備忘世界の運搬屋

星兎

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失うもの

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 ギガ・メトロポリスの換気の行き届いた無機質な空気は消え始め、荒野の乾いた熱風が前方から吹き付けてくる。

 バイクを押して、私は進んでいた。

 砂と地面の道無き道の先に、奴の姿があった。

 大きな岩の前で、例の巨大な機体を横付けし、勿体ぶった様子で腕を組んでいる。

 私が近づくと、奴の声がした。

「機械好きなお嬢様とのお話は、終わったか? それで満足がいったか?」

 私は答える。

「満足がいったとか、いってないとか、そういう次元の話じゃないんだよ。あんたにはわからないだろうけどさ」

「……いつから、お前はそんな口を利くようになったのかな。おれは少しばかり残念だよ」

「……私は、いつだって私だったよ。あんたと話をしてると、胃がムカムカしてくる」

「素直に再会を喜べないのか? 昔みたいに」

 私は奴に向き直る。

「あんたはなんなんだ? 何が目的で私の後を付けてくる? お守りのつもりか? 最近は、新しい友達も出来て、嬉しいんじゃないのか? そっちだって、大概変だぜ。人の事をとやかく言う割に、自分だって人に説明できるような事をしているのか?」

 男は、キコは、岩からゆっくりと背を離し、言った。

「俺は俺だからな。お前のやり口とは違うやり方で、この世界に復讐しているのさ。お前のママゴトと一緒ではない。お前は逃げているだけだ。責任から。自分が犯す過ちから。

 ……お前だけが気付いていない。周りの者達は皆気付いているというのに。

 逃げたいのだろう? 逃げたくて仕方がないのだろう?

 ヴェロニカ。お前を瓦礫の中から救い、銃の扱い方を教え、バイクの乗り方を覚えさせたのは、俺がお前に期待していたからだ。

 役目を果たさないのなら、お前の価値は俺にとってはないも同然だ」

「人類の役に立たないのなら、そいつには価値がないって? 馬鹿みたいだ」

 奴は私の目を見据えた。澱みのない鳶色の瞳。その奥には底知れない強い想いがあり、把握しようとする者の意図を阻む。

「いい加減、目を覚ませ。もう六年にもなる。お前が運び屋などという下らん仕事を始めて、六年だ。お前がしていい仕事は、昔のように機械どもを殺戮することだ。残りの一匹までな。

 ……お前、これまで旅を続けてきて、何を学んだんだ? 機械どもと人間が手を取り合って生きていけるとまさか本気で思っている訳じゃなかろう? いずれ白黒つけなくてはならない時が今、まさにこの時代に来ようとしている。俺はその手伝いをするつもりだ。お前の自由意志など関係なくな。

 ……お前はどうする? 今まで通り、機械どもの為に運び屋なんぞという名の奴隷稼業を惰性で続けるつもりなのか? 下らん。

 お前も博士も、同じ穴のムジナだよ。どこまでいっても、ガキのままだ。

 いい加減、目が覚める時だと思っていたんだがな」

「古代兵器のこと、あんたは知ってたのか」

 奴が消えかけた吸い殻を弾いた。砂の上に落ちたそれを、黙って踏みつける。

 据わった瞳を私と機体とに投げかけながら、奴は答える。

「古代兵器などと、馬鹿げた名前で呼ぶな。あれはただの武器だ。現在に生きる者達が、抵抗のために正当な理由を掲げて使う、ただの真っ当な形の武器だよ。

 犠牲になるのは機械どもだけでいい。お前には分からんだろうが、お前の知らない所で事態は既に止められない領域にまで進んでいる。

 もしも失敗に終わったとしても、それを契機に人類側の蜂起が始まる手筈になっている。今更気付いた所でもう止められん。

 まあ、お前のせいではない。世界は刻一刻と移り変わっている。お前が出来ることなど元々何もなかったのだからな。

 俺は俺の役割を果たすだけだ。

 お前はお前のしたいようにすればいい。

 だが、最後まで逃げ切れるとは思うなよ。

 お前の命はお前だけの掌の上にあるのではないのだからな」

 奴はそう言うと、私の目の前で濁った唾を吐き捨て、禍々しい機体に跨った。後部座席にはニッカの姿はなく、巨大な散弾銃だけが神の捨てたマッチ棒のようにぞんざいに置かれている。

「お前に出来ることは」

 最後に奴は言った。

「自分を慰め続けること。ただそれだけだ」

 老いた竜が叫んだかのような轟音が、辺りに響き渡り、奴はーーキコは去っていった。

 懐が震える。

 液晶タブを取り出すと、博士からだった。

『対機械用の兵器を近々使うと連絡があった。いよいよ、人類側は蜂起するつもりのようだな。

 キコがその鍵を持って、各地の起動アンテナを点けて回っているらしい。

 私はそれを何とか阻止しようと思っているのだが、君はどうする? ヴェロニカ……。

 選択は君の自由だ。

 君の好きにしたらいい。私はその判断を全面的に支持するつもりでいる。

 後悔のないように。
                           ーー海の底の世捨て人』

 液晶タブを懐の中にしまう。

 軽く舌打ちをして、私は、キコが去っていった方向へ向けて、ハンドルを切った。

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