備忘世界の運搬屋

星兎

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酸性雨の街

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 光り輝く人工照明の元に、子供達は固まっていた。

 その中に、私と会話していた少年の姿を認め、少年も私の姿を見つけると、声をかけてくる。

「お姉さん!」

 嬉しさと驚きの入り混じった表情が、男の姿を認めた途端に曇る。

 男が私に向かって言う。

「十五分だ。それ以上は譲れん」

「議論が出来る立場なのか?」

 私が言うと、男がぐう、と呻くような声を出し、それから再び穴の空いた通路の方へと戻っていく。壁が蹴られるような音が聞こえてきた。

 男がいなくなると、子供達がわっと駆け寄ってきた。皆、手に何かを持っている。

 見た所、どうやらパンの一種らしい。子供達から、小麦っぽい匂いが香ってくる。よく見るとその中に何か赤いものが挟まれているのが見える。

 子供達の中の一人が、快活な口調で言った。

「お姉さん、動けるようになったの? 良かったあ! 皆、心配してたんだよ!」

「お姉さん、これって機械? 痛くないの?」

「なんであんな所で転がってたの? あそこにあった機械、何?」

「お姉さんもこれ、食べる?」

 口々に言われ、私は困ってしまう。例の少年の姿を目で探すと、少し離れた所で私の方を見ていた。そして、少し大きな声で皆に呼びかけた。

「さあ、皆。お姉さんを困らせちゃいけないよ。まだ怪我も治ってないんだから。皆で仲良くご飯を食べよう? ね、さあ、離れて。皆良い子にしてないとな」

「良い子にしてたら、良い人に貰われるんだもんね?」

「そう! マヤはいい子だなあ。さあ、皆、早くご飯を食べるんだ。よく噛んで、味わって食べるんだぞ」

 はーい! と子供達が応えると、子供達は再び、見た時と同じように一つの場所に固まって、パンのようなものを食べ始める。

 一気に静まり返り、子供達の咀嚼する音だけが部屋の中に漂う。

 私は彼等の事をしばし見つめ、それから少年に向かって言った。

「随分仲が良いんだね。まるで家族みたいだ」

「家族ですよ、僕らは」

 少年は自信のこもった声でそう言った。少年が子供達の事を見つめる目は、慈しみと信頼、そして親愛の情に満ちている。

 私は気を取り直して、言った。

「ねえ、君に聞きたいことがあるんだけど。銃がどこにあるのか、分かるかな?」

 そう言うと、少年は一気に状況を理解したように目を丸くさせ、それから俯いて小さな声で答えた。

「……御免なさい。多分、バイクと一緒の所にあると思う。一応、訓練の時用に応急処置が出来るものを持っていってて、それで手当てする時に、多分外しちゃったんだと思うんだ」

 私は安心して、そうか、と言い、息をついた。なくなっていないのなら、まだ良い方だ。

 問題はここをどう脱出するかだが。

 少年は何かを尋ねたそうな顔で私を見ていた。

 何? と問うと、少年は恥ずかしそうに俯き、それから隠すように言う。

「いや、お姉さん、運び屋さんなんじゃないかって、思うんだけど」

 私は驚いた。

 私はその気持ちを露わに、少年に聞く。

「……どうして、そう思うの?」

 少年は顔を上げ、私の顔を迷いのない瞳で見つめる。

「お姉さんみたいに、バイクで旅をしている人を見かけた事があるんだ。随分前の話だけど……、管理人さんに聞いたら、運び屋だって。危険で残忍で、金のためならなんでもする。間違っても近づくんじゃないぞって、脅されて……。そうなの?」

 私は苦笑する。

 それから少し間を置いてから、ゆっくりと呼吸して、答える。

「……そうだね。一般的な認識はそれとあまり違わないだろうね。確かに、運び屋の仕事はお金になるし、でも、危険がいっぱいだから、誰にでも出来る仕事じゃないんだ。

 世界がこんな状態で、国から国へ移動するだけでも危なくなくて、危険でもないなら、そうはならないんだろうけど。

 私もそれなりの危険な場面に遭遇したことはあるし、それでも色々やって生き延びてこれたから、まあそう言う意味では、私も危険な存在かもね。

 でもほら。見てごらん。

 君達に助けられてお礼も言うし、ちゃんと話せるし、そこまで危なそうには見えないだろう?」

 私がそう言うと、少年は一度大きく頷き、それから子供達の方を見、そして、また私の方を見て言った。

「……お姉さんは、何故運び屋をしているの?」

 私もパンを食べている子供達の方を見る。それから自分の中にこもり、理由を探してみる。

 私が運び屋をしている理由……。

 髭面の男の顔が浮かび、私は慌てて首を振った。

「……申し訳ないんだけど、私にもまだ、よくわからないんだ。そのうち分かるような気はしてるんだけど。

 ところで、君たちはこれからどこへ行くの? 管理人は何をする人たちなの?」

 少年は私の話を変えたがっている気配を敏感に察知してくれたらしく、再び子供達の方を向くと、淡々と話し始めた。

「僕等は、大きな都市に行くらしいんだ」

「大きな都市?」

 そう、と言って、少年は頭を屈め、何故か靴を脱ぐ。

 そして、脱いだ方の足を曲げ、私に小さな足の裏を見せてきた。

 そこには、長い桁の数字が書かれている。数字の最後には、Lの文字。

「お姉さんにはないんでしょう? この足の裏の文字」

 私は黙って頷く。少年は続けて言う。

「この数字は、僕達が街で管理人さん達に助けられたら、必ず付けられる番号なんだ。一人も例外なく、ここにいる子達皆、足の裏には同じような番号が刻まれている。決して取れないように。コテを押されるんだ。

 エルって呼ばれたのは、僕の番号の末尾の文字が、古代の言葉でエルって呼ぶかららしいよ。皆、呼びやすいようにそういう文字が最後には刻まれている。

 でも、僕等はお互いに、管理人さん達がいない所では、元々ついていた本当の名前で呼び合うんだ。

 管理人さん達を出し抜いてるみたいで、ちょっと楽しいしね。

 ……お名前、よければ教えていただけませんか? お姉さん?」

 瞬きをして、少年の顔を見る。

 少年の瞳は澄んだ濃い鳶色をしていて、純朴な中に強い意思を感じさせる。好意を抱かざるを得ないような、綺麗な瞳をしている。

 私はその瞳から向けられる真っ直ぐで淀みのない視線を受け止め、言った。

「ヴェロニカ。私は、運び屋のヴェロニカっていうんだ。よろしくね」

 少年は顔を輝かせて、言った。

「うん! よろしくね! ヴェロニカさん。僕の本当の名前は……」

「おい、ガキども‼︎」

 例の管理人の男が、穴の中から上がってきて、怒鳴り散らかした。

 幾人かの子供達がその大声に身をすくませ、パンを持ち口を動かしながら、男の方を見ている。

 私は冷ややかな視線を男に向ける。男は私の方を一瞥して、それから再び子供達の方に視線を戻して言った。

「お前ら、まだ飯食い終わらねえのか! 仕事だぞ! さっさと胃に放り込んで付いてこい。十五秒数える前に入り口に来なかったら、引っ叩くからな!

 引っ叩かれたい奴はいるか‼︎ いないよなあ‼︎ だったら早く支度して付いてこい!」

 それだけ言うと、男は穴の奥へと戻っていった。最後に意味ありげな視線を私に寄越して。

 私は男から目線を外すと、少年がごめんなさい、と言った。

「あの時、ヴェロニカさんを庇うべきでした。僕等が勝手にしたことなのに、巻き込んでしまって……。困ってますよね、今」

 私は軽く微笑って言う。

「謝らないで欲しいな。君たちのおかげで命が助かったんだから。それにね、今私はこの状況を楽しんでる自分がいるのを知ってるんだ。どうやったら切り抜けられるかなってね」

 少年は不思議そうな瞳で言う。

「楽しんでるんですか?」

 私は肩をすくめて言う。

「それなりにね。身体中痛いけど、段々良くなってきた。動かせる部分も増えてきたし。

 後は通路を教えてもらえれば、多分自力で帰れると思う」

 そう言うと、少年は暗い顔に戻ってしまう。

 私が疑問に感じ問うと、「それは難しいと思います」と少年は言った。

「通路の鍵は、管理人さんが持ってるんです。僕達は管理人さんが開けてくれた時だけ、あの通路を通ることが出来るんです。だから……僕達に出来ることが、もうあまりないというか、……本当にごめんなさい」

 私は軽く息をついて、言った。

「じゃあ、彼に交渉するしかないね。まあ、さっきちょっと軽く交渉っぽい事もしたから、多分大丈夫でしょう。

 ……じゃあ、そろそろ行った方がいいね。少年、名前は?」

 少年は信念の強そうな眼で私を見、言った。

「カイです。カイ・シマン。シマン姓は、『誇り』という意味を持つんです。もう、僕一人しかいないですけど……」

 私は微笑んで言った。

「カイ。あなたは強い子だよ。私を助けてくれた恩人でもあるし、今も助け続けてくれている。また会えたら、もっと深く話をしたいな」

 カイは余裕のない笑みを見せながら、最後に言った。

「僕もです。きっとまた会いましょう。あなたを助けられて良かったです、ヴェロニカさん」

「気をつけてね」

 はい、と答え、カイは子供達が消えていった穴の奥へと走っていき、やがて見えなくなった。

 一人取り残された私は、再び左腕を動かし、軽く握り、機構の動作確認をする。

 不思議と痛みがマシになってきている。男に隠れて飲んだ鎮痛剤が効いてきたのかもしれなかった。

 管理人の男が穴の中から再び顔を見せたのは、子供達がいなくなってから十数分が経った頃合だった。


 
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