けられた視線。
それらはどちらも同じ種類の物だった。それは言葉にするなら。
監視だ。だが、私はそれ以上その事について考える事をやめた。
何故なら、目の前に現実の姿として、黒い悪魔ーーが現れた為だ。
黒い悪魔は荒野の途中で、巨大なバイクを停めて、私の事を待っているような素振りを見せていた。
私は徐行して、ゆっくりと岩の影に駐車している黒い悪魔の傍に近づいていく。
私は言う。
「やっぱりあなただったか……黒い悪魔は、キコ」
私がそう言うと、無精髭を蓄えた冴えない顔つきの男は、口から白い煙を吐き出して、笑った。
「何じゃそりゃ。……久しぶりだな、ヴェロニカ。元気そうで何よりだ」
私は傍で、しかし銃で狙いやすい距離を取ったまま、バイクを止める。
キコの傍に停められているバイクが、相変わらず好戦的な巨大な質量を伴ったフォルムで、禍々しさを感じさせる。具体的には、装甲板と槍のような鋭利な物体が車体の先端部分を始めとして、そこかしこに付けられていた。まるで一つの要塞のように見える。
私は機体を見て、それから少し驚き、言った。
「……ニッカ」
私の視線の先には、ニッカが広い後部座席に設けられた空席に、シートベルトまでされながら、ぐったりとその身を座席に預けていた。
私は彼の方を見る。
やっぱり、と話し始めようとすると、キコがそれを遮り、言った。
「お前、相変わらずつまんねえ仕事を続けているみたいだな。……飽きないのか?」
私は言おうとした言葉を飲み込み、それから別の言葉を瞬時に探し出し、聞く。
「それはあなたもだろう……。それよりも、ニッカはどうしてここにいる? 死んだんじゃなかったのか?」
「お前は諦めるのが早いんだよ、馬鹿」
そう言い、キコが吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付け、仕舞った。
私の目を見ながら、言う。
変わっていない、鳶色のような、透き通っていながら濁り切った瞳。だが、その中にも純粋さのような気配が透けて見える。それが一種の魅力として、不思議な輝きを瞳の中に付与していた。
「お前は助けようとはしなかったな。何故だ?」
私は視線を外し、足元の砂を見ながら、言う。
「それは私の仕事じゃない。あいつらは私たちの得意先で、失くす訳には行かなかった。それに彼女も、一応彼女なりの居場所としてあそこを捉えていたし、それに……」
「言い訳は結構だ。結局、お前は俺から離れてからも、何も変わっちゃいない」
「……」
キコは新しく煙草を取り出しながら、言う。キュロス・エネルギーに依存する電子タバコではない、滅んだはずの旧式の煙草。一体、どこで手に入れているのか。
「お前は、自分の意思で行動していない。常に言い訳をしている。違うか?」
新たに火をつけ始める彼に、私は言った。
「それを言うために、わざわざ私を監視してたのか? カルネの家にいる時も、あそこにいたのはあなただったんだろう? 違うか?」
「俺は俺のしたいようにするだけだ。……興味があった。お前がどんな風に育ったのか。だが、体は育っても、心はあの時のままだ。何も変わっていない。一端の言葉を吐くようになったと思ったら、それは常に自身を庇うためのもの。平静さを装ってはいるが、どこにも落ち着きというものは存在しない。
お前は空疎だよ、ヴェロニカ。お前は奴隷と同じだ、あの中の家畜人間達と同じなんだよ」
「だまれ‼︎」
「いや、黙らないね」
火のついた煙草から、白い煙が風に棚引き、後方へと消えていく。
煙草を咥えたまま、彼は続けて言う。
「お前は偽善者だ、ヴェロニカ。代替案を出して自分を正当化し、守りたいものを守れない自分を自分から隠し、結局自身の事しか守れず、ずるずると時間と同じ経験だけを繰り返し、流し続けている。
不毛だな、お前のやっている営みは。俺とは違う」
「自惚れるな。あなたは独りで勝手をやっているだけだ。組織に寄与することもなく」
「組織だと? ああ、あの古臭い人間主義の連中か……まあ、あいつらと俺のしている事とは、少しは似ている所があるかもなあ。……だが、本質的には異なる。俺は俺のしたいようにやっているだけだ。それが俺の旅をする意味でもあり、生きる意味でもある。その先に救われる命があれば、それは結果論に過ぎなくとも、俺自身の魂を満足させてくれる……ヴェロニカ、組織に依存するお前達よりも、俺の方が余程上等な人間だよ。金は持っていてもな」
「知らない。そんなこと……」
私は唇を噛み、横を向いた。
呻き声が聞こえ、見ると、ニッカが目を覚まそうとしていた。
私は再び彼の方を見る。キコは淡々とした表情で、ニッカの方を見ている。
「その子はどうするつもりなんだ?」
私が問うと、キコはちらっと私の方を見たが、やがてつまらなさそうに首を振り、言った。
「……ああ、それはお前が考えなくていいことだ。俺にはそれなりにコネがある。大丈夫だ。この子は幸せになれる。あの機械達はこの子が燃え尽きて死んだと思っている。実際は違う。人間はそう易々と燃え尽きたりはしない。馬鹿な機械だよな。優秀なこの子を置いて、代わりになる奴がすぐ出来ると思っていやがる……嫌いだな、俺はやっぱり」
ニッカが座席の上で呻きながら、体を動かし始める。間も無くして目覚めるだろう。
「行けよ」
不意にキコが言う。
私が見ると、キコは続け様に言った。
「今のお前に、この子の為にしてあげられる事は何もない。邪魔なだけだ。説明するのもな。余計な面倒が起こる前に、……行け。仕事をしろ。そのどこまでも邪魔な、つまらん仕事をな」
私は答えなかった。
再びヘルメットを被り直し、エンジンをふかす。
流れていく男の煙草の煙を見ながら、地面を蹴った。
男の傍を通り過ぎる時、言葉を置いた。
「言われなくても」
私はそのまま、ニッカとバイクの側を駆け抜けていった。
頭上は濁った鼠色の雲が重くのしかかるようにして覆っている。
やがて雨が降り始め、私は立ち止まり、荷台にカバーを掛け、そして、後方を見る。
そこにはもう誰の姿も認めることはできなかった。
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