狼王の贄神子様

だいきち

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「燃えろディオネゲス……‼︎」

 鋭いヘルグの声が響いた。ハニの背後から腕を伸ばすようにして、ヘルグはディオネゲスの核を剣で貫いた。その瞬間、鋭い茨が素早くヘルグの腕へと巻き付いた。篭手を割るように、みしりと締め付ける。ディオネゲスの抵抗はヘルグの肉を穿ち、あたりに血の匂いを充満させた。

「少し熱いぞ、耐えろ」

 赤い血が剣に絡みつく。埋め込まれた切先から、炎が吹き上がった。まるで蛇に巻き付かれるように燃えた茨は、ヘルグが剣を引き抜けば脆く崩れた。
 ヘルグの手によって、ハニはディオネゲスから乱暴に引き剥がされる。
 成人の男を抱えたまま、ヘルグはディオネゲスの体を蹴るようにその場を離れた。危なげなく着地をするなり、指先を弾く。
 灰色の瞳に宿した怒りが火炎となって、ハニの目の前でディオネゲスは燃え上がった。

「呪われロ……‼︎ 呪われろハニ……‼︎ この男の苦しみを抱いて、一生に……!!」
「そんなもの、お前が地獄へ連れて行け‼︎ 」
「っ……」

 ヨギの声で、呪いの言葉を吐いたディオネゲスを遮るようにヘルグは吠えた。
 力強い腕に、しっかりと背後から抱き寄せられたままだ。装備の隙間から見える傷だらけの腕に、ハニは守られるように抱かれていた。
 体を震わせるように、ヘルグが怒りをあらわにしている。ハニの中で冷たくなっていく心を奮い立たせるように、前を向けと、言われるようにだ。
 
「ハニの記憶の中のヨギに、お前が知ったような口を聞くな‼︎ お前が、こいつの生き様に水を差すんじゃねえ……‼︎」

 空気を震わせるような絶叫が響き渡った。ハニの青い瞳が映したのは、ヨギの体を残すように燃え上がるディオネゲスだった。辺りを覆った、白い世界を赤く染めるほどの業火。
 その光景を、ハニは一度も目を逸らさずに見つめていた。ぼたぼたと垂れる涙が、ヘルグの服に染み込んでいく。
 四肢を燃やすようにのたうちまわる、ヨギだった体。金色の瞳が、ハニへと向けられた一瞬。懐かしい薄茶色がハニへ向けて微笑んだ気がした。

「よ、……」
「ハニ」
「っ……」

 黒い手袋を嵌めたヘルグの大きな手のひらが、ハニの唇を覆うように添えられた。背中が熱い、ひっく、と堪えきれない嗚咽が漏れて、長いまつ毛が伏せられた。
 焦げ臭さと、血が入り混じった匂いは忘れられそうにない。ハニは震える手を握り込むように、ヘルグの服を掴んだ。











 ウェンべ村に咲いたイヘンアの花は、もう二度と姿を見せることはないだろう。ヘルグによって根ごと焼き払われたイヘンアの花は、ディオネゲスの討伐を持って終わりを迎えた。
 ハニによって休眠状態にされた村人は、城から派遣されたウメノと医療部隊によって体内からイヘンアの成分を全て取り除かれ、意識が戻ったものから、東門の隊員による事情聴取がなされた。
 洗脳に特化した、特殊なイヘンアの花を使った商品は、表向きは人との距離を縮める薬として売られていたらしい。ユキト村のヨルグとダイアウルフの一派とが共謀して、村の地下施設で村人に作らせていたのだ。
 ウェンべ村を利用した、あの時の熊獣人から種を没収していなければ、事態はもっと大ごとになっていたに違いない。
 黒革の手袋が、薄桃色の液体が入った小瓶を灯りにかざしている。ユクアレスは、村に一つしかない診療所の病室の中で、呆れた目をヘルグへ向けた。

「兵隊長のくせに、背中に傷なんかもらわんでくださいよ」
「部下を守った勲章だろう。何も恥じることはないさ」

 背中と腕を覆うように包帯を巻かれたヘルグが、あっけらかんと宣った。己の手で終わらそうとしたハニの背後で、ディオネゲスの蔦の一つが華奢な背を狙っていたのに気がついたのだ。
 筋肉質なヘルグが庇ったおかげで、ハニは致命傷を避けられた。もっと良かったことは、ハニの空間魔法によって凍りかけたヘルグの外套が、傷を深いものにはしなかったことだ。

「しっかし、ほんとハニの状況判断力はすごいよ。まさか氷結魔法にこんなやり方があっただなんて……ウメノさん言ってたよ? おかげで、村人の体内に残った成分が不活化したからすぐに良くなるって」
「うん……」
「なんだよハニ、お手柄なのに嬉しくないの?」

 いつもなら、別に。と可愛げのない返事の一つでも返ってくるようなやり取りは、ユクアレスの期待とは裏腹に心配を残す形となった。たった数日で、一回り小さくなったようにも見える。
 泣き腫らしたのだろう、目元の赤みが気になって、手を伸ばそうとした時だった。

「ユクアレス、ハニも疲れてるんだ。悪いけど、今は二人にしてもらえるか」
「いいですけど……」
「ありがとう。ああ、あと……ヨギの体はユキト村で埋葬する」
「え? だってあれ……っ」

 体を押さえ込むような威圧が、狭い病室を支配した。ユクアレスは額に汗を滲ませながらヘルグを見つめると、灰色の瞳は静かに光っていた。
 穏やかな表情に潜ませた、有無を言わせない圧迫だ。目線を逃すように向けたハニの瞳が、今にも泣き出しそうな様子に、ユクアレスはなんとなくの理由を理解した。

「……なら、丁重に準備しておきます。俺たちが摘む花は、あんまセンスないと思いますけど」
「ありがとう。そうしてくれると助かる」
「これ以上ここにいると、俺の生存本能が刺激されかねません。悪いけど、先に部隊に戻ります。ハニ、お前……気をしっかりな」

 震える手で目元を拭う。今まで見たこともないほど、ハニは弱そうな姿だった。ユクアレスはヘルグの威圧から逃げるように病室から出ると、ブワリと鳥肌を立てて座り込んだ。
 
(絶対、敵対の目を向けられてた……うわまじか、本当に……ハニ、と?)

「ユクアレス」
「ヒィ、っ」

 扉の開く音はしなかったはずだ。頭上から落ちてきた声の冷たさに、ユクアレスの髪は羽混じりに変化した。
 しゃがみ込んだ体を飲み込む、大きなヘルグの影。ぎこちなく振り向けば、ヘルグは指先を唇に添えるようにユクアレスを見下ろした。

「悪いがまだだ。わかったら、早く消えろ」
「は、っ」

 引き攣った声で返事をし、慌てて立ち上がる。敬礼もままならぬまま逃げるようにその場を後にすると、ユクアレスは足早に診療所を出た。
 耳に残るのは、病室を隔てる扉の蝶番の音だ。それすらも鳥肌を煽られて、ユクアレスは肌を摩擦するようにして気を散らした。


 
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